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30話 残りは、少し(後)
しおりを挟む結局、夕方まで薬を使いながらゆっくり魔石を壊していき、彼の体内に残るのは魔臟の中の一番大きな魔石だけというところまできた。途中から削る魔石を小さくしたとはいえ、今日行った除去の回数は200回近いのではないだろうか。
数えるのを50回目くらいでやめたので正確には分からないけれど、流石にこの回数は堪えただろう。ユーリも額に汗を浮かべている。『今日はもうやめましょうよ』とこれまでにないくら心配しながら伝えたら彼もようやくやめる気になってくれた。……止めなければ最後の一つまで続けたかもしれない。
『……九割くらいは魔力が出せるようになってます。元々の魔力量からすればかなり増えたと思いますけど……っていうか本当に大丈夫ですか?』
「ああ。……なんだか体が軽い気もするし、倦怠感はあるが……悪い気分じゃないな。ありがとう、ハルカ」
気怠げだが満足そうにも見える顔で笑って礼を言われた。礼を言うべきは私の方だろう。彼は今回の五日間の調査の間に禁書庫に入るために無理をしてくれたのだから。
まるで、必死になることで、自分の感情を忘れようとしているみたいに見えた。
『こちらこそ、ありがとうございます。……明日は、王城に行くんですよね』
「そうだ。書庫を調べる間、君には……私に与えられている部屋で待っていてもらおうと思う」
『私がお城の中に入っていいんですか?』
貴族の仕組みはよく分からないが私のイメージでは平民ときっちり隔てられた存在で、城という場所には身分がないものは入れなさそうなのだけれど。
首を傾げると、ユーリが笑う。自嘲気味に。……城の話題になると彼が過去を思い出して、暗い感情を持ってしまうのが少し、嫌だ。
「私の部屋に、私の友人を招くだけだ。何も悪いことじゃない」
血族中から存在を見て見ぬふりされていても、ユーリは城内に一室を持つ王族の一員なのだ。髪を切りでもしない限り、彼は王族としての行動を咎められることはない。そもそも、誰も彼を見ていないので咎めてくれる相手なんてものはいない訳だが。
『……瞬間移動でいきましょうか?』
「……そうだな。それで問題ない」
ユーリが部屋にたどり着くまでの道で誰かとすれ違いたくない、と考えていたからこその提案だ。彼もほっとしている。城へホームの資金を取りに行くと、すれ違う人間はやっぱりユーリを“見えないもの”にして決して視線を向けないらしい。
(それは誰にも会いたくないって思うよね……わざわざ無視されたくはない、だろうし)
ユーリの自室が城のどのあたりにあるかを教えてもらい、千里眼で探す。見つけたのは部屋の主がほとんど帰ってこないからか寂しい雰囲気で生活感のない、埃の積もった薄暗い部屋。
家具など必要最低限しかないのに、部屋の隅に積まれた小袋がやけに目立っていた。その中身は金貨であり、そんなものが無造作に置かれていることに驚く。……ユーリに割り当てられるという、王族の資金だろうか。
『……念写します。この部屋で合ってますか?』
明日瞬間移動するべき場所だ。間違えていたらいけないと、確認のために数枚の紙に部屋の様子を念写した。ユーリにとってもいい思い出のある場所ではないからだろう。嫌そうな感情と共に軽く眉間に皺を寄せたが「その部屋だ」という確認も取れた。
彼の視界にいつまでも残していたくなかったので、さっさと発火能力で燃やしてしまう。……明日は現場に赴かなければならないが。
『念写なら魔物も上手く写せるんですけどね。ほら』
ユーリの気分が沈んでしまったので話題を変えようと新しい紙に火山猪の姿を念写した。超能力者でも友人にはそれくらいの気遣いができるのである。
描いたのは遭遇したその瞬間の、濁った黄色の目が睨む姿。先程描いたおにぎりに手足が生えたような絵とは大違いで、臨場感がある。経った二か月前だが色々あったのでとても懐かしく感じた。
ユーリはその火山猪を見て『見事なものだ』と思っているが、どことなく残念そうである。
『なんで残念そうなんです?』
「……君の異能で描く絵は素晴らしいと思うが……私は、君の絵が嫌いじゃなくてな」
どうやら私の芸術作品が見たかったようだ。ユーリの趣味は変わっている。お世辞にも上手いと言えない私の絵が好きらしい。
仕方がないので、紙の端の方にお手本となる念写の火山猪を見ながら正面の顔を描いてみる。それでもおにぎりに顔や棘がついたような何かが出来上がったが、ユーリは実に楽しそうにその絵を眺めていた。
『ユーリさんは物好きですね』
「……そうだろうか?」
「うん」
私のいびつな絵や、私のような異質な超能力者を好きになるのだから、物好きとしか言いようがない。その物好きな友人と過ごす時間が好きな私も、もしかすると物好きなのかもしれない。
類は友を呼ぶ、同じ穴の狢と言うし。……私とユーリに似ているところがあるとは思えないけれど。一緒に居て楽しいのだから、どこか近いところがあるのだろう。
(明日、お城で手掛かりが見つかったら……いや、まだ帰らない)
手がかりを見つけたとしても、私はユーリの魔石を壊し終わるまではここに残る。まだ大きな魔石、最後の一つが残っているのだ。それまでまだ、時間がある。一緒に居られる時間が。
(……帰りたく、ないな。手がかりが見つかって、帰れると分かっても……この気持ちは変わらないんじゃないのかな)
自分の感情がよく分からない。そのせいで、あまりにも優柔不断だ。十八年の間、自分の感情がこんなに複雑に揺れたことなどなかった。この世界に来て、ユーリに出会い、初めての友人になって、初めて人から恋心を向けられて。私自身が今まで知らなかった感情を覚えるようになった。そして、それをいまだに理解しきれていない。
(残り、四日。手がかりが見つかっても、見つからなくても……もう、決めよう。決めてないから、私も揺れるんだ、きっと)
元の世界に戻れると分かった時、帰るのか。それでもここに残るのか。あと四日のうちに必ず決めようと、自分に誓った。
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