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そんな日常

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「君美味しそうな匂いがするね、食べていい?」

「婚約者がおりますので、どのような意味でも食べられるのは承諾いたしかねます。」

それが、わたくしと彼の初めての会話だった。



この世界では多くの種族が共存している。
かつては、種族ごとや国ごとで争いや略奪などが起き、生き物たちは疲弊していた。
そんな中、一部の者達が、異なる種族でも共存できる世界を作ろうと立ち上がった。初めはよく似た種族や国同士、その輪がだんだんと広がり今ではほとんどの国や種族の加入する同盟となった。
そんな同盟の本部に併設されたアカデミー、一定以上の知識教養を持つ者か、加入国の推薦がある者、つまりは将来国や種族を代表する者達が集い、学び交流する場にわたくしリサ・アルベルトは通っている。


友人達と会話しながら歩いていると、すれ違う者たちが私たちの顔を見て微妙な顔をする。最近は頻繁に起こりすぎて慣れてきた反応だ。おそらくこの先に彼らがいるのだろう。
一緒にいる友人達も気付いたのだろう、それぞれうんざりした顔や呆れた顔、心配する顔などをそれぞれに浮かべている。
そうしているうちに、甲高い女性の笑い声が聞こえてきた。
ため息を吐きそうになるのを堪えながら歩いていくと、そこにはこれまた最近は頻繁すぎて見慣れてしまった光景が目に入る。
一人の女性を複数の男性が囲み歓談している、それだけなら問題はないが中には婚約者がいるモノもいるのに女性と男性陣の距離が不適切に近い。

アカデミーでは様々な種族や国の生きモノが交流する場であるから、男女の距離の取り方などがそれぞれに違い問題になることが多い。そのため同盟マナーと呼ばれる共通のマナーが作られ、アカデミーに入るときに徹底的に教育される。
彼らはもう一度マナー講習を受けた方がいいだろう。

彼らの横を通り過ぎたあと、はあ、と無意識のうちにため息を漏らす。

「リサ様、大丈夫ですか?」

そう声をかけてきたのは、虎の獣人スジャータ。

「ええ、大丈夫よありがとう。」

スジャータが心配してくれるのは、あの集団の中にわたくしの婚約者がいるからだ。優しい彼女に心配させるなど失敗した。

「あのバカどもはどうにかならないものか。全く。」

プンプンと怒りの感情を露わにしているのは、ハーフエルフのレイ。彼女の従兄弟もあの集団の一員で、そのことについて腹を立てている。


アカデミーの人型棟では今問題となっていることがある。言わずもがな、彼らのことだ。
一人の少女を囲み、複数の男子が愛を語らい享楽に耽り、アカデミーの秩序を乱している。男子の中には婚約者がいる者もおり、ほとんどの者が眉を顰めている。

それでも、彼らにまだ謹慎や退学などの措置が取られていないのは、アカデミーは学校ではないため個々の問題や関係に口を出さないというのが基本方針だがらだ。彼らはある意味公害だが、物理的に他者に迷惑をかけているという訳ではないため一応処罰対象ではない。とはいえかなり苦情が集まっているらしく、注意喚起は行われている。だから次に何かを起こしたら一発でさよならだろう。


「いっその事、何か起こしてくれればアカデミーも動けるのじゃがのぅ。」

吸血鬼のラリッサが面倒くさそうに言う。


わたくしことリサは婚約者と弟が、スジャータは幼なじみが、レイは従兄弟が、ラリッサは年の近い甥がそれぞれあの集団の一員となっており、注意などして関われば彼らから文句を言われ、関わらなければ周りから苦情が来ると言う日々を過ごす羽目になり大変な迷惑を被っていた。
最近ではあまりの彼らの奇行に同情票が多くなり、むしろ関わらない方がいいと引き離してくれる者すら現れる事態になっているが。


「僕もそう思うよ、そしてリサの婚約が解消されればリサが僕のものになって食べれるのに。」

アレン様がまた急に現れる。

「アレン様、ごきげんうるわしゅう。いつも言っていますが、わたくしの不幸を願わないでくださいます?」

少し不機嫌に言ってしまう。

「アレン様、こんにちは。竜種棟は遠いのにわざわざ来るなんて、いつもお熱いですね。」

「リサを食べれるなら、どこにだって駆けつけるよ。」

「アレン殿は積極的ですね。だが、リサはまだあの男の婚約者です。リサに不利な振舞いはなさらぬように。」

「うん、気をつけるね。」

わたくしを食べたい(物理)なのだからお熱いもないもないだろう。とか、不利な振る舞いってなんぞや。とか、わたくしの言葉は無視ですか?とかはもう言っても無駄だとは分かってはいる。
特にあまりに積極的に食べたいと行ってくるアレン様に生返事をしていた時うっかり、「婚約が無くなったら食べてもいい?」「ハイハイ、無くなったらいいですよ。」などど言ってしまったのが運の尽き、味方は誰一人としていなくなった。
アレン様、竜種にとって人族は可食種族、つまりただ食糧として食べたいと言っているのだけなのにスジャータとレイはどうやら食べるを比喩の方だと思っているのか、時にはアレン様を煽るような言動すらするので、からかっているだけだと分かってはいるのだが若干頭が痛い。
それに、アレン様にだったら食べられてもいいと思い始めている自分にも戸惑っていた。

こんな風に、彼らを見て不快な気持ちを愚痴っていると、アレン様がどこからともなく現れ、スジャータとレイが、時にはラリッサも加わり、わたくしをからかうという流れが最近の日常だった。
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