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10、女達の行く末
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項垂れて、うんともすんとも言わなくなったローランドを置いて部屋を出る。
色々と言いたいことはあったが、今の彼の耳には入らないだろう。それに最低限言いたいことは言った、一生悔いて生きればいい。わたくしの大切なモノを奪ったのだから。
そしてわたくしはそのまま別の部屋に向かった。
「最後に話す機会を与えていただき、ありがとうございました。」
と言うのは義母になるはずだった、いや相手が変わるだけで未来の義母である隣国の王妃に向けて。
「言いたいことは言えたかしら?」
息子の馬鹿な振舞いで迷惑をかけた分存分に文句を言ってもいいと発破ををかけられたが、曖昧な笑みを返したわたくしが、言いたいことを全て言えたわけではないことには気づいているのだろう。
「お話は、十分させていただきましたわ。」
「そう。」
「ローランド様はこれからどうなるのでしょうか?」
「・・・、あれだけのことをしでかしたのだもの、こちらの国であっても中央政治に関わらせることはできないわ。今のところ山向こうの国に婿に出す方向で話は進んでいるの。もしそれがダメだったら、北の砦に行かせることになるわね。」
山向こうの国はキャロラインを送り出す予定だった国。人の交流が盛んな国で、よそ者を寛大に受け入れる国だ。しかし、はっきりと言わなかった婿入り先はおそらく現国王の愛娘、御年37歳の欲狂いと評判の姫君だろう。男を多く囲い後宮のようなモノを作っているらしい。また、嗜虐趣味を筆頭にあまり口外できないようなご趣味をお持ちとのこと。囲われた男たちの一定数は心を病んでしまうとの噂だ。
北の砦は死地とも言われている。重罪人の強制労働の監視が主な仕事だが、極寒の地で監視人ですら気候に馴染めず命を落としてしまう者が多い場所。
やはり、生温い罰則にする気はないようだ。
「左様ですか。
お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「あら、何かしら?」
首を傾げる姿はとても美しく5人の子を持つ母には見えないほど若々しい。
「なぜ術式を起動されたのですか?」
ローランドには言っていなかった、いや、知っている人間すらごく少数の情報。
キャロラインにかけられた魔術はかつて天才と言われていたこの王妃が作り、かけたものだ。
それゆえに、彼女は一人でキャロラインにかけた魔術を起動することができる。過半数などという制約などなしに、だ。
そもそもがおかしかったのだ。あの子は、キャロラインは母である元王妃に似ている、これはパーティーの後に様々な人から言われた事実。状況も前国王の蛮行を思い出すのに十分であっただろう。
だがそれだけで一人の少女を殺しかねない判断をするだろうか。
ローランドにも言ったが、人を殺したいほどの怨みを抱き続けるのは難しく、同じだけの怨みを再燃させるのはこれもまた容易ではない。
それに10代の若造ではなく、20年近い年月をかけこの国を復興に導いてきた猛者たちだ。その人たちが状況が似ているというだけで、短絡的な行動をするか。
そもそも、ローランドはまだ隣国の王子でしかなかった。その身分であのようなことが起きれば、王位継承などできないことは自明だ、それがわからぬ者たちではない。
ああ、もっと、もっとそもそもの話、起動の術式を持ったものがあの場にそんなに多くいただろうか。
キャロラインがあの状態になるには、9割以上の人間が術式を起動しなくてはならい。しかし、先日のパーティーは絶対参加ではなかった。
公爵家には家格にふさわしいだけの会場があったが、国中の全ての貴族を集めさらに隣国やその他の国々の来賓全てを収めるだけの広さは流石にない。
それに、公爵家はこの国の端にある。国土の中心に近い王都を挟んで逆側に領地を持つ貴族は特に今回参加は見合わせている者も多かったのだ。高位貴族は全員参加しているし、王都で行われる予定だった即位式などは絶対参加だが。
一家に1つの起動の術式を、持つものが9割以上参加している、というのは現実的に考えてかなり無理がある状況だったのだ。
あの時はわたくしも動揺して気づけなかったが、冷静に考えればおかしい事態だった。
唯一確実にあれを起こすことができたのは、今目の前にいる隣国の王妃その人だけだ。
その隣国の王妃は美しい笑みを浮かべている。何も読み取れない、かつて我が国で完璧な淑女という名をほしいままにしていた女性の完璧な笑顔。
「わたくしはね、あの女が嫌いだったのよ。愛しい彼の方を堕落させたあの女が。
本当は隣国にも嫁ぎたくなんて無かったわ、あの方と一緒に国と一緒に滅ぶのも本望だった。でもあの場はああするしかなかったの。わたくしは国のために育てられ作られた人間だから、貴女と同じ。
だから、ね、一度はちゃんと諦めたのよ、あの女を亡き者にすることを。
王妃として生きる覚悟を決めたの。
なのに、あの女はまたわたくしの愛しい人を奪っていったわ。
愛しい人を堕落させたのよ。せっかくわたくしが諦めて、生かしてやっていたのに。
だから次は確実に仕留めようと思ったの。
ふふ、ちょうど良い舞台だったでしょう。」
こんな時にも、声を荒上げず、まるで世間話をするような軽さで語る、完璧な淑女。
それが本心だったのかどうかわたくしには分からなかったけれど、彼女は当時と同じ熱量を持ったなにがしかを再燃させたのだろう。
それは、わたくしのあり得る未来のひとつの形なのかもしれない。
中興の祖、女王アンジェリカ。
王家ではなく、国の剣であり盾と言われた公爵家の生まれの王妃でありながら、アンジェリカは女王と呼ばれている。その功績は大きく、二代前に立った愚王が地の底まで落とした王家の権威を立て直した。隣国の第三王子を夫に迎え、10人の子宝に恵まれるも内8人は病や事故で成人する前に命を落とすことになった。成人した二人も孫を残し、アンジェリカよりも先に他界。元々の婚約者であった隣国の第二王子が結婚直前に病に倒れ、そのまま亡くなったことからも別名死神女王とも呼ばれている。
************
全部読んでくださってありがとうございました。
これで終わりです。
言い訳という名の補足。
このような終わりですが、アンジェリカはこの先不幸だったわけではないです。
人を愛し、愛される。と同時に愛するモノを失う機会も多かった女性。
失う度に強く美しくなっていき、それが国の発展に貢献した。
そう思っています。
色々と言いたいことはあったが、今の彼の耳には入らないだろう。それに最低限言いたいことは言った、一生悔いて生きればいい。わたくしの大切なモノを奪ったのだから。
そしてわたくしはそのまま別の部屋に向かった。
「最後に話す機会を与えていただき、ありがとうございました。」
と言うのは義母になるはずだった、いや相手が変わるだけで未来の義母である隣国の王妃に向けて。
「言いたいことは言えたかしら?」
息子の馬鹿な振舞いで迷惑をかけた分存分に文句を言ってもいいと発破ををかけられたが、曖昧な笑みを返したわたくしが、言いたいことを全て言えたわけではないことには気づいているのだろう。
「お話は、十分させていただきましたわ。」
「そう。」
「ローランド様はこれからどうなるのでしょうか?」
「・・・、あれだけのことをしでかしたのだもの、こちらの国であっても中央政治に関わらせることはできないわ。今のところ山向こうの国に婿に出す方向で話は進んでいるの。もしそれがダメだったら、北の砦に行かせることになるわね。」
山向こうの国はキャロラインを送り出す予定だった国。人の交流が盛んな国で、よそ者を寛大に受け入れる国だ。しかし、はっきりと言わなかった婿入り先はおそらく現国王の愛娘、御年37歳の欲狂いと評判の姫君だろう。男を多く囲い後宮のようなモノを作っているらしい。また、嗜虐趣味を筆頭にあまり口外できないようなご趣味をお持ちとのこと。囲われた男たちの一定数は心を病んでしまうとの噂だ。
北の砦は死地とも言われている。重罪人の強制労働の監視が主な仕事だが、極寒の地で監視人ですら気候に馴染めず命を落としてしまう者が多い場所。
やはり、生温い罰則にする気はないようだ。
「左様ですか。
お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「あら、何かしら?」
首を傾げる姿はとても美しく5人の子を持つ母には見えないほど若々しい。
「なぜ術式を起動されたのですか?」
ローランドには言っていなかった、いや、知っている人間すらごく少数の情報。
キャロラインにかけられた魔術はかつて天才と言われていたこの王妃が作り、かけたものだ。
それゆえに、彼女は一人でキャロラインにかけた魔術を起動することができる。過半数などという制約などなしに、だ。
そもそもがおかしかったのだ。あの子は、キャロラインは母である元王妃に似ている、これはパーティーの後に様々な人から言われた事実。状況も前国王の蛮行を思い出すのに十分であっただろう。
だがそれだけで一人の少女を殺しかねない判断をするだろうか。
ローランドにも言ったが、人を殺したいほどの怨みを抱き続けるのは難しく、同じだけの怨みを再燃させるのはこれもまた容易ではない。
それに10代の若造ではなく、20年近い年月をかけこの国を復興に導いてきた猛者たちだ。その人たちが状況が似ているというだけで、短絡的な行動をするか。
そもそも、ローランドはまだ隣国の王子でしかなかった。その身分であのようなことが起きれば、王位継承などできないことは自明だ、それがわからぬ者たちではない。
ああ、もっと、もっとそもそもの話、起動の術式を持ったものがあの場にそんなに多くいただろうか。
キャロラインがあの状態になるには、9割以上の人間が術式を起動しなくてはならい。しかし、先日のパーティーは絶対参加ではなかった。
公爵家には家格にふさわしいだけの会場があったが、国中の全ての貴族を集めさらに隣国やその他の国々の来賓全てを収めるだけの広さは流石にない。
それに、公爵家はこの国の端にある。国土の中心に近い王都を挟んで逆側に領地を持つ貴族は特に今回参加は見合わせている者も多かったのだ。高位貴族は全員参加しているし、王都で行われる予定だった即位式などは絶対参加だが。
一家に1つの起動の術式を、持つものが9割以上参加している、というのは現実的に考えてかなり無理がある状況だったのだ。
あの時はわたくしも動揺して気づけなかったが、冷静に考えればおかしい事態だった。
唯一確実にあれを起こすことができたのは、今目の前にいる隣国の王妃その人だけだ。
その隣国の王妃は美しい笑みを浮かべている。何も読み取れない、かつて我が国で完璧な淑女という名をほしいままにしていた女性の完璧な笑顔。
「わたくしはね、あの女が嫌いだったのよ。愛しい彼の方を堕落させたあの女が。
本当は隣国にも嫁ぎたくなんて無かったわ、あの方と一緒に国と一緒に滅ぶのも本望だった。でもあの場はああするしかなかったの。わたくしは国のために育てられ作られた人間だから、貴女と同じ。
だから、ね、一度はちゃんと諦めたのよ、あの女を亡き者にすることを。
王妃として生きる覚悟を決めたの。
なのに、あの女はまたわたくしの愛しい人を奪っていったわ。
愛しい人を堕落させたのよ。せっかくわたくしが諦めて、生かしてやっていたのに。
だから次は確実に仕留めようと思ったの。
ふふ、ちょうど良い舞台だったでしょう。」
こんな時にも、声を荒上げず、まるで世間話をするような軽さで語る、完璧な淑女。
それが本心だったのかどうかわたくしには分からなかったけれど、彼女は当時と同じ熱量を持ったなにがしかを再燃させたのだろう。
それは、わたくしのあり得る未来のひとつの形なのかもしれない。
中興の祖、女王アンジェリカ。
王家ではなく、国の剣であり盾と言われた公爵家の生まれの王妃でありながら、アンジェリカは女王と呼ばれている。その功績は大きく、二代前に立った愚王が地の底まで落とした王家の権威を立て直した。隣国の第三王子を夫に迎え、10人の子宝に恵まれるも内8人は病や事故で成人する前に命を落とすことになった。成人した二人も孫を残し、アンジェリカよりも先に他界。元々の婚約者であった隣国の第二王子が結婚直前に病に倒れ、そのまま亡くなったことからも別名死神女王とも呼ばれている。
************
全部読んでくださってありがとうございました。
これで終わりです。
言い訳という名の補足。
このような終わりですが、アンジェリカはこの先不幸だったわけではないです。
人を愛し、愛される。と同時に愛するモノを失う機会も多かった女性。
失う度に強く美しくなっていき、それが国の発展に貢献した。
そう思っています。
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