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18話 捕獲依頼
しおりを挟む街を散策して消耗品などを補充した翌日。私たちは依頼を受けるために冒険者ギルドへと足を運んだ。
前のギルドと同じで、建物の中に入るとあちらこちらから「リュカ」と彼の名前を呟く声がする。二百年も活動していれば知らない者がいないのも当然なのだろう。
「おい、リュカと一緒にいるのって……」
「ああ、噂は本当だったんだな。あのリュカが、パーティーを組んだって」
リュカと共にいる私にも視線は向けられる。長くソロ活動をしていたリュカに仲間が出来たことで噂になっているようだ。……注目されるのはあまり嬉しくはないのだが、私はリュカと一緒でなかったら個人で目立っていただろうから、リュカのついでに目立っている今の方がマシなのだと思っている。
「りゅ、リュカさッ……リュカさん、ようこそ、当ギルドへ……!」
このギルドの受付嬢は若い、と言うかまだ新人っぽい雰囲気のある娘さんで、リュカを見て緊張しているのか言葉を噛んでしまい恐縮そうにしていた。
周囲の冒険者が口を閉ざし、こちらの様子を窺っている気配がする。リュカの活動内容を知りたいのかもしれない。
「こちらの依頼の完了届を」
「は、はい……! おつかれさまでした!」
「それから報告を。デドラ火山にはマグマスライムが出現していました。私たちのパーティーで討伐しましたので今は問題ないかと思いますが、今後どうなるかは分かりませんのでしばらく経過を見るべきかと」
「は、はぃぃ……」
ざわり。報告を聞いたらしい者たちから騒ぎが広がっていく。マグマスライムは最低でも危険度Bの魔物であり、大きさによっては危険度Aを超えていくものらしい。
あの大きさならきっと危険度Aだったんだろうな、と思いながらそれを一撃で破壊したことはやはり知られるべきではないと一人で納得した。周囲がリュカの活躍だと思っていてくれて本当に助かる。
「……スイラ、行こう」
「うん。依頼見に行く?」
「そうだな」
こういう人の多い場所だと、リュカの表情は大抵が無表情になるので受付嬢も緊張してしまっているのだろう。そんな彼女にゴーンのサイン入りの依頼書を提出し、私たちは掲示板の方へと足を向けた。
周りの人間はまだデドラ火山の話に夢中なので、人のいない掲示板を私たちは自由に眺めることができる。
「……本当に君の活躍だと報告しなくてよかったのか? A級に上がれるかもしれないのに」
「うん、いい。どうせ私も長く冒険者をするつもりだから……急ぐ必要もないし、目立たない方が嬉しい」
「……そうか」
リュカがS級の冒険者になったのは百年くらいこの仕事を続けてからだと聞いたので、私も五十年に一つ階級を上げるのを目標にしようと思う。それならエルフの冒険者として普通のはずだ。
その百年の冒険を、出来ればリュカと一緒にしたいと思っている。百年くらいかけて信頼関係を築いた頃には、さすがに私の正体も明かせている――と思いたい。
「君が目立たないのは無理だと思うんだがな」
リュカが小さく不吉なことを言った。……それはある程度自覚しているので、反論できない。もう目立つのは仕方ないから目立ち方を工夫しようという方向なのだ。つまりリュカと一緒に目立って、彼に半分視線を持って行ってもらうという方法である。
「一人だと嫌だから一緒に目立ってね、リュカ」
「……私も一人で目立つのは嫌だったが、そうだな。分け合えばそうでもないかもな」
私の本音を冗談だと受け取ったらしいリュカは、口元に拳を当てながら小さく笑った。そんなリュカの顔を見ていたらしい誰かが「あのリュカが笑ってる……!?」とまた騒ぎになったので、彼が人前で笑うのは珍しいようだ。
「依頼は……さすがにこれくらいの規模の街になると多いな」
「うーん、迷うね。やったことのない種類の依頼がいいなぁ……」
護衛系の依頼が多い中、目に留まった別種の依頼を手に取った。このタイプの依頼はやったことがないな、と思いながらリュカを見る。
「FからE級向きのの捕獲依頼か」
「でも、このランクの依頼の割には結構報酬がいいよね?」
FからE級というのは本来初心者向きの依頼なのだ。だから報酬は一万ゴールドに満たないことが多い。しかしこの依頼は、なんと十万ゴールドであり、しかもお金以外の特典までついていた。
それならこのランクの冒険者は受けたがって当然だと思うのだが、運良く残っていたのだろうか。
「……まあ、それはやりたがる者が少ないからな。私は特に苦手でないから気にならない」
「じゃあこれにしよう」
依頼内容:ヴァッハモスの幼体捕獲
報酬:二十万ゴールド、当系列店の割引サービス
依頼者:ヴェロニカ
その後、リュカに連れられて全身防護服のようなものを買ったり、消臭剤を買ったり、色々と備えてから翌日ギルドで依頼者に会った。
「まさかリュカがこんな依頼を受けてくれるなんて……感激よ」
ヴェロニカは肉感的な美女だ。暴力的なまでの体のラインを前面に押し出す服を着ているのだが、どことなく品があって美しい。服のデザインがいいのかもしれない。私はそのあたり疎いのでよく分からないのだが、服を着こなしているというか、なんというか。ファッションセンスがあるというのはこういう人のことを言うのだと思う。
「それでこちらが噂の、リュカのお仲間さんね。……あら……」
「?」
「……なんてイイのかしら。すごく……たくさん服を着せてあげたいわ……」
彼女は妖艶に微笑みながら私を見てうっとりと目を細めた。……ちょっと黒竜の目に似ている気がして鳥肌が立つような寒気がする。まあこの体は作りものなので鳥肌は立たないのだが。
「二人にお願いするのはうちで取り扱う商品の原材料、ヴァッハモスの幼体の生け捕りよ。幼体の中でも幼虫状態のものを、少なくても十体はお願いしたいわ。それ以上捕まえられたらその分報酬は上乗せするから、何体捕まえてくれても構わないわよ。できれば一月以内だと嬉しいけれど」
「可能でしょう。引き受けました」
「そう、じゃあお願いね。私は普段店にいるから何かあったらここに来て。じゃあ、仕事に戻るわ。……またね、ハーフエルフの貴女」
ヴェロニカは私にウィンクしながら名刺を渡し、優雅に歩き去っていった。会話していたのはリュカだったはずなのに、何故私に渡すのだろうか。
渡された名刺には彼女と店の名前、そして簡単な地図が描かれている。その名刺を見ていたら、ひょいっとリュカに取り上げられた。
「ひとまず私が預かっておこう。……店の場所も分かったから、失くしても問題はないんだが」
「うん。……ちょっと変わった人だったね」
「ジン族の職人は変わっていることが多いからな……」
彼女は服飾系の職人で、今回捕獲するように頼まれた魔物は服の原料になるらしい。虫系の魔物で、捕まえるのはいわゆる蛹になる前の幼虫である。この魔物はたくさん糸を吐き、その糸が服の素材としてはかなり優秀なのだそうだ。
「虫取りかぁ、楽しそうだね」
虫網と虫籠を持って草地を掛けた、前世の子供の頃の思い出がよみがえる。まあほとんど覚えていないので、思い出というかもう夏休みの少年のようなぼんやりとしたイメージでしかないのだが。
「君が想像しているものとは違うと思う」
「……そうなんだ?」
「やってみれば分かるから、さっそく行こうか」
そうして私はリュカに連れられて、ヴァッハモスの生息地にやってきた。服は前日に買った防護服のようなものを着て、手分けした方が効率はいいからとリュカとは別れ、それぞれヴァッハモスを探す。
この魔物は日蔭の多い、暗く湿った森に好んで生息する。そんな森の中で見つけた、自分の身長よりも大きな巨大幼虫は、毒々しい紫の体に目玉模様のあるなかなかインパクトの強い見た目で、虫が苦手なヒトは苦手だろうな、という印象だ。
竜である私にこの手のものを怖がる気持ちもないので、さっそく捕まえようとした。しかし相手は幼虫の癖に、まるで脱兎のごとく逃げ出す素早さである。
(でも、私の方が早い)
そうして私はヴァッハモスの前に飛び出して、抱きしめるように捕獲した。しかし柔らかい体の虫が私の腕からうねうねと体をよじって逃れようとしたので、ぎゅっと腕に力を籠めたら――。
「あ……あれ……?」
体の柔らかい虫は、私の力に耐えられなかったらしい。キュウッと悲鳴のような声を上げた後力なくくたびれて動かなくなった。まるで中身のくたびれた抱き枕を抱えるような状態で、私は一人立ち尽くす。
依頼内容は生け捕りである。……ちょっとこれは、私には難しいかもしれない。
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