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30.5話 揺さぶられエルフ

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 エルフからの救援要請、オークの駆除依頼がギルドから伝えられ、指名を受けたスイラと共にリュカはエルフの集落へとやってきた。
 森で最初に出会った若者はリュカの顔を知らず、気づかなかったようで集落の入り口まで案内をしてくれたが、スイラを水浴びさせるために中に通したあとには鋭い視線を向けられたため、同胞から話を聞かされたのだろう。相変わらずリュカは「追放者」のままらしい。


「お前は中に入るなよ」

「……ええ、分かっています」


 この扱いを忘れていたわけではないが、はっきりと目に映る拒絶の色、恐怖の色を見たのは久しぶりで懐かしさすら覚えた。だからこそ気づく。……スイラが自分に向ける恐怖は、これとは別種のものだと。
 リュカを一睨みした若者が去って暫くすると、奥から見覚えのあるエルフが歩いてきた。……そうだ、リュカはこの集落に訪れたことがある。彼に会ったのは片手で数えるほどの回数しかなくても、エルフの容姿は何百年経っても変わらないため分かりやすい。


「再び顔を見せるとは、面の皮が厚いな。追放者リュカよ」

「……シュノン殿」

「まだ竜から逃げているのか。早く食われしまえば楽になるだろうに」


 エルフ族はその殆どが自分たちの区域から出ることがない。こんな辺境まで時折訪れる変わり者の商人と物資のやりとりをすることはあるものの、情報源といえばそれくらいのものだ。
 だから価値観が変わらない。同族とばかりを過ごし、変わらぬ環境の中に居続けるせいでいつまでも昔の感覚を引きずり続けるのだと、外に出てから知った。

(私が竜から逃げ回っていると、思っているんだな。……ああ、あの時と全く変わらない目だ)

 リュカは竜に狙われてなどいない。何事もなく二百年の間、冒険者をやってきた。けれど彼らの中では、いつまでも「竜の獲物の生き残り」のままであるらしい。シュノンの目を見れば必死に助けを求めて追い返された時のことを嫌でも思い出す。……それでもあの時ほど苦しくはない。今のリュカには寄る辺があるから。


「私はスイラと共に活動をしています。私を呼んだのは、あなた方でしょう」

「いいや。我々が呼んだのは、最近力を示しているというハーフエルフの冒険者だ。混じり者でも優秀なら、同族として扱ってもいい」


 己の種族を誇るエルフにとって別の種族の血が混じった半端者は本来差別対象である。同じ集落からそのような半端者が生まれた場合は恥であり、他の集落にその恥を知られぬように隠して育てる。もちろん、同胞扱いなどはされないが。……スイラもそのような扱いを受けて育ったはずだ。

(祖父に連れ出されるまで酷い扱いだっただろう。……幼子では才能の有無なんて分からないからな)

 しかし他の集落で生まれた者であれば自分たちの恥にはならない。だから他所出身のハーフエルフが優秀であるならば、身内にしてやろうという柔軟な思考を持つ者も出てくる。そうして半端者を本当に迎え入れたならば「慈悲深い」と言われるようになるのだから不思議な話だ。

(……スイラを受け入れるつもりがあるようだな)

 シュノンはエルフの中では頭の柔らかい方だ。……だからこそ、リュカも一度頼った。しかしそんな彼でも「竜の獲物の生き残り」は到底受け入れられないものだったらしい。


「貴様を呼んだ覚えはない。追放者はさっさと去るがいい」


 そうは言われてもスイラを置いて自分だけ去ることはしない。するつもりはない。
 彼女と少しだけ距離を置き、互いを所在を見失ったあの時。どれほどその身を案じて苦しかったことか。リュカはもう、彼女のいない生活には耐えられないとはっきり自覚させられている。
 シュノンの言葉に答えようと口を開く前に、地揺れと轟音で体の体勢を崩しかけた。何事かと音の発生源を見ると、見慣れた姿があって肩の力が抜けていく。

(……聞いていたのか)

 音の正体はスイラだった。地面に片足がめり込む程強く踏み抜いたらしい。慌てふためき困り切った顔をしていて、その雰囲気はどう見てもか弱く儚げな少女なのだが細い足は地面に深々と突き刺さっており、その差異の激しさが際立っている。
 リュカは彼女の怪力をよく知っているためそこまで驚きはない。おそらくシュノンとの会話を聞いて動揺し、力加減を間違えたのだと思う。

(エルフの服を着ているのは初めて見るが……似合うな……)

 とこのようなことを考える余裕まであるくらいだ。口が半開きになっているシュノンは状況を理解できていなさそうだが。


「……ええと……申し訳ありません。その、このようなことをするつもりはなかったのですが……つい……直ちに修復いたします……」


 彼女特有の、滑らかな魔法の詠唱。それを聞いた精霊たちは我先にと言わんばかりに集まって、割れた地面を修復していく。他では見られない彼女の使う魔法の特徴だ。


「なんだあれは……」


 シュノンから小さく漏れた驚きの声。リュカは見慣れてしまったが精霊が見えるエルフからすればそれは異様な光景だろう。
 精霊の姿を目にできるからこそ、魔法と精霊の密接な関わりも知っている。あれだけ精霊に好かれて、精霊が個人を助けるために魔法を使いたがっているようにすら見えるなんて普通はあり得ないことだ。

(スイラなら受け入れたいという集落は多いはずだ。……実際に目にすれば見る目が変わるだろうからな)

 リュカへの態度とは打って変わってスイラに笑いかけるシュノンを見るに、彼女を集落へ迎えることには積極的になったように思う。ただ肝心のスイラにはあまり通じていない。エルフの常識や価値観は、彼女と合っていないのだ。スイラはエルフの集落で暮らせることを光栄だ、とは思わないだろう。


「そなたの身を思って忠告するが、竜の生き残りと共に居るなど危険だぞ」

「御心配には及びません。行こう、リュカ」


 いつになく不機嫌そうな声でシュノンの誘いを断ったスイラは、すたすたと歩き出した。リュカの扱いに対し怒ってくれているのが分かって――つい、嬉しくなってしまう。

(……君は、竜を恐れていない。それを理由に、私と距離を置いたんじゃない。……本当に別の何か、なんだな)

 そう確信できただけでもこの依頼を受けて良かったと思ってしまった。そのおかげだろうか、リュカの心は穏やかであり、不思議と落ち着いていられた。……むしろスイラの方が参ってしまっているようで、心配になる。


「ねぇ、リュカ。私はリュカといつまでも冒険者を続けたいよ。……けれどもし……リュカが私を嫌いになって、パーティーを解散したくなった時は言ってほしいな」


 こんなことを言い出すくらいだ。リュカがスイラを嫌う理由など、思いつかないというのに。
 彼女はリュカの過去を聞いて、一度話すと決めたことを再び隠すことにした。そこには何か深い訳があるのだろうし、おそらくは竜に関わることだろう。けれど、それでも。彼女を嫌うことなどありえないと思っている。

(……君は知らないからな。私が、君をどう思っているか)

 嫌いになることはないと伝えても、スイラは不安げにリュカを見つめていた。秘密を打ち明けるよう、急かされているように聞こえただろうか。


「気長に待つつもりだからそんな顔をしないでくれ。私たちは、生き急ぐ必要のないエルフだ」

「……うん」


 いつまでも待つつもりだった。そうして彼女からその秘密を打ち明けられた時には、この気持ちも伝えようと思っている。
 だというのに、スイラの言動はリュカの恋心を揺さぶってやまないのが困ったところだ。

 集落で恐らく一番若いであろうエルフが、スイラを気にして食事を運んできた。見た目からするとまだ生まれて百五十年も経っていなさそうな若者で、もっと年下であろうスイラの世話を焼きたくなる気持ちは分かる。エルフはあまり子供が生まれないから、年下に構いたくなるのだ。
 そして何より、彼女はエルフの美的感覚からしても愛らしい容姿をしている。ハーフエルフであるということを差し置いても可愛がりたくなるのだろう。エルフでは見ない顔立ちのせいか、余計に可愛く見えるのが――。

(……考えすぎないようにしなければ。これ以上愛情を強くして、隠し切れなくなっても困る)

 若者の厚意を理解していなさそうなスイラに、年少者を可愛がるエルフの風習を説明した。彼女はまともな扱いを受けたことがないだろうから、知らないだろう。ハーフエルフであっても、よそ者であれば親切にしようというエルフはいてもおかしくないのだがそれも知らないはずだ。
 シュノンがそうであるように、今のスイラならば同族として集落に住まわせてもいいと考える者も多いだろう。それを伝えると彼女は首を振った。


「私はリュカのいない所に住む気はないよ、一緒に暮らせないと意味がないからね」


 一緒に暮らせないと意味がない、とはまるで同じ家に住みたいともとれる台詞であるが、そういう意味ではないだろう。エルフなら誤解を与えるので避ける言い回しでも、彼女にはその知識が足りない。
 エルフでも同じ家に住むのは伴侶と独り立ちしていない子供だけだ。彼女はそれが結婚を考えているように聞こえる言葉だとは知らないはずである。知っていたとしても確実にその意味はない。意味はないのに同じ家に住む想像をした。

(……余計なことを考えるな……相手はスイラだ。絶対に何も考えていない……それは分かるのにな)

 分かっているのに耐え切れずに顔を覆った。……嫌いにならない自信はある。しかし、これ以上好きにならないという自信は持てそうにない。


「他の人の作った料理って不思議な感じがするね、私はリュカの味に慣れてるからなぁ……毎日リュカの作った料理が食べられて幸せなんだなって気づいたよ。リュカのごはんが一番おいしい、いつもありがとう」


 夫婦間の会話としてありそうな台詞だな、と思い浮かんだ台詞は言えずにやはり顔を覆った。つい先ほど一緒に暮らす想像などをしたせいで、こんな思考になってしまっているのだろう。……時々わざとなのではないかとすら思うが、違うのだ。リュカが勝手に揺さぶられているだけである。

(まったく……この気持ちをどうしてくれるんだ……)

 とりあえず、彼女が好むスパイスを切らさないように調合しておこうと思った。
 スイラに喜ばれるなら、料理くらいいくらでもする。いつまでも面倒を見てやりたい。それが年少者を可愛がるエルフとしての性質なのか、恋心からくるものなのか判断できなかった。

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