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2、アンジェリカの焦燥
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そして二人が婚姻を結ぶことができるだけの年月がすぎ、今日二人の婚姻披露パーティーが公爵領で行われていた。
正式な婚姻とそれに伴う様々な儀式は王都で行うのだが、王都では先の愚王と傾国の女の蛮行を直接見聞きし、中には被害者もいていまだに王家の人間が贅沢に見える行動を取ると反感を抱く者が根強くいる。
それゆえに、招待客に権威を見せ付けるための豪奢なパーティーなどは公爵領で行い、王都では儀式類とよく言えば上品な、悪く言えば質素な催しを行う事になってる。
もちろん、表向きはそれらしい理由をつけてはいるが。
そんなパーティーが開かれている中、アンジェリカは焦燥に駆られていた。
きっかけは、部屋からパーティー会場までエスコートしてくれるはずのローランドがいつまで経っても迎えに来なかった事だ。
物心つく前から婚約者だった二人は幼い頃から積極的に交流を重ねてきた。ここ数年は無愛想な態度が鼻についてはいたが、年頃になったのだと言われれはそんなものかと思ったし、だからと言ってこんな時に連絡もなく遅れるような男ではないと知っている。公爵の家は要塞を兼ねているため堅牢で、作りが複雑になってはいるが2年に一度は遊びに来ていたローランドだ、アンジェリカやアンジェリカの兄達と探検ごっこをして、下手な使用人よりずっと構造をよく知っているから迷うはずがない。
それなのに時間になってもローランドは部屋にやってこなかった。
今日の主役、次期国王で現第二王子と、次期王妃で現公爵令嬢の二人の入場は最後だ。多少遅れたところで問題はないが限度がある。遅れても問題ないであろうギリギリまで部屋で待っていたアンジェリカは、侍女にもしローランドが迎えに来た時のための伝言を残し一人会場に向かっていた。
気持ちは盛大に焦っているものの、歩みは遅々としている。それもそのはず、アンジェリカの今日の装いは、全面に刺繍が施され贅沢に宝石が縫い付けられたドレス、大振りの宝石と繊細な細工で作られたネックレスとイヤリング、さらに王族に連なる人間を示すためのこれまた大振りの宝石をあしらったティアラが頭上に鎮座している。
一歩間違えば下品なほどの装飾を絶妙なバランスで美しい作品に仕上げてある。
ここまで聞けばわかるだろう、本日の装いはとっても重い。夜会用の装いはただでさえ重いと思うのに、現在のアンジェリカは最大限に重量がかかっている。こんな状態で早く移動ができるはずがない。歩くだけで精一杯だ。
正直アンジェリカは王都で着る予定のドレスの方が気に入っている。
最新のドレスの型に上質な布を使っているが、無駄な刺繍や装飾はできるだけ取り除いてあり軽いのだ。
焦る気持ちとあまりにも重い衣装から現実逃避をするように、王都で着る予定のドレスに思いを馳せているうちに、なんとか控えの間の前までやってこれた。
扉の前で深呼吸をして気持ちを落ち着かせていると、ふと違和感を感じる。
その理由はすぐに知れた。扉の前に兵がいないのだ。
アンジェリカは侍女も連れずに部屋からここまでやってきた。それは伝言を残すためにお付きの侍女を部屋に残してきたのもあるが、公爵家の軍はだてに最強を誇ってはいない。このような夜会などで公爵家に客人が来れば警備体制を強化して、死角を一切作らずに警備するのだ。だから、お付きのものがいなくても安全だと公爵家の人間は考えている。侍女も渋りはしたが、アンジェリカが一人で会場に向かうことを認めたのはそういった信頼がある。
そして、ここに警備の人間がいないのはありえない。つまり、何かが起こっているということ。
アンジェリカは中から聞こえてくる音に耳を澄ませる。
聞こえてくるざわめきの音から判断するに、控えの間と会場を繋ぐドアは開け放たれている。
警備の者を呼ぶか、中の様子をもう少し探るか逡巡した瞬間、中からアンジェリカを呼ぶ声がした。
その声が馴染みある声だったのでつい扉を開けてしまった。
アンジェリカの目に入ってきたのは、整然とした控室と、全開になった会場と控えの間を繋ぐドア、その側で中をうかがっている一人の兵の姿だった。恐らく本来であれば控室の外で警備をしているはずの者だろう。
アンジェリカは人知れず安堵のため息をついた。兵の手が腰に吊り下げた剣にかかっていない事から、危機迫った事態ではないのだろう。
兵はアンジェリカがドアを開けたのに気付いたのかこちらを振り返った、とたん焦ったように身振りでここから出ていくように促す。
アンジェリカは躊躇した、兵の後ろ会場の中からは未だにアンジェリカの名を呼ぶ声がする。
それにもしこの場に緊迫した空気が流れていたら、もし兵が公爵軍の中で用いられている暗号で緊急事態と知らせれば、アンジェリカは躊躇せずに踵を返し安全な所まで移動し報告を待つことにしただろう。しかし、この場に流れる、この場からでも察せられる会場の空気は困惑の一言に尽きた。
そして、アンジェリカが出した結論は、自身を呼ぶ声に応える事だった。
アンジェリカはこの決断を一生後悔することになる。
正式な婚姻とそれに伴う様々な儀式は王都で行うのだが、王都では先の愚王と傾国の女の蛮行を直接見聞きし、中には被害者もいていまだに王家の人間が贅沢に見える行動を取ると反感を抱く者が根強くいる。
それゆえに、招待客に権威を見せ付けるための豪奢なパーティーなどは公爵領で行い、王都では儀式類とよく言えば上品な、悪く言えば質素な催しを行う事になってる。
もちろん、表向きはそれらしい理由をつけてはいるが。
そんなパーティーが開かれている中、アンジェリカは焦燥に駆られていた。
きっかけは、部屋からパーティー会場までエスコートしてくれるはずのローランドがいつまで経っても迎えに来なかった事だ。
物心つく前から婚約者だった二人は幼い頃から積極的に交流を重ねてきた。ここ数年は無愛想な態度が鼻についてはいたが、年頃になったのだと言われれはそんなものかと思ったし、だからと言ってこんな時に連絡もなく遅れるような男ではないと知っている。公爵の家は要塞を兼ねているため堅牢で、作りが複雑になってはいるが2年に一度は遊びに来ていたローランドだ、アンジェリカやアンジェリカの兄達と探検ごっこをして、下手な使用人よりずっと構造をよく知っているから迷うはずがない。
それなのに時間になってもローランドは部屋にやってこなかった。
今日の主役、次期国王で現第二王子と、次期王妃で現公爵令嬢の二人の入場は最後だ。多少遅れたところで問題はないが限度がある。遅れても問題ないであろうギリギリまで部屋で待っていたアンジェリカは、侍女にもしローランドが迎えに来た時のための伝言を残し一人会場に向かっていた。
気持ちは盛大に焦っているものの、歩みは遅々としている。それもそのはず、アンジェリカの今日の装いは、全面に刺繍が施され贅沢に宝石が縫い付けられたドレス、大振りの宝石と繊細な細工で作られたネックレスとイヤリング、さらに王族に連なる人間を示すためのこれまた大振りの宝石をあしらったティアラが頭上に鎮座している。
一歩間違えば下品なほどの装飾を絶妙なバランスで美しい作品に仕上げてある。
ここまで聞けばわかるだろう、本日の装いはとっても重い。夜会用の装いはただでさえ重いと思うのに、現在のアンジェリカは最大限に重量がかかっている。こんな状態で早く移動ができるはずがない。歩くだけで精一杯だ。
正直アンジェリカは王都で着る予定のドレスの方が気に入っている。
最新のドレスの型に上質な布を使っているが、無駄な刺繍や装飾はできるだけ取り除いてあり軽いのだ。
焦る気持ちとあまりにも重い衣装から現実逃避をするように、王都で着る予定のドレスに思いを馳せているうちに、なんとか控えの間の前までやってこれた。
扉の前で深呼吸をして気持ちを落ち着かせていると、ふと違和感を感じる。
その理由はすぐに知れた。扉の前に兵がいないのだ。
アンジェリカは侍女も連れずに部屋からここまでやってきた。それは伝言を残すためにお付きの侍女を部屋に残してきたのもあるが、公爵家の軍はだてに最強を誇ってはいない。このような夜会などで公爵家に客人が来れば警備体制を強化して、死角を一切作らずに警備するのだ。だから、お付きのものがいなくても安全だと公爵家の人間は考えている。侍女も渋りはしたが、アンジェリカが一人で会場に向かうことを認めたのはそういった信頼がある。
そして、ここに警備の人間がいないのはありえない。つまり、何かが起こっているということ。
アンジェリカは中から聞こえてくる音に耳を澄ませる。
聞こえてくるざわめきの音から判断するに、控えの間と会場を繋ぐドアは開け放たれている。
警備の者を呼ぶか、中の様子をもう少し探るか逡巡した瞬間、中からアンジェリカを呼ぶ声がした。
その声が馴染みある声だったのでつい扉を開けてしまった。
アンジェリカの目に入ってきたのは、整然とした控室と、全開になった会場と控えの間を繋ぐドア、その側で中をうかがっている一人の兵の姿だった。恐らく本来であれば控室の外で警備をしているはずの者だろう。
アンジェリカは人知れず安堵のため息をついた。兵の手が腰に吊り下げた剣にかかっていない事から、危機迫った事態ではないのだろう。
兵はアンジェリカがドアを開けたのに気付いたのかこちらを振り返った、とたん焦ったように身振りでここから出ていくように促す。
アンジェリカは躊躇した、兵の後ろ会場の中からは未だにアンジェリカの名を呼ぶ声がする。
それにもしこの場に緊迫した空気が流れていたら、もし兵が公爵軍の中で用いられている暗号で緊急事態と知らせれば、アンジェリカは躊躇せずに踵を返し安全な所まで移動し報告を待つことにしただろう。しかし、この場に流れる、この場からでも察せられる会場の空気は困惑の一言に尽きた。
そして、アンジェリカが出した結論は、自身を呼ぶ声に応える事だった。
アンジェリカはこの決断を一生後悔することになる。
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