異世界超能力だより!~魔法は使えませんが超能力なら使えます~

Mikura

文字の大きさ
上 下
36 / 39

33話 それを、何と呼ぶか(後)

しおりを挟む



「っ……ユリエス、君が王族としてその娘の面倒を見ろ! 私は忙しいので失礼する!」


 走るような速足で出て行った彼の意志から怯えて逃げているのは明らかだったけれど、顔だけは引き締めて威厳のある国王のような様子であったのが逆に滑稽だった。見栄を張らなければならない上の立場の人間というのも大変そうではある。しかし同情は全くできない。どちらかといえばちょっとスッキリした。
 浮かべていた家具をとりあえず、元々の位置に戻していく。椅子の脚やらベッドの柱やらが壊れているので全く元通りにはできなかったけれど。……ちょっと反省した。


『とりあえずこれで一件落着ですね。宿に帰りましょうか』

「……君、せっかく写した手記のことを忘れていないか? 写した紙はどこにやったんだ?」

『あ。……えーと、鞄に入れた気がします』


 呆れたように言われて思い出した。もう覚悟も決めてしまったし色々あって写した手記のことが頭から抜けていたのだ。
 そういえばこの部屋で確認すると言っていたのにぼんやりしていて鞄にしまったような気がする。おかげで部屋中に紙が散れることも破けることもなかったので結果的によかったとは思うが。
 鞄から念写した紙の束を取り出して、改めてそれを読む。ひとまず私が読んでからユーリに伝えるつもりだ。

 そこに書かれていたのはこの世界に呼び出された女性の人生の記録。しかし手紙ともいえる内容だった。手記自体は随分古めかしかったので結構昔の事なのだろう。それでも、彼女の身に起きたことは自分と重なる部分が多かった。
 異世界の違う文化に、価値観に戸惑ったこと。異国でも色に対する意識は似たようなものだったらしく、色が薄いと虐げられる人と親しくなったこと。……そしてその人と結婚して子供が生まれ、この地で最後まで生きていくと決めたことが書かれていた。


[私は神宮司真といいます。これは私と同じように、日本、もしくは地球からこの世界に召喚された後の世の誰かに宛てたものです。私は元の世界に戻る方法が分からず、この世界で生きることになりました。こちらは元の世界と違うことも多く、戸惑うことも多いけれど幸せに暮らしています。これを読んでいるあなたがこの世界を不安に思っているなら、少しでもその心の支えになれればと――]


 この書き手はどうやらこの世界で幸せになれたようだ。だからこの世界に来て不安になっているとしたら、心配しなくても大丈夫だと優しく語り掛ける文章だった。色んな事件に巻き込まれたりして結構波乱万丈な人生だったようだが、老年となってこれを書いた時には少なくとも幸せな人生だったと思えている。……念写ではなく、手記の実物に触れてサイコメトリーをしてみたかった。
 物体に宿った思念を読み取るその能力なら、この人がどんな様子なのか目に浮かんだだろう。温かい文だったから、きっと本当に幸せだったのだろうけど。


(元の世界に戻る方法は分からずじまいだけど、読めてよかった。……うん、私も自分の選択が間違いじゃないって思えてきた)


 この手記の内容は異国に召喚された同国の人間の人生録であり、元の世界に戻る手がかりはなかったことをユーリに伝えた。
 それを聞いた彼は――ほっと、安心したような感情を発して。その後酷く自分を責め始めた。


『ユーリさん? どうしたんですか?』

「……すまない。こんなつもりは……」


 片手で顔を覆った彼は、唇を噛んでいる。手記を読む間は文字に集中したかったので精神感応は切っていて、その間ユーリが何を考えていたかは知らない。ただ、この手記に私が元の世界へ帰る手がかりがあるか否か、固唾を飲んで見守っている様子ではあった。
 結果、この手記に世界の渡り方は書かれていない。元の世界に戻る手がかりはなかった。それを聞いた途端、ユーリの緊張は解けた。……安心してしまったのだ。私がまだ、帰ることはないと――手がかりが見つからなくてほっとしてしまった、そんな自分を『最低だ』と責めている。
 そこで私は、自分の意思をまだ伝えていなかったことに気づいた。


『ユーリさん、私、帰らないことに決めました』

「…………何?」

『ユーリさんがたくさん我慢して、頑張って協力してくれたのにごめんなさい。でも、帰らないと決めました』



 元の世界へ戻るのが、正しいのは分かっている。けれどもう、私の心がそれを明確に拒絶した。きっと、彼と離れて元の世界に戻ったら、私の力はまた暴走してしまう。
 私はユーリの傍に居たい。彼がそれを望んでくれるから、それに応えたいというだけではなくて。私も彼と過ごす心地よい時間の中で生きていきたい。


(ユーリさんのいない世界では、私は多分もう……まともでいられない)


 私はもう、私の感情を自分で抑えられない。暴走したら自分を止めることのできない爆弾のような存在だ。この世界にとって完全な異物だが、元の世界に帰っても危険な存在になってしまった。
 この世界に、好きな人が出来てしまったから。私の心を乱す彼が二つの世界を合わせても唯一、私を止められる人なのだ。
 ユーリは驚いた顔で私を見つめている。私の感情は、精神感応でちゃんと伝わっているはずだけれど。……でも、言葉でも伝えるべきだろう。


「ユーリアス……ん? ちょっと違うかな……ゆぅりあす……」

「……ユゥリアス」

「ユゥリアス。あ、分かった……よし」


 この世界の発音には慣れないし、最後に聞いたのが二か月も前だったから上手く呼べない私を見かねてお手本のようにユーリが自分の名を口にする。私が何をしようとしているのかは分かっていないが、混乱しながらもどこかで期待するような、それでいて不安でいるような、そんな気持ちで、心臓の鼓動も早くなっているようだ。
 夕日色の瞳を真っ直ぐに見つめながら、想いを声にする。


「ユゥリアス、好きエシディ


 この世界の誰も、家族ですら呼ばない彼の本当の名前を呼びたかった。その名を呼んで、こちらの世界の言葉で気持ちを伝えたかった。きっとこの名を呼べるのは私だけだから。私だけに許された告白だと思うから。
 ユーリは私の人生で初めてできた友人。けれどこの感情は友情だけではすまないものだ。だから「友愛アシディ」ではなく「恋愛エシディ」の意味で好意を口にした。セルカに間違って使った言葉とは違う。これは本物の好意だと確信している。


「…………ハルカ、それは友人に向ける言葉ではない。……間違って、いないのか?」

『間違ってません。私のこれは、ユーリさんとはだいぶ違いますけど……でも、恋愛感情だと思います。伝わってま、すか……』


 夕日色の瞳にどんどん涙がたまっていくことに驚いた。彼が発する感情に悲しみなどないのに、何故泣かせてしまったのか分からずに固まっていると、ユーリは今まで見た中で一番柔らかく、ふわりと笑って見せた。


「君の好意は、くすぐったいな」


 人は、嬉しすぎても泣くらしい。笑いながら涙をこぼすその姿は、幸福に満ちていて。私もつられて笑った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

処理中です...