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アザーズ Side
地獄の先に何があるのかは、自分で確かめようと思う
しおりを挟む王家のプライベートスペースの一画にある小さな礼拝堂。
国教以外の祈りを捧げる建物は、今私専用になっている。
彼の死を悼むためだけに使うことを許されたこの場所は、簡素でありながら立派な造りで、使用を許可された時にもっと簡素な場所をと願い出たことも記憶に新しい。
あれから数年、あの時のことを受け入れられないまま与えられた役割を淡々とこなすだけだった私が変われたのは、王太子妃様のひと言だった。
「今の貴女は貴女の大切な方が望む姿になっているかしら?」
単純かもしれない、でもそれは大きなきっかけだった。
その後すんなりと変われたわけではない、私が変わるにはあの時のことと向き合う必要があったから。
でも、そんな私を支えてくれたのは王太子妃様や他の側妃の方々だけではなく他の王家の方々もみんなが支えてくれたおかげで前を向いて生きることができるようになった。
お祈りを終えて外に出ると侍女の方が待っていた。
「王太子妃様とのお約束の時間が迫っていますので、少し急げますか?」
「ええ。」
思ったよりも長くお祈りをしていたみたい。
いまだなれない綺麗な所作が崩れないように注意しながら急いで進む。
まともな教育が身についていない私よりも、こうやってお世話をしてくれる侍女の方の方が綺麗な所作をしている。
自分の動きに集中している間に王太子妃様の執務室にたどり着く。
取次をしてもらい中に招き入れられる。
「ごめんなさい、この書類だけ確認してしまうから少し待ってもらえる?」
書類に集中している王太子妃様に代わって私と同じ側妃のハンナマリ様が声をかけてくれる。
当然否はないので、静かに応接セットのソファに座ると、侍女の方がお茶をいれてくれる。
「こちらが呼んだのにお待たせしてごめんなさいね。」
さほど待たないうちに書類の確認が終わって、王太子妃様が私の向かい側に座った。
「いえ、お気になさらないでください。皆さんに比べて私は暇ですから。」
他の側妃のお二人は王太子妃様や王妃様の公務やいろいろなところをお手伝いしている。私も側妃の一人としてお手伝いをしたいけれど、それ以前の様々な教養とかを勉強する時間が長いのが現状だ。
「ありがとう、早速本題に入るのだけど、あなたのご実家についてお話があるの。」
「実家、ですか・・・。」
あまり聞きたくない単語だな。
「ええ、ああ心配しなくて大丈夫よ。何か問題が起きたわけではないから。ただご実家のことだし知っていおいた方がいいかと思って。
あのねあなたのご家族なんだけど、奉仕活動に目覚められたの。」
「・・・はい?なんて言いました?」
思ってもみない言葉にはしたなくもつい聞き返してしまった。
「あなたのご実家の皆さん、ご両親とご兄弟たち、そうそう他家に嫁がれていたお姉さま方も奉仕活動の素晴らしさに目覚めたのですって。」
王太子妃様はそう楽しそうに言っているけど、彼らが奉仕活動に目覚めるなんてありえないと思う。どちらかというと、奉仕活動と銘打った詐欺行為の間違いでは?
混乱の極みにいる私の方を見て王太子妃様はおかしそうに続ける。
「それでね、親戚筋の方に爵位を譲って全員で奉仕活動が活発な地域に移住なされたそうよ。」
私の混乱はますます深まる。
爵位を親戚筋に譲るなんて天地がひっくり返ってもありえ無さそうなのに、その理由が奉仕活動のため?
訳がわからず答えを求めて王太子妃様を見る。
「わたくしね思うのだけど、家族ときちんと接することができない方が外では聖人君子だなんてことはありえないのよ。であれば叩けば確実に埃は出てくるし、埃の量があまりに多くてこびりついてしまっているのなら新しいのに替えてしまうのも一つの手だと思うのよ。」
そこまで言われてやっと、そういうことなのだと分かった。
最初の説明で察せられない私はまだまだ修行不足だな、とちょっと落ち込んでしまう。
「まだ勉強を始めたばかりだもの、すぐに追いつけるわ。」
まるで心の中を読んだような言葉に、ドキっとしてしまう。
「ふふ、それでね今度新しく侯爵位を継いだ、確かあなたのはとこにあたるのだったかしら?が挨拶に来たいと言っているの。同席できるかしら?」
「はい、もちろん大丈夫です。」
「そう、よかったわ。あとで予定を確認させるから、準備しておいてね。」
「はい。」
「わたくしの用事はこれだけだけど、あなたは何かあるかしら?」
「いいえ、ありません。」
もしあるとしても、改めて時間を取ってもらうことにする。王太子妃様はお忙しいのだから、決められた以上の時間を無駄に使わせるわけにはいかないから。
「そう、ではまたね。」
そう言われ、退室の礼をしてから部屋を出た。
パタンと扉が閉じる音がした。
「本当のことを言わなくてよかったのですか?」
マーリトが退室しきったそのタイミングを見計って、ハンナマリがマルガレータに話しかける。
「あら、マーリトはきちんとこちらの意図を理解していたわよ。」
マルガレータがどこかからかう調子で返す。
「そうではなく・・・。」
「言いたいことはわかるけど、前を向き始めたばかりの今のあの子が受け止めることができると思う?」
「・・・。」
「少なくとも、今、ではないわ。」
「・・・、そうですね。それにしても侯爵家は問題しかなかったようですね。」
「ええ、呆れるくらいに埃しか出なかったわ。人身売買にまで手を染めて、異国にも伝手があったし。なかなか尻尾を掴めないと思っていたら、二カ国も挟んだ先の国とやりとりしてるのだもの。面倒この上ないわ。」
「ですね。結局その辺りはどうなったのですか?」
「おそらく泣き寝入りね。船で出国したところまでは足取りを掴めても元々国交のあまりない国だから伝手もないしそれ以上の捜査はできないみたい。それにかの国は人身売買が合法だもの、今回のことで何かをするにしては何もかも難しいわ。」
「そうですか・・・。」
「まあ、マーリトの存在のおかげで侯爵家のお掃除ができて、被害がこれ以上広がらないだけよしとしましょう。」
「そうですね。」
そして二人の話題は次の公務についてに移り変わっていった。
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