3 / 39
3話 凹凸とお人よしと超能力者、いざ森へ
しおりを挟む冒険者の荷物持ちという仕事は所謂雑用係だ。この世界には害獣――魔物が存在し、冒険者はそれを退治したり素材をはぎ取ったりするのが仕事である。彼らは魔物が生息する地域に寝泊まりしながら魔物狩りをするため、装備以外にも生活に必要なものを多く持ち歩かねばならない。魔力が多く強い冒険者であれば、魔法の道具を使ったり馬車を使ったりするだけの魔力の余裕や資金があるのだが、そうでない者達には雑用係の“荷物持ち”が必要となる。
「俺の荷物は持つ必要ないぞ。……あの二人組の荷物がどれほどかによるが、無理はするなよ」
サビエートの森と言われる場所の少し手前で、うっそうと生い茂る緑を眺めながらフードの男改め、ユーリと名乗った彼はそう言った。傍に居る二人組の片割れに聞こえないように潜めた声だったが、その声色からでも私を心配している様子が分かる。疑う余地のない善人だ。
彼が「色判定」の場に来ていたのは魔力の少ない子を保護するためで、そもそも本格的な魔物退治をする予定はなかった。そんな彼には一人の野宿ができる程度の持ち物しかないし、荷物持ちが必要ないというのもあるだろうけど、わざわざ言葉にして無理な仕事をさせる気はないと伝えてくれる優しい人だ。
二人組の方は背の高いゼントという男の方がこの先の“お楽しみ”を想像しながら口笛を吹いている。もう片方の背が低いジュダという男は冒険に必要な荷物とやらを取りに行っていて、私達はジュダが戻ってくるのを待っていた。
ちなみに私は声を出せないことになっており、文字も書けないので名乗れず蔑みを込めて「透明」と呼ばれている。……そう呼んでいるのは二人組だけであるが。
「よお、待たせたな。透明にはこいつを運んでもらうぜ」
暫くしてジュダが運んできたのは人が五人は詰められそうな大きさのパンパンに膨らんだリュックで、それが私の目の前にドンと置かれた。重量としてはかなりありそうだが、魔力を流せれば風の魔法が発動して軽くなるらしい。その証拠にジュダは軽々とこれを運んできた。……魔力のない人間からすれば、見た目通りの重量の荷物である。私には関係ないが。
ニタニタと笑う二人組はもうすでに私に仕事ができないと思っている。荷物持ちが出来ないならさっそくそのあたりの茂みにでも連れ込んでお仕置きを、などと考えているので吐き気がしそうだった。思考を読み取る精神感応はその感情まで読み取ってしまうのだ。自分の中に流れこんでくる下心が不快でならない。
ユーリはといえば、二人の見え透いた考えに苛立ちながらこの場をどうやって収めるか思案している。魔力のない者に魔法道具を使う前提の仕事をさせるのはどうかと咎めようと思い至ったようなので、彼が何か言って問題が起こる前に巨大なリュックを背負った。
「嘘だろ!?」
「何故持てる!?」
何故持てるのかと問われれば、それは私が超能力者だからという他にない。念動力で浮かべればいいのだから簡単だ。
私に重量で負荷をかけたいなら1トンを超える鉄の塊でも持ってこなければ意味がない。キログラム単位くらいなら念動力で持ちあげても大して力を使っている気もしないというか、一般人的に例えるなら晩御飯の材料が入った買い物袋を持ってあげるくらいの感覚であり、これくらいならお安い御用である。無理難題にはあたらない。
『……この子はもしかして、魔力放出障害か?』
人込みを抜けて森の中に入り、周りにいるのが三人だけになったため思考がはっきりと読み取れるようになった。もちろんこれは計画が失敗して悔しがっている二人組ではなく、ユーリの思考である。
極稀に、魔力を持っていても外に放出できないタイプの人間がいるらしい。そういう者達は魔力を己の体にしか使えないので、身体能力向上の魔法を自然と使っていて怪力であるという。
黒髪になる程の魔力を持っていて放出できないのだとすれば相当な身体能力を持っているのだろうな、と納得している彼には悪いが私の場合は全て超能力だ。純粋な筋力でいえばおそらく、ふとした拍子に超能力を使ってしまうため一般人以下だろう。……だからエネルギー切れでも起こして力が使えない状況になったら困る訳だが。
「どうするよ、あれを持てるとは思わなかったな」
「なら昼食の用意をさせればいい。魔力がなけりゃ火を起こせないだろ、それを利用して……」
ひそひそとこちらに聞こえないように交わされる二人組の言葉だが、音として聞こえるかどうかは私にとってどうでもいいことだ。意思を乗せて発した言葉なのだから聞こえなくても分かる。
二人組が先導して歩き、私は荷物を持って後を追う。ユーリは私とつかず離れずの距離にいるが、魔力のない私が魔物に襲われたりしたら大変だと思って傍に居るようだ。言葉は殆ど発しないが考えていることが善人そのもので、悪意が一切含まれない感情が伝わってくるのはどこか心地よくもある。……心の中を覗き見しているようでそれは申し訳なく思うけれど。
(……この人も色々訳アリか。“ユーリ”は偽名みたいだし)
俺のことはユーリと呼んでくれ、と言った彼の言葉には雑念が交じっていた。それが本名ではないという意識が乗っている言葉だったのだ。さすがに心の中で自分の名前を呟いている訳ではなかったので正確な名前までは分からないが、今使っているのは偽名である。しかもその理由が出自を隠すためだ、ということまで分かってしまった。
それに、口に出している言葉と心の内で考えている時の思考の言葉に“差異”がある。声にするときはわざと乱雑な言葉遣いをしているように思えた。
(元々は高貴な生まれで、口調を変えて平民に混ざって暮らしてるっぽい。色々大変な事情がありそうなのに、困ってる相手を放っておけないお人好しかぁ……)
精神感応を使いっぱなしにするのはあまりよくないなと罪悪感を抱きながら思う。相手の秘密を暴いてしまうから。でも、私には情報が必要なのだ。決して他の誰にも彼の秘密は洩らさないから、許してほしい。私も自分の素性を明かすつもりであるし、痛み分けとしてもらいたい。……ちょっと、いやかなり強引というか、強制的だけれども。生き抜くためなのだからしかたあるまい。
ある程度森の中を進んで小川の傍に差し掛かった時、休憩を取りたいと二人組が言い出した。ユーリも私を休ませるべきだと思っているようで頷いたし、私は尋ねられもせず決定権がなかったが、この場で一休みすることに異存はない。
河原に荷物を降ろすと、二人組は慣れた様子で私の背負っていたリュックから水筒やら何やらを取り出しはじめた。
「じゃあ透明はここで火を起こせ。これ使っていいからよ」
リュックからゼントが奇妙な石を取り出し、私に投げ寄越す。赤い水晶のような透明感のあるものでカエデの葉に似た形をしており、大きさとしては小石サイズだ。その小さな石の中から何かの力を感じる、不思議な物だった。……魔法のある世界なのだから感じるのは魔力なのだろう。
これは火の魔石を加工したもので、魔力を込めれば燃える、元の世界で例えるならマッチのような道具らしい。辺りの安全を確認してくるから、その間に私は薪を集めてきて火を起こし、ここで暫く待機するように命じられた。
「戻ってくるまでには火を起こしとけよ」
「ユーリもいくだろ?」
「……喉が渇いたし、俺は水の補給をしてから行く。先に行け」
「お、そうか。……抜け駆けはしないでくれよ?」
抜け駆けとはつまり、そういうことをする時は俺たちも呼べという意味である。下衆だな。とそう思った私と同じような感想を抱いたらしいユーリは二人組がいなくなった後軽くため息を吐いた。
11
お気に入りに追加
233
あなたにおすすめの小説
はぐれ妖精姫は番の竜とお友達から始めることになりました
Mikura
恋愛
「妖精姫」――侯爵令嬢オフィリア=ジファールは社交界でそのような二つ名をつけられている。始めは美しい容姿から賞賛の意味を込めての名だった。しかしいつまで経っても大人の証が訪れないことから次第に侮蔑の意味を込めて「はぐれ妖精姫」と呼ばれるようになっていた。
第二王子との婚約は破談になり、その後もまともな縁談などくるはずもなく、結婚を望めない。今後は社交の場に出ることもやめようと決断した夜、彼女の前に大きな翼と尾を持った人外の男性が現れた。
彼曰く、自分は竜でありオフィリアはその魂の番である。唐突にそんなことを言い出した彼は真剣な目でとある頼み事をしてきた。
「俺を貴女の友にしてほしい」
結婚を前提としたお付き合いをするにもまずは友人から親しくなっていくべきである。と心底真面目に主張する竜の提案についおかしな気分になりながら、オフィリアはそれを受け入れることにした。
とにもかくにもまずは、お友達から。
これは堅物の竜とはぐれ者の妖精姫が友人関係から始める物語。
ヒトナードラゴンじゃありません!~人間が好きって言ったら変竜扱いされたのでドラゴン辞めて人間のフリして生きていこうと思います~
Mikura
ファンタジー
冒険者「スイラ」の正体は竜(ドラゴン)である。
彼女は前世で人間の記憶を持つ、転生者だ。前世の人間の価値観を持っているために同族の竜と価値観が合わず、ヒトの世界へやってきた。
「ヒトとならきっと仲良くなれるはず!」
そう思っていたスイラだがヒトの世界での竜の評判は最悪。コンビを組むことになったエルフの青年リュカも竜を心底嫌っている様子だ。
「どうしよう……絶対に正体が知られないようにしなきゃ」
正体を隠しきると決意するも、竜である彼女の力は規格外過ぎて、ヒトの域を軽く超えていた。バレないよねと内心ヒヤヒヤの竜は、有名な冒険者となっていく。
いつか本当の姿のまま、受け入れてくれる誰かを、居場所を探して。竜呼んで「ヒトナードラゴン」の彼女は今日も人間の冒険者として働くのであった。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。
もしかして私ってヒロイン?ざまぁなんてごめんです
もきち
ファンタジー
私は男に肩を抱かれ、真横で婚約破棄を言い渡す瞬間に立ち会っている。
この位置って…もしかして私ってヒロインの位置じゃない?え、やだやだ。だってこの場合のヒロインって最終的にはざまぁされるんでしょうぉぉぉぉぉ
知らない間にヒロインになっていたアリアナ・カビラ
しがない男爵の末娘だったアリアナがなぜ?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
薬屋の少女と迷子の精霊〜私にだけ見える精霊は最強のパートナーです〜
蒼井美紗
ファンタジー
孤児院で代わり映えのない毎日を過ごしていたレイラの下に、突如飛び込んできたのが精霊であるフェリスだった。人間は精霊を見ることも話すこともできないのに、レイラには何故かフェリスのことが見え、二人はすぐに意気投合して仲良くなる。
レイラが働く薬屋の店主、ヴァレリアにもフェリスのことは秘密にしていたが、レイラの危機にフェリスが力を行使したことでその存在がバレてしまい……
精霊が見えるという特殊能力を持った少女と、そんなレイラのことが大好きなちょっと訳あり迷子の精霊が送る、薬屋での異世界お仕事ファンタジーです。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。
ファンタスティック小説家
ファンタジー
科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。
実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。
無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。
辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる