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12話 初めての仲間
しおりを挟む稲妻牛は危険度Bの魔物で、本来ならもっと険しい魔境付近に生息しているという。それがこんな人里近いところに居るのは想定外であり、人的被害の出る前に討伐されたことをかなり喜んでいる雰囲気がギルド内には広がっていた。
「さすがS級冒険者のリュカさんだ。まあ、リュカさんの実力なら当然か」
実際倒したのは私なのだが、これが新人に倒せるような魔物でないことはこの空気感からさすがに私も察した。ただしリュカであれば、強い魔物と突発的に出会っても討伐出来て当然という風潮であるらしい。
(もしかしてリュカと一緒に居た方が……目立たなくて済むんじゃ?)
リュカは有名な冒険者で人目を引くから、一緒に居れば目立ってしまうと思っていた。しかし私は一人でいればきっと、普通の人間よりもずっと強いせいで新人とは思えない活躍をしてしまう。だってこの稲妻牛も赤子の手をひねるくらい簡単に〆られた。……私には、相対する魔物の強さが分からない。もっと強い魔物を平然と倒してギルドに持ってきて、もっと驚かれる可能性だってある。
それならばむしろ、実力者として知れ渡っているリュカの傍に居れば「あのリュカがいるから」という理由で私の注目度は下がるのではないだろうか。
「私の手柄ではないのですが……すみません、スイラ」
「いえいえ。むしろ助かります。……新人が倒したら、おかしいでしょうし」
リュカは申し訳なさそうにしているけれど私としては大変ありがたい。今も注目され称えられているのはリュカだ。今の私はすっかり空気である。……是非これからもリュカと一緒に活動したいものだ。彼はソロ活動をしているというけれど、お願いしたら仲間になってくれないだろうか。
「スイラ、普段使わない分のお金はギルドに預けるといいですよ。別の街に移動しても、移動先でお金を引き出すことはできますから」
「あ、はい。分かりました」
「素材の査定が終わったようですね。受け取りに行きましょう」
稲妻牛の素材は三十万ゴールドで売れた。リュカはその金額をそっくり私にくれようとしたのだけれど、解体をしてもらったり依頼について指導してもらったりと色々世話になっているのに受け取れない。
「半分にしませんか……?」
「……貴女が一人で倒した魔物ですよ。貴女の報酬です」
「でも解体も殆どしてもらったので……それにとてもお世話になっていますし」
私の言い分を聞きながらじっと私を見下ろしたリュカは、小さくため息を吐く。その翠玉の瞳にはやはり、心配そうな光が宿っていた。
「こういった報酬は、活躍度によって分けるものですよ。だというのに貴女は……このまま誰かとパーティーを組んだら、正当な報酬も分け前も受け取らず、将来的に困ることになりそうです」
「う……でもなんだか申し訳なくて」
「……スイラ、一つ提案があります。この先の依頼、私と組みませんか」
その提案は願ってもないことだが、頼み込むつもりでいたので驚きながら彼を見上げた。真剣そのものの表情をした彼は、どこか不安そうにも見える。
「貴女を一人にするのは、まだ不安です。ギルドとしての新人教育は依頼の完了と共に終了なのですが……教え切れていないことがあるように思います。貴方は特殊な出自ですから」
普通の人間としての常識は、人間として生きていれば身につく。竜である私はそれを知らないし、山奥で引きこもって育った設定を信じているリュカも私に常識がないことを憂いているのだろう。
ここまで連れてきた責任を感じているのかもしれない。だから私が一人でやっていけるようになるまで面倒をみたいと、そういう提案だと思う。
「貴女が嫌になったらいつでもパーティーを解消して構いません。……どうでしょう?」
「あ、いえいえ。むしろ私からもお願いしたかったので……じゃあ、これからもよろしくお願いします」
私からすれば渡りに船の提案である。リュカは親切心でこれからも私に色々と教えてくれるだろうし、彼といれば多少私がやらかしたとしても有名な冒険者というリュカの存在が目くらましになってくれるはずだ。……打算的でちょっと申し訳ない。
でも、彼と仲良くなりたいと思っているのも事実である。別々に活動するよりは仲間として過ごした方が、親しくなれるだろう。
「……パーティーを組むなら丁寧な言葉遣いもやめませんか? 戦闘中の声かけで結局使わなくなりますし」
「あ、そうですね。……じゃあ、普通に」
普通の話言葉というものも、勿論ジジから習っている。ヒトとして自然と溶け込むために、この五年頑張ってきたのだ。その努力の成果を見せるときである。
「ではスイラ。改めてよろしく」
「うん、改めてよろしく」
差し出されたリュカの手を傷つけないように気を付けてそっと握る。私の握る力が弱すぎたのか、彼の方から強めに握り返された。
「……仲間が出来たのは久しぶりだな」
「あ、そうなんだ。ソロで活動してるって言ってたからずっと一人なのかと思ったよ」
「いや、冒険者を始めた頃はジン族とパーティーを組んでいた。……もう全員、亡くなっているが」
ほんのりと細められた目に滲んだのは、寂しさだ。その顔を見て気づいた。……エルフは長命種。その寿命は、ほとんど無いに等しい。竜も同じようなものだから想像はできる。
寿命の短い仲間は老いて弱って彼を残して引退し、そして天寿を全うするだろう。長命種であるリュカはいつも取り残される側だ。
(だからパーティーを組まなくなったのかな。……私に親切にしてくれるのも、やっぱり寿命の関係?)
エルフの血が混じっているハーフエルフも寿命は長いはずだ。だからこそリュカは私と関わる気になってくれたのかもしれない。私であれば、同じように長い時を生きると思ったから。
(でもエルフのところに戻ろうとは思わなかったんだね。……もしかしてリュカも同族と価値観が合わなくて、仲間を求めて出てきたのかな。……それなら私と一緒だ)
彼は時々同族たちとは考えが違うというようなことを言っていたので、そうなのかもしれない。同族と価値観が合わず、疎外感を覚えて、理解し合えなくて息苦しい。その気持ちは痛いほど理解できる。だからこそ、私はリュカとは分かり合えるような気がした。
「私は長生きするからね」
「……ああ、私も長生きしたいな。冒険者は危険な仕事だから、お互い気を抜かないようにしよう」
私の言葉で嬉しそうに笑うということは、私の想像はそんなに外れていないのではないかと思う。握手を解いてもどことなく照れくさい気持ちだ。
(初めて仲間ができたよ。……リュカは……私が竜だって知っても、仲間でいてくれるかなぁ)
まだ打ち明けるには早いと思う。私たちはまだ知り合ったばかりで、お互いを深く知らない。打ち明けるのはもっと私を知ってもらってからだ。
「じゃあスイラ、次の依頼の相談なんだが……退竜祭が近いな。どうしたい?」
「……その退竜祭って、何?」
「ああそうか、知らないか。……ついてきてくれ」
前にも小耳に挟んで気になっていた祭りだ。私が知らないのも当然だという顔で、リュカは私をこの村の広場まで案内した。広場の真ん中に、見覚えのあるようなないような老人の像が立っていた。険しい顔をした強そうな老人で――もっと朗らかにニコニコ笑っていればジジの顔になりそうな、そんな銅像。
「今から六年近く前に白竜がヒトの区域に出没した。それを退けた大賢者ジルジファールの弔いをする祭りが退竜祭だ。……竜は災害だから、あの時は皆が怯えていた。そして竜が消えた日、誰もがそれを祝ってジルジファールを称えた。彼の遺体は見つからなかったが、その日を命日として記念日にして、今年が六回目になる」
……うん。何をどう考えても私とジジのことだね。ジジが亡くなったのは一か月くらい前なんだけど、ヒトの世界では私と出会ったあの日に亡くなっていることになっているようだ。
「祭りでは料理や酒が振る舞われるし、君は旅をしてきて休む間もなく冒険者になっただろう? 懐にも余裕があるし、少し休んでもいいと思ったんだが、どうしたい?」
「…………どうしようかな」
前世でも祭りは好きだった。出店を覗いたり、食べ歩きをしたり、射的なんかのゲームをしたり。きっとこの世界の祭りも似たようなものなのだ。別のお祭りなら、私は楽しめたと思う。
「くそったれの竜に一泡吹かせたジルジファールにかんぱーい!」
「大賢者ジルジファールにかんぱーい!」
夕暮れとはいえ、既に酔っ払った人々の大きな声が聞こえてくる。竜を嫌い、それを退かせた賢者を称える声だ。祭りが近いから、それにちなんだ乾杯の音頭になっているのだろう。
祭りは好きだった。……けれどこれは「白竜」を嫌う人々のための祭りだ。あの乾杯の声があちこちから聞こえてきたら、私は純粋に祭りを楽しめない。
まあ、直接憎悪の視線を向けられるよりはずっとマシだ。彼らは架空の白竜を嫌っているのであって、私自身に直接その感情をぶつけてきている訳ではないから、ちょっと悲しくなるだけで済んでいる。
(こんなに竜が嫌われてるんじゃ、私も本当は竜だってバレる訳にはいかないよね……やっぱりリュカも、竜が嫌いなのかな)
でも、私はヒトを傷つけたことなんてない。だから、きっと、分かってくれるヒトもいるはず。
だって、大事なのは種族じゃなくて中身だ。私という存在を受け入れてくれる誰か――それはきっと、どこかにいるはずだ。そしてそれはリュカかもしれないし、別のヒトかもしれない。少しずつ、探っていこう。
(竜の寿命はないんだもん。……焦らずに探すよ)
竜が死ぬのは絶望した時だ。心が弱って、生きる気力を失った時に竜は死ぬ。……それ以外で竜は死なない。だから私は、希望を捨てるつもりはない。
(むしろ白竜祭ができるぐらいになりたいよね。……千年くらいかけたらできるかも? 属性竜の中でも白竜だけは人間の味方みたいな空気を作っていけば……?)
いつか、遠い未来でもいい。竜の姿で人と親しくなれる日がきたらいいな。そんな希望を抱きながら、笑って叫ばれる祝いの言葉を聞き流した。
そんなことを想いつつぼんやりとジジの銅像を眺めていた私は、横から心配そうにリュカが見ていたことに気づいて目を合わせる。
「……とりあえず夕食は、稲妻牛の焼肉でもしようか?」
「する!」
たぶん、リュカは私を気遣って元気づけようとしてくれた。そんな優しい彼なら、竜のこともそんなに酷く思っていなくて、もしかしたら竜である私も受け入れてくれるかもしれないと期待する。
ちなみに町のはずれで行った稲妻牛の焼肉会は、震える程美味しくて他のことが大体どうでもよくなった。
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