愛を疑ってはいませんわ、でも・・・

かぜかおる

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アザーズ Side

地獄の中に救いはあるのかもしれない

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誰かが頭を優しく撫でてくれている。
それは思い出せないくらい、遠い昔の思い出のようで。

「お母、さん?」

そう口にしながら目を開ける。

「起こしちゃった?」

彼の言葉にハッと目が覚め、急いで起き上がる。

「寝ちゃってた、ごめんなさい。」

「ううん、ゆっくり休めた?」

相変わらずの優しい声音に安心する。

「うん、おかげさまで。」

と言いながら、きゅうとお腹が鳴ってしまった。
恥ずかしくって顔を背けてしまう。

「ははっ、ちょうどよかった。これ買って来たから食べよう。」

そう笑いながら彼が取り出したのは、パンに葉野菜と焼いた魚が挟まれたものだった。
恥ずかしさは消えないけれど、素直にそれを受け取る。

そんなに大きくないそれをあっという間に食べ終わると、彼が話し出した。

「明日の朝一番の船に乗せてもらえるように話をつけて来た。船が出てしまえばもう誰も追いかけて来れないし何も心配することはないからね。」

その言葉にほっとするような、案外あっさりとしていて、あの地獄から抜け出すのはこんなに簡単なことだったのかとなんとも複雑な気持ちが湧いて来た。

「本当に、もう大丈夫なの?」

「うん。」

「本当に?」

「うん、本当に。心配しなくても大丈夫だよ。」

そう言って、頭を撫でてくれる。

「・・・そっか。」

「うん。」

「じゃあ、明日は絶対に乗り遅れないように早く寝なきゃね!」

明るくそう言って、ふと、疑問が浮かぶ。

「そう言えば、あなたの部屋はどこなの?」

できれば隣とかだと安心できるのだけど、都合よく空いていたかな。
と、彼の方を見ると、・・・えっとそれはどういう表情なの。

「ここ、だよ。」

「え?」

「一部屋しか取っていないから・・・。いや、かな?」

「え、え?・・・いや、では、ないけ、ど・・・。」

えっと、この部屋、ベッド一つしかないのだけど・・・。

つい目線を外し、下に向けてしまう。
ここまでくる野宿の時は寄り添って寝ていたけれど、それとはわけが違うから。

ああでも、そうじゃないのかな、ただ単にそうじゃないだけか。
私が抱いているのは好意だけど、多分彼が抱いているのは同情とかそんなの。そもそもうん、この数ヶ月はまともなご飯も食べてたし普通になっていると思うけど、前の私は本当に酷かった。ガリガリに痩せて、ぼろきれのような服を着て、浮浪者みたいな見た目だった。
だから多分彼は何も他意はなく、お金とかそういう問題で一部屋しか取らなかったのだろうし、きっと同じベッドで寝ても何も気にしない、妹と寝るくらいの感覚なんだ。

そう思ったら、なんか意識した自分がむしろ恥ずかしくなってきた。

「嫌じゃないよ、大丈、ぶ。」

改めてしっかり顔を見ながら言おうとしたけど、途中で言葉が詰まってしまった。
だって顔をあげた私の目に飛び込んできたのは、あまりに真剣な彼の顔だったから。


・・・でも、ダメだよ、ダメ。
勘違いなんてしちゃいけない。

優しい彼を困らせちゃいけない。

そうやって心を落ち着かせようとしているのに、彼は両手で私の顔を包み込んで、彼から目を外らせることができないようにした。

「本当は向こうについてから言うつもりだったけど、僕と・・・。」

その言葉を遮るように、両手で彼の口を塞ぐ。

こんなところまでついて来て、追われる身になってまで助けてくれる彼に、今更すぎるけどこれ以上の言葉を紡がせて決定的にしてはダメ。
妹に向けるような情だと、彼、が逃げられるように。

私はもう、彼にふさわしいほど綺麗な体ではないから。

姉妹たちに比べ成長の遅かった私に月ものが初めて来たのは14を迎えてしばらく経った頃。
その報告を知った兄弟たちは、玩具が女であることに気づいてしまった。
残る傷をつけなければいいように、乙女でありさえすれば価値が下がることはない。
どちらにせよ子がなれば問題になるのであるのだからその制約はむしろ都合の良いもので、いつの頃からか父でさえそれに参加し出した。

乙女であることがなんの免罪符になるだろうか?
乙女であるだけで、私は汚れきっている。

そう思うと、涙がポロポロとこぼれ落ちてしまう。
何かを言って誤魔化さなくてはいけないと思うけれど、何も言葉にすることができない。
地獄というのは逃げても逃げても、地獄に落ちた罪は消えないんだ。


彼の両手が私の顔から離れていく、彼の口を塞いでいた私の両手から彼が離れていく、彼がどんな顔でいるのかは涙で見えなかった。


そして、私の唇に何かが触れた。

最初はすぐに離れたそれが、再び触れて、それが深い口づけなのだ気づいた時には、また離れていた。

「嫌、かな?」

言葉の意味を理解する前に首を横に振っていた。

「怖い?」

次はすぐに言葉の意味を理解して、首を横に振る。
そうやって彼は優しく私に触れていく。

「ダメ、だよ。私は汚れてるから。」

私の弱い拒絶に。

「俺の方が汚れてる。」

と返す。
その表情が真剣で、そんなことない、とも返せずに、かと言って彼が優しく包み込んでくれるのを拒絶し切ることもできず。

不安に苛まれながらも、彼と一つになれることへの期待が胸に浮かんでいた。




ゴンゴンッ


と部屋のドアが叩かれるまでは。







************

一人称が僕と俺があるのは意図的にそうしてます。
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