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きっかけ
しおりを挟む冬休みが明けて、私の苗字は母方のものに変わっていた。
引っ越しをして学校までの距離が少し遠くなったものの転校することもなかった私は、冬休み明け最初に先生にお願いして苗字が変わったことを伝えてもらった。
引っ越した事もその理由、両親が離婚したこともすぐに知れ渡ると思いお願いしたのだが、少し失敗したかも知れなかった。
クラスの中に、気遣わしげな空気が漂うようになってしまったから。
普段あまり関わらない人は、遠巻きになるか、慰めの言葉をかけてくる。
普段一緒に過ごす子は、どう接すればいいのか分からない、もしくは普通にしようとするせいで、どちらもどこかぎこちない。
そんないたたまれない教室で私自身、普通に過ごそうとするせいでどこかぎこちなかったかも知れない。
それがまた、周りの気遣いを誘っていた。
そんな風に過ごしながらも、少しずつ周りも私も慣れてきてぎこちなさが減り始めていたある日のこと。
「なあ、吉野、お前の名前ってさコレと一緒なんだな。」
クラスの男子の1人が急に声をかけてきた。
ソイツは小学校から一緒で家も近かったからよく遊んでいた、いわゆる幼馴染というやつ。
「ん?何?」
返事をすると、なぜかソイツの周りの男子が慌て出す。
「おいっ、やめろよ。」
「このバカがふざけてるだけだから、気にしないでいいよ。」
「なんだよお前ら、別に変なことは言ってないだろ?」
ソイツは不思議そうにしていた。
「どうしたの?」
私は周りの態度に訝しげな顔をしてソイツらに近づいた。
すると周りは余計に慌てるものの、ソイツはそれが不思議だという体を崩すことなく言い放った。
「吉野の名前ってさ、〇〇〇と一緒なんだな。」
そう言いながらソイツは今まで見ていたものを差し出してきて、それを見て理解した途端、私はソイツの顔をぶん殴っていた。
とはいえ、帰宅部で特に鍛えてもいない私に対して、成長期に運動部で体格の良かったソイツの顔をぶん殴ったところで、殴ったところが赤くなるくらいのはずだった。
しかし、運悪くというか、ソイツは机のヘリに座っていて、私が殴ったことでバランスを崩したソイツが掴んだ椅子の背もたれはソイツの体を支えきれなかった。
ソイツは周りの机や椅子を巻き込みながら倒れ、全治3週間の怪我を負ってしまった。
唯一の幸運は、ソイツ以外に巻き込まれた人がいなかったことか。
その日はさすがのお母さんも早々に仕事を切り上げて帰ってきた。
お母さんが会社帰りに買ってきた菓子折と、お金を入れた封筒を持ってソイツの家に謝罪に行く。
「いいのよいいのよ、気にしないで。ごめんなさいねぇ、うちのバカ息子が無神経なこと言ったみたいで。そちらも今大変なんでしょう?うちの子は体が丈夫なだけが取り柄なんだから、このくらいの怪我なんてすぐに治るわよ。吉野ちゃんもごめんなさいねぇ、うちのこのバカ息子が変なこと言ったせいなんでしょう。」
ソイツの母親、私もよくお世話になった顔なじみのおばさんは、玄関から顔を出した途端、いつもの弾丸トークを開始した。
ソイツの背をバンバンと叩きながら話すのはいつもと同じ、でもその言葉に哀れみとか同情とか、そんな感情を感じてしまうのは私がひねくれているせいなのだろうか。
さすがに全面的に私が悪いと思って謝罪をしにきたはずなのに、私は不貞腐れたようにそっぽを向き謝ろうとしなかった。
ソイツも拗ねたようにそっぽを向いていて、親同士が謝り倒している中、当事者の私たちは無言で向き合う事もしなかった。
最終的には、お互いの親に無理やり頭を下げさせられ、心のこもらないごめんなさいが交わされた。
そして、その次の日から、私は学校に行かなくなった。
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