ヒトナードラゴンじゃありません!~人間が好きって言ったら変竜扱いされたのでドラゴン辞めて人間のフリして生きていこうと思います~

Mikura

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27話 壊れた街

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 リュカと別れた河原で一竜ひとりぽつんと佇む私は、水竜と風竜の襲来によって破壊されている最中の街の方へと視線を向けた。
 もしリュカが街に戻っていて、その途中にこの災害が起きたのだとしたら。彼は建物の下敷きになっているかもしれない。リュカだけではなく、あらゆる人が二頭の竜によって、酷い被害を受けているはずだ。

(どうしよう、どうしたら……リュカやヒトを、助けるには……)

 私がヒトの姿で走り回って、いったい何人を救えるのか。どれだけ力が強くても、ヒトとして動くならば限度がある。竜の災害に、ヒトが対抗する術はないに等しい。治療魔法を使える者は教会とやらが管理しているらしいからすぐにはやってこない。それを待っている間に多くの人が瓦礫の中で死んでしまうかもしれない。

(……あ、そうだ。竜に戻って息吹ブレス使えばいいんだ!)

 一秒でも早く、多くの人間を救う方法。広範囲に治癒魔法を吹きかけるのは、白竜の得意技である。一応周囲を確認して、荷物を壊さないように河原に隠し、川を飛び越えて平原の方へと向かった。
 まだ氷が解け残っている雪原の開けた視界の中に誰もいないことを確認し、常に私の体へ使い続けている魔法を解く。


『私の体にかけているすべての魔法を解いてもらえますか』


 全属性の精霊から『いいよ』と返事が聞こえるのと同時、みるみる私の体はヒトから竜へと戻る。ヒトの何十倍もある巨大な白竜の姿だ。
 この大きさであれば樹木などの遮蔽物に視界を遮られることもなく、街の様子を見ることができた。魔法によって引き起こされた嵐はすでに去っていたが、その爪痕が大きく残されている。崩れた家に向かって泣き叫ぶ人、無事だった建物から出てきて茫然とする人、まだ誰も救助に向けて動けていない。何が起きたか理解できずに、動けないでいる。
 そんな彼らのうちの一人がこちらを指さして、大きく口を上げて何かを叫んだ。聴覚は視覚ほど優れていないのでさすがに音までは聞こえないが、恐怖に歪んだ顔はこの目にはっきりと映る。

(せめて、今生きている人間だけでも全員、助かるように)

 属性竜は自属性の魔法に、精霊の力を必要としない。私の場合は光、つまり治癒と能力向上バフを得意とする属性だ。
 死者を復活させる魔法はさすがに存在しない。だからすべての傷を癒して、すべての人の防御力と膂力を大きく増加させる効果を付与した"竜の息吹"を街に向かって吹きかけた。
 被害を受けた街全域に行き渡るよう、長い長い息を吐いて、街全体が眩いほどの光に包まれている姿を確認してからもう一度、別の魔法を使う。


『契約した魔法を使ってくれますか?』

『いいよ』


 光でヒトの目がくらんでいるうちに、私はヒトの姿へと戻った。正直、魔力をかなり消費して軽くめまいを覚えたが、幸いにもこの平原にはまだ氷雪竜の残した魔力が満ちており、すぐに回復していく。……あっという間に周囲の氷が溶けていったのは、私が魔力を吸い取ってしまったからだろう。
 一度竜の姿になってしまったので着ていた服は破れ、見事に全裸である。荷物を隠した場所まで戻り、圧縮していた服を取り出して着替えた。さすがに全裸のまま街に戻る訳にはいかない。

(リュカを探さなきゃ……無事、で……いてくれるよね……)

 街に向かって走る。周囲を壊さない程度に速度を抑えていると、不安がせりあがってくるようだった。早く確認して、安心したい。けれどリュカが見つからなかったら、既に潰されて命を失っていたらどうしよう。
 嫌われるのが怖いのは、失うことが怖いから。嫌われなくてもリュカがいなくなってしまったら、同じことだ。

 そうして数分で戻ってきた街では大変な騒ぎになっていた。瓦解した街の中で、人々が歓声を上げて喜んでいる。無事でよかったと抱き合う親子、肩を組んで笑う友人らしき人、興奮気味に何かを語る冒険者――。
 私の掛けた魔法によって、普通の人間でも協力すれば瓦礫をどかすことができるようになったようだ。まだ埋まったままの人を助けようと、大きな瓦礫を二人で運んでいる姿を見かけた。
 そんな人々の中を、きょろきょろと辺りを見回しながら歩く。すでに夜は空けて辺りは明るい。あの金色の髪はきっと目立つはずだ。

(とりあえず、宿の方に向かってみる……? リュカも、戻ってるかもしれないし……)

 明るい声が響く中を一人彷徨う私は、脇道から走り出してきた人に危うくぶつかりそうになって慌てて避けた。
 朝日を受けて輝く金色、驚きに見開かれる翠玉色の瞳と目が合う。相手が誰か認識した瞬間に、その名を呼んでいた。


「リュカ!」

「スイラ……!」


 ほぼ同時に互いの名前を呼んだ。ああ、元気だ。よかった、無事だったと安心して泣きたいくらいだった。……彼が死んでいて、二度と会えなかったらどうしようと不安で仕方なかったから。言うと伝えたはずの秘密を結局隠して、あんな別れ方が最期になったら、後悔してもしきれない。


「無事でよかった……!」

「……ああ。君も、無事でよかった……戻るのが遅くなって、すまない」

「そんなのいいよ。……リュカが無事で本当に良かったよ……」

「……ああ。本当にすまない、ありがとう」


 一度きゅっと唇を噛んだように見えたが、リュカはすぐに安心したように微笑んだ。それになんだか、どことなく嬉しそうに見える。
 お互いの無事が確認できて、お互いに安心したおかげなのか別れ際の妙な空気感は、少なくとも今はない。


「街、酷いね……」

「そうだな……」


 彼を見つけて落ち着いたことで、ようやく周りに目を向ける余裕が生まれた。
 木製の建物はほとんど壊れてしまっているし、レンガ造りのものも竜巻に呑み込まれて一部壊れたり崩れたりしているものがある。
 しかしこんなに酷い状況なのに、ヒトの顔が明るく見えるのが不思議だった。


「だが怪我人はもういないだろうから、それが幸いだ。……身体能力向上の魔法が掛けられている間に、私達も救助を手伝おう」

「うん!」


 私の使った魔法は丸一日持続する。防御力も桁違いに上がっているので、多少無茶な救出だってできるだろう。おそらく赤子でも家に潰されることはないはずだ。
 街の復興には時間が掛るだろうけれど、少なくとも今生きている人間が怪我で死ぬことはない。私とリュカもさっそく街の中の崩れた建物の下敷きになったまま気絶して動けない人がいないか探したり、瓦礫を撤去したりと働いた。今や街中全員が怪力なので、私の力の強さもあまり目立っていないしどんどん働ける。


「すごかったよなー! さっきの白い光! 一気に傷が治って、みるみる力が湧いてよ。大賢者ジルジファールが大魔法でも使って守ってくれたんじゃねぇか? 天国からさ」

「いや、俺見てたけどあれやったの白い竜だったんだよな。……属性竜だよ、光の。竜が人間を助けるなんて、まだ信じられない」

「まじかよ、そんなことってあるのか」


 そんな会話がちらほらと聞こえてきて、つい口元が笑いそうになる。白竜はヒトの味方。その認識が広まっていけばいつかは、本当に私が受け入れられる日がくるかもしれない。そうすれば光の属性竜を祀った"白竜祭"をしてもらえる日も、夢ではない。


「……この街を破壊したのは属性竜だ。二体の竜が飛んでいくのを見たからな」


 リュカの呟きで、ぴたりと手が止まる。……そうだった、街を破壊したのだっておそらく水と風の属性竜による混合魔法だ。その二体と同族の竜がその被害を軽減させたところで、ただのマッチポンプにしか見えない。
 竜を憎んでいるリュカからすれば特にそう見えるだろう。……それでも、少しずつ彼の認識を変えられるよう努力すると決めたのだ。白竜は、同族とは分かり合えない程にヒトが好きなのだと。


「でも……白竜は、ちょっと違うかもしれないよ?」

「……どうだろうな。竜の考えることなど、ヒトには分からない」


 やはりすぐに分かってもらうのは難しい。そもそも、私のような存在なんて想像もつかないだろうから仕方がない。
 難しい顔をしているリュカから目をそらして、大きな瓦礫を一つ持ち上げた。……焦る必要はない。私とリュカの時間は、これからもずっと長く続くのだから。


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