愛を疑ってはいませんわ、でも・・・

かぜかおる

文字の大きさ
上 下
29 / 39
アザーズ Side

地獄の先に何があるのかは、自分で確かめようと思う

しおりを挟む


王家のプライベートスペースの一画にある小さな礼拝堂。
国教以外の祈りを捧げる建物は、今私専用になっている。

彼の死を悼むためだけに使うことを許されたこの場所は、簡素でありながら立派な造りで、使用を許可された時にもっと簡素な場所をと願い出たことも記憶に新しい。

あれから数年、あの時のことを受け入れられないまま与えられた役割を淡々とこなすだけだった私が変われたのは、王太子妃様のひと言だった。

「今の貴女は貴女の大切な方が望む姿になっているかしら?」

単純かもしれない、でもそれは大きなきっかけだった。


その後すんなりと変われたわけではない、私が変わるにはあの時のことと向き合う必要があったから。
でも、そんな私を支えてくれたのは王太子妃様や他の側妃の方々だけではなく他の王家の方々もみんなが支えてくれたおかげで前を向いて生きることができるようになった。


お祈りを終えて外に出ると侍女の方が待っていた。

「王太子妃様とのお約束の時間が迫っていますので、少し急げますか?」

「ええ。」

思ったよりも長くお祈りをしていたみたい。
いまだなれない綺麗な所作が崩れないように注意しながら急いで進む。

まともな教育が身についていない私よりも、こうやってお世話をしてくれる侍女の方の方が綺麗な所作をしている。

自分の動きに集中している間に王太子妃様の執務室にたどり着く。

取次をしてもらい中に招き入れられる。

「ごめんなさい、この書類だけ確認してしまうから少し待ってもらえる?」

書類に集中している王太子妃様に代わって私と同じ側妃のハンナマリ様が声をかけてくれる。
当然否はないので、静かに応接セットのソファに座ると、侍女の方がお茶をいれてくれる。

「こちらが呼んだのにお待たせしてごめんなさいね。」

さほど待たないうちに書類の確認が終わって、王太子妃様が私の向かい側に座った。

「いえ、お気になさらないでください。皆さんに比べて私は暇ですから。」

他の側妃のお二人は王太子妃様や王妃様の公務やいろいろなところをお手伝いしている。私も側妃の一人としてお手伝いをしたいけれど、それ以前の様々な教養とかを勉強する時間が長いのが現状だ。

「ありがとう、早速本題に入るのだけど、あなたのご実家についてお話があるの。」

「実家、ですか・・・。」

あまり聞きたくない単語だな。

「ええ、ああ心配しなくて大丈夫よ。何か問題が起きたわけではないから。ただご実家のことだし知っていおいた方がいいかと思って。
あのねあなたのご家族なんだけど、奉仕活動に目覚められたの。」

「・・・はい?なんて言いました?」

思ってもみない言葉にはしたなくもつい聞き返してしまった。

「あなたのご実家の皆さん、ご両親とご兄弟たち、そうそう他家に嫁がれていたお姉さま方も奉仕活動の素晴らしさに目覚めたのですって。」

王太子妃様はそう楽しそうに言っているけど、彼らが奉仕活動に目覚めるなんてありえないと思う。どちらかというと、奉仕活動と銘打った詐欺行為の間違いでは?

混乱の極みにいる私の方を見て王太子妃様はおかしそうに続ける。

「それでね、親戚筋の方に爵位を譲って全員で奉仕活動が活発な地域に移住なされたそうよ。」

私の混乱はますます深まる。
爵位を親戚筋に譲るなんて天地がひっくり返ってもありえ無さそうなのに、その理由が奉仕活動のため?
訳がわからず答えを求めて王太子妃様を見る。

「わたくしね思うのだけど、家族ときちんと接することができない方が外では聖人君子だなんてことはありえないのよ。であれば叩けば確実に埃は出てくるし、埃の量があまりに多くてこびりついてしまっているのなら新しいのに替えてしまうのも一つの手だと思うのよ。」

そこまで言われてやっと、そういうことなのだと分かった。
最初の説明で察せられない私はまだまだ修行不足だな、とちょっと落ち込んでしまう。

「まだ勉強を始めたばかりだもの、すぐに追いつけるわ。」

まるで心の中を読んだような言葉に、ドキっとしてしまう。

「ふふ、それでね今度新しく侯爵位を継いだ、確かあなたのはとこにあたるのだったかしら?が挨拶に来たいと言っているの。同席できるかしら?」

「はい、もちろん大丈夫です。」

「そう、よかったわ。あとで予定を確認させるから、準備しておいてね。」

「はい。」

「わたくしの用事はこれだけだけど、あなたは何かあるかしら?」

「いいえ、ありません。」

もしあるとしても、改めて時間を取ってもらうことにする。王太子妃様はお忙しいのだから、決められた以上の時間を無駄に使わせるわけにはいかないから。

「そう、ではまたね。」

そう言われ、退室の礼をしてから部屋を出た。





パタンと扉が閉じる音がした。

「本当のことを言わなくてよかったのですか?」

マーリトが退室しきったそのタイミングを見計って、ハンナマリがマルガレータに話しかける。

「あら、マーリトはきちんとこちらの意図を理解していたわよ。」

マルガレータがどこかからかう調子で返す。

「そうではなく・・・。」

「言いたいことはわかるけど、前を向き始めたばかりの今のあの子が受け止めることができると思う?」

「・・・。」

「少なくとも、今、ではないわ。」

「・・・、そうですね。それにしても侯爵家は問題しかなかったようですね。」

「ええ、呆れるくらいに埃しか出なかったわ。人身売買にまで手を染めて、異国にも伝手があったし。なかなか尻尾を掴めないと思っていたら、二カ国も挟んだ先の国とやりとりしてるのだもの。面倒この上ないわ。」

「ですね。結局その辺りはどうなったのですか?」

「おそらく泣き寝入りね。船で出国したところまでは足取りを掴めても元々国交のあまりない国だから伝手もないしそれ以上の捜査はできないみたい。それにかの国は人身売買が合法だもの、今回のことで何かをするにしては何もかも難しいわ。」

「そうですか・・・。」

「まあ、マーリトの存在のおかげで侯爵家のお掃除ができて、被害がこれ以上広がらないだけよしとしましょう。」

「そうですね。」

そして二人の話題は次の公務についてに移り変わっていった。



しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

【完結】君を愛する事はない?でしょうね

玲羅
恋愛
「君を愛する事はない」初夜の寝室でそう言った(書類上の)だんな様。えぇ、えぇ。分かっておりますわ。わたくしもあなた様のようなお方は願い下げです。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

殿下が私を愛していないことは知っていますから。

木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。 しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。 夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。 危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。 「……いつも会いに来られなくてすまないな」 そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。 彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。 「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」 そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。 すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。 その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

【完結】22皇太子妃として必要ありませんね。なら、もう、、。

華蓮
恋愛
皇太子妃として、3ヶ月が経ったある日、皇太子の部屋に呼ばれて行くと隣には、女の人が、座っていた。 嫌な予感がした、、、、 皇太子妃の運命は、どうなるのでしょう? 指導係、教育係編Part1

処理中です...