上 下
3 / 36
俺たちの結婚を認めてくれ!

第二話 挨拶に行こう魔界編

しおりを挟む
見渡せば悪魔が笑い、モンスターがうごめいている。
見上げれば黒雲と禍々しい紫色の空。
ここは魔界。魔族が統治する世界だ。

「ごくり」

勇者太郎は緊張のあまり、唾を飲み込み、露骨に喉を鳴らした。
彼はさっそくラスボス子の親に婚約の挨拶をしに来たのだ。
ここは魔界の三丁目、ラスボス子の家の前、いまだかつて人が入り込んだことのない領域。

「緊張しているの?」
「あ、ああ。正直ラスボス子に戦いを挑んだ時以上に緊張している」

勇者太郎の目の前には悪魔的なデザインの扉。

(見た目以上に重厚で重々しく感じる……しかし……)

勇者太郎は一度、ちょこんと隣に立っているラスボス子に目をやる。
華奢な体、整った顔、柔らかそうな唇、紅い宝石のような瞳。

(俺は彼女と結婚したい、そのためには)

勇者太郎はありったけの勇気を振り絞った。
勇気で恐怖に打ち勝つ、その姿はまさに勇者であった。

「行こう」
「その潔さ、惚れ直すかも」

そんな勇者太郎の様子を見てふわりと笑みを浮かべるラスボス子。
そして彼女は自身の実家の扉に手をかけた。

「ただい――――」

ラスボス子が「ま」という直前、高出力の魔力が勇者太郎に襲い掛かった。
それは当たったものを毒、麻痺、衰弱の状態異常に陥れ、命あるものを四回は殺す超高速の悪魔の弾丸。

「うお!?」

勇者太郎はとっさに身を捻り、ひらりと攻撃を回避した。
物凄い轟音が鳴り響き、魔界の四丁目が地図から消えた。

「ほほう、ちょっと力加減を間違えたかな」

勇者太郎が声の主を見返すと、そこには赤髪長髪の整った顔の男が立っていた。
赤髪の男は勇者太郎を認識すると目をめいいっぱい開き、彼を威嚇した。

「きぃさぁまぁぁぁぁ……。話は事前にきかせてもらったぁぁぁ、結婚だぁぁぁ? 私の愛娘をどうしてくれると!!」

なぜだか彼は凄く怒っていた。だが、台詞から考えて、彼がラスボス子の父親なのだろう。そう察した勇者太郎は素早く頭を下げた。恐るべき速攻である。

「お嬢さんを俺にください! 俺たちの結婚を認めてください!」

勇者太郎はきっぱりと彼に自分の意志を伝えた。
戦いにおける先制攻撃は有効。それは彼の戦闘経験から叩き出したラスボス子の父親への戦略だった。
しかし、そもそも戦闘経験から挨拶の戦略を立てることが間違いであった。

「認めるぅぅ? ふぅざぁけぇるぅぅなぁぁぁ、お前のような人間に、娘をやれるか!!」

火に油、燃えた油に水、水蒸気爆発がごとく、彼女の父親の怒りが爆発した。
普通の生き物なら触れただけで死んでしまうかもしれないレベルの魔力が家を覆う。
ラストバトル級の緊張感、とても話ができる状況ではない。
そんな中、てとてとと父親に近づいたラスボス子は父親をにらみつけた。

「お父さん……きらい」
「ごふんっ」

それは全国の父親が一度は体験するであろう魔法の言葉だった。
娘の即死の言葉にラスボス子の父親は膝から崩れ落ちた。

「だが、前の男はお前にひどいことを……!」
「ま、前の男……!」

それは全国の彼氏がそのうち体験するであろう地獄の言葉だった。
その悪魔の言葉に勇者太郎は膝から崩れ落ちた。
死屍累々、大惨劇のピタゴラスイッチであった。

「……その話はやめて」
「いいや、この男もあの男と同じに違いない。お前が三百歳だと知ったら年増だおばさんだといってお前を切り捨てるに違いない!」
「……三百歳?」

勇者太郎はピクリと反応した。足に力を籠め、立ち上がり、ラスボス子を見つめる。
魔族は人間の十倍ほど長く生きられる。三百歳と言えば魔族の間では、人間でいうアラサーと同じ扱いになるのだ。
ラスボス子は恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「や、やめて……ちが……そんな見ないで」

ラスボス子はその小さい手で顔を覆い、おどおどと何かをうかがうように勇者太郎をチラ見している。

(か、かわいい……!)

その時、勇者太郎の中で何かが弾けた。
弾けた何かは勇者太郎に力を与え、彼は腹に力を入れた。

(前の男がなんだというのだろう。所詮は彼女の可愛さに気が付けない低スペック男、いつか見つけて俺が倒す)

「俺は君がいい! ラスボス子ォ! お前が欲しいぃ!」

今時なかなか聞かない告白を叫ぶ勇者太郎。

「勇者太郎……!」

勇者太郎の熱気に当てられたのか、ラスボス子は思わず彼に駆け寄り、抱きしめた。
二人の抱擁を見せつけられた彼女の父親はたまったものではなかった。

「ほほう……ゆ、勇者太郎といったか、す、すすす少しは見所があるではないか……。では試してやろう。お前が私の愛娘にふさわしいかどうかをな!」

怒りで膝をガクガクと震わせながら、立ち上がったラスボス子の父親は奇妙な動きの後、高出力の魔力を放った。

「エターナルフォース……! 当たったら死ねぇぇ!」

先ほど避けた魔力の弾丸が、吹雪のごとく無数に分裂し、勇者太郎に襲い掛かる。
こととしだいによっては魔界が消し飛ぶレベルの大魔法。
しかし勇者太郎はラスボス子を背に、全力で彼女の父親の魔法に立ち向かった。

「ぐぅぅっ……! 改めて言う! 俺たちの結婚を認めてくださいッ!」

勇者太郎は自身の魔力を障壁として前面に展開、ラスボス子の父親の魔法を受け止めた。

「うおおおおおお!」
「な、なんだと! この魔法に! 人間ごときがぁぁ!」

いかに勇者と言えど本来は一瞬で殺されるレベルの魔法だが、ラスボス子を傷つけまいというシチュエーション補正で二倍、加えて背中にいるラスボス子にいいところを見せたい補正で二倍、更に両手を使って魔力を放出することで二倍、ラスボス子がかわいいので10倍、しめて80倍の能力補正がかかっていた。

「貴様ぁぁ! 娘を泣かせないことを誓うか!」
「泣く暇もないぐらい、毎日幸せにしてみせますッ!!」
「……君というやつはッ! 人間にそれができるというのか!! なら証明してみせろ!! 第二形態限定解除ォ! これが私の全力だ!」

掛け声とともに、ラスボス子の父親の魔力が跳ね上がる。
彼は俗に言われる第二形態になったのだ。
そこから繰り出される魔法の威力は先ほどの比ではない。
強烈な衝撃が絶え間なく勇者太郎の障壁を襲い、勇者太郎はじりじりと後ろに下がらざるを得ない状況に追い込まれた。

「ぐっ……」

ついに勇者太郎が張った強度80倍の魔力障壁にヒビが入る。
それでも勇者太郎は踏ん張り続ける。

(ここで、諦められない……! 諦めてなるものか!)

だが、いかに踏ん張っても、80倍の補正が入っていても本気の魔族と人間、魔力の差を覆すことができない。

「お父さん、私も彼と結婚したい……!」
「ごはっ!!」

彼女の言葉に父親は吐血した。
だが、親の意地からか、吹雪は止まない。

「娘を、お前なんぞにぃぃぃ!!」
「う、うおおおおおおおおお!!」

(彼女の気持ちに応えるんだ!)

ラスボス子の言葉で勇者太郎の体に力が湧いてくる。
好きになった女の子の声援補正で15倍、これでしめて400倍。その能力補正の結果、勇者太郎の障壁はラスボス子の父親の必殺技をも凌ぎきるものとなった。

「…………わかった」

そして吹雪はやんだ。

「だが、娘を不幸にしたら私は人界を滅ぼそう」
「そんなことはありませんし、させません!」

肩で息をしながらも、勇者太郎は彼女の父親の言葉にしっかりと返す。
迷いなく言い切った彼を見てラスボス子の父親はついに床に倒れた。

「負けたよ……君の根性を認めて特別にお義父さんと呼ぶことを許そう」
「ありがとうございます! お義父さん」

勇者太郎も膝をつき彼に答えた。
そうして勇者太郎は無事、ラスボス子の父親から婚約を認められたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日
ファンタジー
ーー時は魔物時代。 魔王を頂点とする闇の群勢が世界中に蔓延る中、勇者という職業は人々にとって希望の光だった。 そんな勇者の一人であるシンは、逃れ行き着いた村で村人たちに魔物を差し向けた勇者だと勘違いされてしまい、滞在中の兵団によってシーラ王国へ送られてしまった。 「勇者、シン。あなたには魔王の城に眠る秘宝、それを盗み出して来て欲しいのです」 唐突にアリス王女に突きつけられたのは、自分のようなランクの勇者に与えられる任務ではなかった。レベル50台の魔物をようやく倒せる勇者にとって、レベル100台がいる魔王の城は未知の領域。 「ーー王女が頼む、その任務。俺が引き受ける」 シンの持つスキルが頼りだと言うアリス王女。快く引き受けたわけではなかったが、シンはアリス王女の頼みを引き受けることになり、魔王の城へ旅立つ。 これは魔物が世界に溢れる時代、シーラ王国の姫に頼まれたのをきっかけに魔王の城を目指す勇者の物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた
ファンタジー
理想郷≪アルカディア≫と名付けられた世界。 世界は紛争や魔獣の出現など、多くの問題を抱え混沌としていた。 そんな世界で、破壊の力を宿す騎士ルーカスは、旋律の戦姫イリアと出会う。 彼女は歌で魔術の奇跡を体現する詠唱士≪コラール≫。過去にルーカスを絶望から救った恩人だ。 だが、再会したイリアは記憶喪失でルーカスを覚えていなかった。 原因は呪詛。記憶がない不安と呪詛に苦しむ彼女にルーカスは「この名に懸けて誓おう。君を助け、君の力になると——」と、騎士の誓いを贈り奮い立つ。 かくして、ルーカスとイリアは仲間達と共に様々な問題と陰謀に立ち向かって行くが、やがて逃れ得ぬ宿命を知り、選択を迫られる。 何を救う為、何を犠牲にするのか——。 これは剣と魔法、歌と愛で紡ぐ、終焉と救済の物語。 ダークでスイートなバトルロマンスファンタジー、開幕。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃
ファンタジー
ミアは19歳、誰もが魔力を持つこの世界で、努力しているのになかなか魔力が顕現しない。師匠のルカ様は、ミアには大きな魔力があるはずと言う。そんなある日、ルカ様に提案された方法とは……? 素敵な仲間と魔導師として成長していくミアの物語。Rシーンやや多め?です。 ムーンライトノベルズさんで先行、完結済。一部改稿しています。9月からは完結まで一日2話または3話ずつ連続投稿します(すみません、ペース変更しました)。宜しくお願い致します。

虹の向こうへ

もりえつりんご
ファンタジー
空の神が創り守る、三種の人間が住まう世界にて。 智慧の種族と呼ばれる心魔の少年・透火(トウカ)は、幼い頃に第一王子・芝蘭(シラン)に助けられ、その恩返しをするべく、従者として働く日々を送っていた。 しかしそれも、透火が種族を代表するヒト「基音」となり、世界と種族の繁栄を維持する「空の神」候補であると判明するまでのこと。 かつて、種族戦争に敗れ、衰退を辿る珠魔の代表・占音(センネ)と、第四の種族「銀の守護者」のハーク。 二人は、穢れていくこの世界を救うべく、相反する目的の元、透火と芝蘭に接触する。 芝蘭のために「基音」の立場すら利用する透火と、透火との時間を守るために「基音」や「空の神」誕生に消極的な芝蘭は、王位継承や種族関係の変化と共に、すれ違っていく。 それぞれの願いと思いを抱えて、透火、芝蘭、占音、ハークの四人は、衝突し、理解し、共有し、拒絶を繰り返して、一つの世界を紡いでいく。 そう、これは、誰かと生きる意味を考えるハイファンタジー。 ーーーーーーーーー  これは、絶望と希望に翻弄されながらも、「自分」とは何かを知っていく少年と、少年の周囲にいる思慮深い人々との関係の変化、そして、世界と個人との結びつきを描いたメリーバッドエンドな物語です。   ※文体は硬派、修飾が多いです。  物語自体はRPGのような世界観・設定で作られています。​ ※第1部全3章までを順次公開しています。 ※第2部は2019年5月現在、第1章第4話以降を執筆中です。

処理中です...