上 下
15 / 46

12話 初めての仲間

しおりを挟む



 稲妻牛は危険度Bの魔物で、本来ならもっと険しい魔境付近に生息しているという。それがこんな人里近いところに居るのは想定外であり、人的被害の出る前に討伐されたことをかなり喜んでいる雰囲気がギルド内には広がっていた。


「さすがS級冒険者のリュカさんだ。まあ、リュカさんの実力なら当然か」


 実際倒したのは私なのだが、これが新人に倒せるような魔物でないことはこの空気感からさすがに私も察した。ただしリュカであれば、強い魔物と突発的に出会っても討伐出来て当然という風潮であるらしい。

(もしかしてリュカと一緒に居た方が……目立たなくて済むんじゃ?)

 リュカは有名な冒険者で人目を引くから、一緒に居れば目立ってしまうと思っていた。しかし私は一人でいればきっと、普通の人間よりもずっと強いせいで新人とは思えない活躍をしてしまう。だってこの稲妻牛も赤子の手をひねるくらい簡単に〆られた。……私には、相対する魔物の強さが分からない。もっと強い魔物を平然と倒してギルドに持ってきて、もっと驚かれる可能性だってある。
 それならばむしろ、実力者として知れ渡っているリュカの傍に居れば「あのリュカがいるから」という理由で私の注目度は下がるのではないだろうか。


「私の手柄ではないのですが……すみません、スイラ」

「いえいえ。むしろ助かります。……新人が倒したら、おかしいでしょうし」


 リュカは申し訳なさそうにしているけれど私としては大変ありがたい。今も注目され称えられているのはリュカだ。今の私はすっかり空気である。……是非これからもリュカと一緒に活動したいものだ。彼はソロ活動をしているというけれど、お願いしたら仲間になってくれないだろうか。


「スイラ、普段使わない分のお金はギルドに預けるといいですよ。別の街に移動しても、移動先でお金を引き出すことはできますから」

「あ、はい。分かりました」

「素材の査定が終わったようですね。受け取りに行きましょう」


 稲妻牛の素材は三十万ゴールドで売れた。リュカはその金額をそっくり私にくれようとしたのだけれど、解体をしてもらったり依頼について指導してもらったりと色々世話になっているのに受け取れない。


「半分にしませんか……?」

「……貴女が一人で倒した魔物ですよ。貴女の報酬です」

「でも解体も殆どしてもらったので……それにとてもお世話になっていますし」


 私の言い分を聞きながらじっと私を見下ろしたリュカは、小さくため息を吐く。その翠玉の瞳にはやはり、心配そうな光が宿っていた。


「こういった報酬は、活躍度によって分けるものですよ。だというのに貴女は……このまま誰かとパーティーを組んだら、正当な報酬も分け前も受け取らず、将来的に困ることになりそうです」

「う……でもなんだか申し訳なくて」

「……スイラ、一つ提案があります。この先の依頼、私と組みませんか」


 その提案は願ってもないことだが、頼み込むつもりでいたので驚きながら彼を見上げた。真剣そのものの表情をした彼は、どこか不安そうにも見える。


「貴女を一人にするのは、まだ不安です。ギルドとしての新人教育は依頼の完了と共に終了なのですが……教え切れていないことがあるように思います。貴方は特殊な出自ですから」


 普通の人間としての常識は、人間として生きていれば身につく。竜である私はそれを知らないし、山奥で引きこもって育った設定を信じているリュカも私に常識がないことを憂いているのだろう。
 ここまで連れてきた責任を感じているのかもしれない。だから私が一人でやっていけるようになるまで面倒をみたいと、そういう提案だと思う。


「貴女が嫌になったらいつでもパーティーを解消して構いません。……どうでしょう?」

「あ、いえいえ。むしろ私からもお願いしたかったので……じゃあ、これからもよろしくお願いします」


 私からすれば渡りに船の提案である。リュカは親切心でこれからも私に色々と教えてくれるだろうし、彼といれば多少私がやらかしたとしても有名な冒険者というリュカの存在が目くらましになってくれるはずだ。……打算的でちょっと申し訳ない。
 でも、彼と仲良くなりたいと思っているのも事実である。別々に活動するよりは仲間として過ごした方が、親しくなれるだろう。


「……パーティーを組むなら丁寧な言葉遣いもやめませんか? 戦闘中の声かけで結局使わなくなりますし」

「あ、そうですね。……じゃあ、普通に」


 普通の話言葉というものも、勿論ジジから習っている。ヒトとして自然と溶け込むために、この五年頑張ってきたのだ。その努力の成果を見せるときである。


「ではスイラ。改めてよろしく」

「うん、改めてよろしく」


 差し出されたリュカの手を傷つけないように気を付けてそっと握る。私の握る力が弱すぎたのか、彼の方から強めに握り返された。


「……仲間が出来たのは久しぶりだな」

「あ、そうなんだ。ソロで活動してるって言ってたからずっと一人なのかと思ったよ」

「いや、冒険者を始めた頃はジン族とパーティーを組んでいた。……もう全員、亡くなっているが」


 ほんのりと細められた目に滲んだのは、寂しさだ。その顔を見て気づいた。……エルフは長命種。その寿命は、ほとんど無いに等しい。竜も同じようなものだから想像はできる。
 寿命の短い仲間は老いて弱って彼を残して引退し、そして天寿を全うするだろう。長命種であるリュカはいつも取り残される側だ。

(だからパーティーを組まなくなったのかな。……私に親切にしてくれるのも、やっぱり寿命の関係?)

 エルフの血が混じっているハーフエルフも寿命は長いはずだ。だからこそリュカは私と関わる気になってくれたのかもしれない。私であれば、同じように長い時を生きると思ったから。

(でもエルフのところに戻ろうとは思わなかったんだね。……もしかしてリュカも同族と価値観が合わなくて、仲間を求めて出てきたのかな。……それなら私と一緒だ)

 彼は時々同族たちとは考えが違うというようなことを言っていたので、そうなのかもしれない。同族と価値観が合わず、疎外感を覚えて、理解し合えなくて息苦しい。その気持ちは痛いほど理解できる。だからこそ、私はリュカとは分かり合えるような気がした。


「私は長生きするからね」

「……ああ、私も長生きしたいな。冒険者は危険な仕事だから、お互い気を抜かないようにしよう」


 私の言葉で嬉しそうに笑うということは、私の想像はそんなに外れていないのではないかと思う。握手を解いてもどことなく照れくさい気持ちだ。

(初めて仲間ができたよ。……リュカは……私が竜だって知っても、仲間でいてくれるかなぁ)

 まだ打ち明けるには早いと思う。私たちはまだ知り合ったばかりで、お互いを深く知らない。打ち明けるのはもっと私を知ってもらってからだ。


「じゃあスイラ、次の依頼の相談なんだが……退竜祭が近いな。どうしたい?」

「……その退竜祭って、何?」

「ああそうか、知らないか。……ついてきてくれ」


 前にも小耳に挟んで気になっていた祭りだ。私が知らないのも当然だという顔で、リュカは私をこの村の広場まで案内した。広場の真ん中に、見覚えのあるようなないような老人の像が立っていた。険しい顔をした強そうな老人で――もっと朗らかにニコニコ笑っていればジジの顔になりそうな、そんな銅像。


「今から六年近く前に白竜がヒトの区域に出没した。それを退けた大賢者ジルジファールの弔いをする祭りが退竜祭だ。……竜は災害だから、あの時は皆が怯えていた。そして竜が消えた日、誰もがそれを祝ってジルジファールを称えた。彼の遺体は見つからなかったが、その日を命日として記念日にして、今年が六回目になる」


 ……うん。何をどう考えても私とジジのことだね。ジジが亡くなったのは一か月くらい前なんだけど、ヒトの世界では私と出会ったあの日に亡くなっていることになっているようだ。


「祭りでは料理や酒が振る舞われるし、君は旅をしてきて休む間もなく冒険者になっただろう? 懐にも余裕があるし、少し休んでもいいと思ったんだが、どうしたい?」

「…………どうしようかな」


 前世でも祭りは好きだった。出店を覗いたり、食べ歩きをしたり、射的なんかのゲームをしたり。きっとこの世界の祭りも似たようなものなのだ。別のお祭りなら、私は楽しめたと思う。


「くそったれの竜に一泡吹かせたジルジファールにかんぱーい!」

「大賢者ジルジファールにかんぱーい!」


 夕暮れとはいえ、既に酔っ払った人々の大きな声が聞こえてくる。竜を嫌い、それを退かせた賢者を称える声だ。祭りが近いから、それにちなんだ乾杯の音頭になっているのだろう。
 祭りは好きだった。……けれどこれは「白竜」わたしを嫌う人々のための祭りだ。あの乾杯の声があちこちから聞こえてきたら、私は純粋に祭りを楽しめない。
 まあ、直接憎悪の視線を向けられるよりはずっとマシだ。彼らは架空の白竜わたしを嫌っているのであって、私自身に直接その感情をぶつけてきている訳ではないから、ちょっと悲しくなるだけで済んでいる。

(こんなに竜が嫌われてるんじゃ、私も本当は竜だってバレる訳にはいかないよね……やっぱりリュカも、竜が嫌いなのかな)

 でも、私はヒトを傷つけたことなんてない。だから、きっと、分かってくれるヒトもいるはず。
 だって、大事なのは種族みためじゃなくて中身こころだ。私という存在を受け入れてくれる誰か――それはきっと、どこかにいるはずだ。そしてそれはリュカかもしれないし、別のヒトかもしれない。少しずつ、探っていこう。

(竜の寿命はないんだもん。……焦らずに探すよ)

 竜が死ぬのは絶望した時だ。心が弱って、生きる気力を失った時に竜は死ぬ。……それ以外で竜は死なない。だから私は、希望を捨てるつもりはない。

(むしろ白竜祭ができるぐらいになりたいよね。……千年くらいかけたらできるかも? 属性竜の中でも白竜だけは人間の味方みたいな空気を作っていけば……?)

 いつか、遠い未来でもいい。竜の姿で人と親しくなれる日がきたらいいな。そんな希望を抱きながら、笑って叫ばれるのろいの言葉を聞き流した。
 そんなことを想いつつぼんやりとジジの銅像を眺めていた私は、横から心配そうにリュカが見ていたことに気づいて目を合わせる。


「……とりあえず夕食は、稲妻牛の焼肉でもしようか?」

「する!」


 たぶん、リュカは私を気遣って元気づけようとしてくれた。そんな優しい彼なら、竜のこともそんなに酷く思っていなくて、もしかしたら竜である私も受け入れてくれるかもしれないと期待する。
 ちなみに町のはずれで行った稲妻牛の焼肉会は、震える程美味しくて他のことが大体どうでもよくなった。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

処理中です...