8 / 39
8話 その魚、まさに青魚
しおりを挟むユーリによって捌かれた薄氷魚の分厚い切り身は、火山猪を焼いたのと同じ板の上でジュウジュウと音を立てている。その身の色はかき氷のブルーハワイを思い起こさせるような鮮やかな青でとてつもなく食欲を減退させるが、漂う香りはバジルを思わせるスパイシーさで食欲をくすぐってくる。調味料は使っていないので、これはこの魚が発している香りだ。
この世界の食材は色々とおかしい。食べたくないような食べたいような、妙な気分にさせられる。どっちかにしてほしいものだ。できれば後者の方で頼みたい。
「君の能力は常識外れだ。高等魔法と同じ現象を起こす力を、何の詠唱もなく簡単に使えるということになる。……転移魔法を使える者なんて過去にも数えるほどしかいないぞ」
魚が焼けるのを待っている間、ユーリに能力の詳細を説明することになったのだけど。瞬間移動の話を聞いた後、理解しようと努力していたのか彼は無言でぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
戸惑わせて申し訳ないのと同時に、なんだかちょっと可愛いなと思ってしまったのは秘密である。……精神感応はしっかり切っておいたから、伝わっていないはずだ。大人の男性に「かわいい」は失礼だろうし。
(でも、こっちにも魔法としても一応あるんだね。瞬間移動って)
魔法として元々似たようなものが存在するなら別に可笑しくはないと私は思うのだが、ユーリはかなり驚いていて混乱状態にある。伝わってくる意思も混乱気味で、色んな方向に思考が飛んでいた。
過去に移動魔法が使えた者は当時の国王に重用されたが、消費する魔力も大きくついには“魔力切れ”というこの世界特有の症状で亡くなってしまっている。この力が知られれば私が危険だろうから能力の扱いに注意しなくては、しかし息をするように能力を使う私をどうやってとめたらいいのか、と。色々考えてくれている。
「……危うさがよく分かってないだろう、君。本当に貴重かつ有用性が高い能力なんだぞ? 拉致されてから逃げ出したあたりの話がよく分からないと思っていたら、本当に移動能力を使っていたとは……」
『あ、うまく伝わってなかったんですね。……同一言語じゃないから仕方ないですけど』
こうして会話してはいるが「こちらの言葉に直すならこんな意味」という翻訳された意思同士を交わしている状態なので、話が食い違う可能性はゼロではない。
さっきも「知らぬが仏」と似た意味の慣用句が使われているのは分かったけれど、本来の言葉は分からないということがあったように。こちらの世界に仏がいるはずはないし、本当は何と言っているかは知らない。こういう部分から食い違いが起きていてもおかしくないのである。……だからこそ早く言葉を覚えたいのだけど。
「じゃあ遠視、と言っていたのは本当に遠くが見えるのか?」
『遠視……ああ、千里眼ですか。どこでも見えますし、なんなら透けますよ』
私は一度も遠視という言葉を使って伝えた記憶がないので、千里眼という単語はこちらの言葉で「遠視」に訳されて伝わっているのだろう。少々ややこしい。しっかりすり合わせをしていかないと、どこかで齟齬が起きそうだ。
「……遠視魔法と透視魔法ができると……本当に多才だな。猪を倒した力はなんだ?」
『念動力ですね。これは……うーん、空気中に自由に動かせる手があるって感じですかね。手より便利なので人がいないとついこっちを使っちゃうんですけど』
念動力を説明するなら感覚のある空気の手、というのが一番近い。ただし大きさや形は自由自在、使用範囲も広く見える距離なら離れていても難なく扱え、力の強さも固さも細かい調整が出来て、やろうと思えばナイフより切れ味のいい刃も再現できる。とりあえずそのあたりの小石を浮かべたり、真っ二つに分断したり、圧縮して粉々にしたりして見せた。
「ネンドウリョク……風の魔法に似ているがやはり別物だな。かなり自由度が高い。では、火を起こしたのも君の異能か?」
『火を扱う能力はありますけど、さっきのは自然の力ですね。私の世界じゃあんなに簡単には燃えませんが』
人差し指を一本立てて、その先に火を灯した。発火能力は私の半径一メートル以内でしか発動できないが、自分の傍で起こした火を遠くまで伸ばすことは可能だ。とりあえず少し弱くなってきた焚火に念動力で枝を投入し、発火の火を投げ入れておいた。
……ユーリがどこか遠い目になって私の行動を見ているのがすこしばかり心外である。同じような魔法はある、とさっきから彼自身が言っているのに理解を超えたものを見ているような反応をしないでほしい。
「……もしかして、他にも扱える能力があるのか?」
『ああ、はい。あと私が自由に使えるのは念写とアポート……物を遠くから取り寄せる能力です。未来を見ることもありますけど、こっちは突然勝手に見えるものなので役に立ちません。あ、サイコメトリーも出来ます』
念写は思い浮かべている映像を紙に映し出せる能力だ。人相書きと美術の絵の課題をさぼりたい時くらいにしか使えないと思う。カメラの代わりにはなるかもしれないが、現代人はスマホを持ち歩いているので本当に必要なかった。
アポートは物体取り寄せ能力で、別の場所にあったり、箱の中に入れられたりしているものを手元に引き寄せられる。これは瞬間移動の能力を自分ではなく物に使っている感覚だ。ただし、生物には使えない。命あるものと移動するなら自分と一緒に瞬間移動する必要がある。
サイコメトリーは物に宿る意思、物の記憶を感じる力だ。色判定の時のローブが残っていれば、これで私をこの世界に連れてきた人間のことが分かったかもしれない。そんな能力である。
と、そんな説明をしていたらユーリはまた片手で目を覆ってしまった。頭を整理したい時の癖なのだろう。
「……ハルカ。君の能力は非常に高く、貴重で、それが魔法によるものだったら国家の中枢へと至れるほどの才能だ。けれど君は透明と判断されてしまっている。……君の力が知られればどのような扱いを受けることか……」
『ああ……使いつぶされる心配をしてくれるんですね。ありがとうございます』
魔力の色がすべての世界。魔力がないけど有能な人材は、いくらでも消耗していい資源に他ならない。少なくとも、そう思う人間は多くいる。ユーリからは私を蔑むような感情を全く感じないけれど、二人組や役人のことを考えれば私を普通に“人間”として扱っている彼の方が少数派なのだろう。
『でも大丈夫じゃないですかね。私の能力が有能なら大抵のことはどうにかできそうです。元の世界でも超能力で大抵どうにかしてましたから』
「…………君、実はかなり大雑把だろう。よく言われないか?」
『あーちょっと翻訳が微妙で、意味が分からないようです』
「こら、嘘なのは分かるんだぞ。君の能力のおかげでな」
そう言いながらもユーリはフッと笑って見せた。かなり心配してくれていたようなので、笑ってくれて何よりである。
この世界で味方になってくれる人ができたせいか、私は不安を感じなくなっていて。超能力でゴリ押しすれば大体なんとかなるだろうという楽観的な思考が戻ってきたのだと思う。
元々性格的にポジティブな方なのだ。どうせすぐには帰れないし、せっかくの異世界を楽しまなければ損ではないか。
『どうやって生きていけばいいのかって不安がなくなったので……ちょっと楽しくなってきたところなんですよ。この世界、私にとっては食べ物一つすら不思議で面白いんですから』
「……そうか。それは、よかった。薄氷魚も焼けたみたいだから、たくさん食べるといい。君は食べ盛りだろう?」
一番大きな魚の切り身を皿に盛って渡してくれるのはユーリの優しさなのだろうが、しかし、なんだろう。なんというか、彼から伝わってくる意識でなんとなくわかったのだけれども。
『ユーリさん、私を子供だと思ってませんか? ……うわ、魚も美味しい』
青いくせに。見た目は全く食欲をそそられないくせに。調味料だってかけられていないくせに。何故しっかりと塩味と旨味を感じるのか不思議でならないが、これは魔力の味、というやつなのだろうか。触感としてはよく脂の乗った鮭のとろけ具合が近い。身の色は真っ青で美味しくなさそうなのだが、全く箸が止まらない。
そんな私の様子を微笑ましそうにユーリは見ていて、やはり子供だと思われている気がしてならなかった。
……一応、十八歳というのはそれなりの年齢だと思っているので、なんだか落ち着かない。元の世界では成人間近なのだと伝えるべきだろう。
ここは、異世界。私の常識とは違う世界なのだから。違和感を覚えたら、一つずつ確認していくべきだ。そうでなければいつかきっと、大変なことになる。……別に、子ども扱いされて“もう大人なのに”と拗ねているわけではない。ユーリからそういう子供を見る時の『背伸びしたい年頃なんだな』的な意思を感じるが断じてちがう。
(……子供っぽい言動はしていない、はずだし)
だからきっとこれは見た目の話なのだ。日本人が海外で若く見られるように、この異世界では私も若く見えるのだ。……言動のせいではない、はずである。たぶん。
11
お気に入りに追加
234
あなたにおすすめの小説

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
王子様と落ちこぼれ魔道士 へっぽこ無能だと思っていた魔道士が実は最強すぎた
島崎 紗都子
ファンタジー
アイザカーン国の王子イヴンは 大国ヴルカーンベルクの王女の元へと婿入りすることになった。おともに魔道士イェンを連れ ヴルカーンベルク国へと旅立つが 頼りとなるはずのイェンの魔術の腕前は さっぱりで 初級魔術も使えない 皆からおちこぼれの最低無能魔道士と言われているほど。さらに困ったことに イェンはどうしようもなく女好き。途中で知り合った仲間とともに 自由気ままに旅をするイヴンたちだが 自分たちが何者かに狙われていることを知って……。
お気楽な旅から一転、王位継承を巡る陰謀に巻き込まれていく二人は──。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

半神の守護者
ぴっさま
ファンタジー
ロッドは何の力も無い少年だったが、異世界の創造神の血縁者だった。
超能力を手に入れたロッドは前世のペット、忠実な従者をお供に世界の守護者として邪神に立ち向かう。
〜概要〜
臨時パーティーにオークの群れの中に取り残されたロッドは、不思議な生き物に助けられこの世界の神と出会う。
実は神の遠い血縁者でこの世界の守護を頼まれたロッドは承諾し、通常では得られない超能力を得る。
そして魂の絆で結ばれたユニークモンスターのペット、従者のホムンクルスの少女を供にした旅が始まる。
■注記
本作品のメインはファンタジー世界においての超能力の行使になります。
他サイトにも投稿中
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる