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25話 今まで通り、とはいかない(後)
しおりを挟む『えーと、じゃあ、そろそろホームに帰りましょう。あ、帰りにお土産を獲ってからですけど』
「……そうだな。期待しているだろうから」
ホームで待っている三人はきっととても楽しみにしている。私が何かしらの魔物を狩ってくるかもしれないと。……期待に応えるのは、嫌いじゃない。
荷物の入ったリュックを背負っていたら狭い路地裏には入れないのでまずは徒歩で街を出る。人がいない区域を目指してサビエートの森と呼ばれる場所を進みながら、少し懐かしくなった。ここは私がこの世界に来て初めての「仕事」をすることになった森だ。ちょうど同じリュックも背負っているし、ユーリと一緒なので既視感がある。
「懐かしいな」
『あ、ユーリさんもそう思います?』
「ああ。あの時は……君を助けなければと、思っていたんだが」
魔力なし、無色透明の可哀相な少女。その印象はその日のうちに綺麗に塗り替えられてしまったようで、今のユーリは私のことを爆弾のようなものだと認識している。……おかしい。彼は私のことが好きなのではなかったのだろうか。何故爆弾扱いされているのだろう。
とりあえずある程度森を進んだところで千里眼を使い、魔物を探す。この世界で適当に視線を飛ばすとどうも魔力の強い物に引き付けられやすい傾向にあるので、魔物自体は直ぐに見つかった。見つかったのだけど。
『……ピンクの青虫……いや芋虫が居たんですけど……』
緑色のあの青虫を全身ピンクに染め上げたような姿で、触角の代わりに二本の角が生え、そして人ほどの大きさがある虫がいた。いや、でも、これはさすがに、食べる物としては見られないというか。
「春風蝶の幼体だな、かなり珍しい。記録では透明感があり弾力の強い身で、甘い果実のような味がするらしいが」
『……あれ食べた人がいるんですか』
ユーリによると珍しい上に美味しいらしい。話を聞くとどうもゼリーのような触感でデザートとして認識されているようだがあまり想像したくなかった。
虫が魔物になる確率はかなり低く、幼虫の姿で発見される確率はさらに低くなる。魔物研究者にとっては垂涎の的となるくらいには珍しく、羽化するまでは大した害もないので発見して報告しただけでもかなりの資金になるという。
そう言われても虫の見た目のものを食べよう、という気持ちにはならない。他の魔物を探すことにした。
『うーん……美味しそうな魔物がいませんかね……』
「……魔物を食べる目的で探すのは君くらいだろうな」
美味しいから仕方がない。そういう訳で次に発見した熊のような魔物を狩ることにした。毛の色は茶色でも黒色でもなく濃い紫に見えたけれど、熊には違いない。羊の角というか悪魔の角のようなねじれにねじれた角も生えていたが、熊ではある。虫よりは食べられそうだ。
瞬間移動する時は一緒に、と言われているのでユーリに『行きましょう』と手を差し出した。しかし、彼は私の手を取らずに固まってしまう。
恋心を自覚した今、私に触れるのは恥ずかしさやら何やらで難しいらしい。そういえば彼はいつも私の手を握る時に緊張していた気がする。……あれは無自覚な恋心からくるものだったのかと納得した。
「触れなければ無理か? ……これでは、だめだろうか」
しばらく迷って考えたユーリは、遠慮がちにそっと私の袖を掴んだ。……なんだろう、この気持ち。足元で愛らしく鳴く猫を撫で回したくなるような、まあ、つまり。「かわいい」という感想が浮かんだのだけれど。
自分よりずっと大きな成人男性に抱く感想としては間違っている気がするので、気の迷いかもしれない。
『……触れている方が確実ですよ』
瞬間移動の判定は恐らく私の認識による。触れている、もしくは持っていると認識しているものが一緒に移動するのだろう。常に念動力の壁を張っているので、実際に肌に触れているものという訳ではないはずだ。……そうだったら私は服をその場において全裸で移動先に現れてしまうだろうから。
服の先を掴まれている場合はどうなるかよく分からない。そもそも誰かと一緒に移動しようと考えるようになったのはこちらに来てからなので検証が足りないのである。
「そう、か。変なことを言ってすまない。行こう」
今度はちょん、と指先と指先が触れる程度に重なって、先程と似たような感想を抱くと同時に何故か胸を強く押されたような感覚に襲われ、これは何だろうと疑問に思いつつ熊の目の前に移動した。
手を握っていなくても無事に移動できたようで、ユーリと共に濃紫の熊の眼前に飛ぶ。ちょっと操作感覚を間違えてしまったのか私たちと熊との距離は10㎝もなかったけれど。
「近すぎないか!?!!」
『すみません、ちょっとミスりました』
今回はさすがに私もびっくりしたので、目の前に熊が居ると認識した瞬間にその体を分断した。熊は敵が現れたと認識する間もなく絶命したし、今回ばかりは私も躊躇う余裕すらなかったが一応目的は達成である。……少しだけ心臓の鼓動が早い。余程驚いたようだ。
『いやぁ……驚きましたね』
「本当にな……!?」
私よりもユーリの心臓の方が大変そうだ。とても感情がこもった同意の言葉を聞きながら、あまりないミスを不思議に思う。瞬間移動先がずれるなんて、超能力を使い始めた頃ならともかく扱い慣れてからはなかったのに。
(……熱でもあるのかな)
超能力者と言えど人間なので、体調を崩すことはある。体温は少し上昇気味だが、今驚いて心拍数が上がっているだけで熱が出ている、と言う感覚はない。本当に不思議だと思いつつ、熊の解体を始めた。
もちろんユーリ指導の下で念動力を使っている。……超能力を使う感覚におかしなところはない。さっきのミスは不思議だが、私も人間なのでたまには誤ることもあるのだろう。気にしないことにした。そんなことよりも。
『肉が……紫ですね……』
解体をしている熊が、毛の色よりは薄いが紫色の肉をしている。もう一度言う、紫色の肉である。何をどう見ても不味くて有毒そうな紫の肉である。ついでに背中にもまだら模様の紫のキノコが生えている。……この世界の特殊な色の食べ物にも慣れてきたと思っていたが、そうでもなかった。これは食べたいとは思えない。
「火と水の属性を持った、変異種の茸熊だな。かなり良質な肉だろう」
これは皆喜ぶぞ、とユーリが嬉しそうなので私は黙々と解体を進め、しっかりと包装してリュックに詰めた。……本当に美味しいのだろうか。これ。
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