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生還と笑えない話

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「ここは、痛っ……!」


 俺は目を開き、ここが病院なのだろうと考えられるまでに一分を使った。

 薄暗い一人部屋。ドラマで見たことあるような機械が定期的に電子音を鳴らしている。

 見ると腕には点滴が刺されており、透明な液体が入ったパックが高々と吊るされていた。


「えっと、何が?」


 考えをまとめようと体を起こそうとするがひきつった筋肉たちが思うように体を動かさせてくれない。

 自分の体のなのにまるで他人の体みたいだ。

 さすがにいうことを聞かないのならば何もできないなと俺は起きるのを一度諦めた。


 それに意識がまだぼんやりとする。

 どうしてこんなところにいるんだ、俺は。


 さっきまでのことは夢だったのだろうか。

 それにしてはあの体験はあまりに生々しい感覚だった。


 俺はゆっくり呼吸をした。

 理解できない事態を分からないで投げ出さないように。

 できる限り落ち着いて今起こっている状況を把握するために。


「生きるものは、先に進め、か」


 部屋に出る前のあの言葉を思い出す。


『私はもう死んでいるから』


(本当に俺とレンコに何があったんだ? ん――――あ。ああああ!?)


 レンコの言葉が切っ掛けになったのだろうか。

 フラッシュバックする、トラックのライト、それに巻き込まれた俺とレンコ。


 そう、信号待ちでぼんやりと青になるのを待っていたところにトラックが突っ込んできたのだ。

 とっさに俺はレンコを押し出そうとし、レンコはレンコで俺を押し出そうとし、双方の行動が良くない方向でかみ合った結果、二人ともトラックに轢かれたのだ。


 そうなるとあれは死んだときに見る走馬灯、いやこの世とあの世の境目見たいなものだろうか。


 なんか飛んでもない体験をしてしまった。

 それ以上に俺は……レンコを失ってしまったかと。己の無力さに悲観し、ドッと体が重くなった。


 俺はそのままもう一度眠ることにした。

 できればもう一度あの部屋に行けることを願って……。


 翌日、結局俺の望みはかなわず、朝が来た。

 見回りでやってきた看護師のお姉さんが俺の意識が戻ったことを確認すると担当医と家族を呼んでくれた。


 担当医の話では俺はトラックにはねられ二週間ほど麻酔により意識を飛ばし、眠らされていてた。

 頭を強く打つ、腕の骨にひびが入るなどはあったが、命に係わる山場は全て抜けたらしく、一週間ほどの経過観察とリハビリの後は、ギブスを条件に退院できるらしい。


「あとは、津出さんも目が覚めればいいのだけど……」


 担当医が立ち去ったあと、話を一緒に聞いていた母親がぽつりとそうつぶやいたのを俺は聞き逃さなかった。


「レンコ? レンコも同じ病院にいるのか!?」

「ええ。隣の病室でまだ眠ったままなのよ」

「……生きているのか?」

「なに縁起でもないこといってんのよ、このバカ息子!」


 俺のうかつな発言に母はめっちゃ切れた。

 一時間ほどけが人にするとは思えない説教を受け、俺は隣の病室をのぞかせてくれないかと母親に頼み込んだ。

 母親は母親でナースコールで看護師を呼び、事情を説明。

 それを聞いた若い看護師のお姉さんが猛ダッシュで車イスを用意し「特別ですよ彼氏さん」と親指を立てて俺にウィンクした。


 都合がいいので、母親が何を話したのかは確認しないでおこうと黙って車いすに乗ること1分ちょい。

 本当に隣の部屋の個室にとおされ、俺の同じように点滴につながれ、呼吸器を付けられたレンコの姿と俺は対面した。


「……レンコ」


 思わず声をかけてしまう。

 それで起きるわけでもなく、ただ静かにレンコは眠っている。

 生きていることは傍にある電子音が教えてくれた。


 だがそれ以上は何もわからない。


「正直、もう一週間ほど前から麻酔の効果は切れているはずだから、目が覚めてもいいころ合いなの」

「……俺もそんな感じだったんですか?」

「ええ、二人ともとっさに受け身取れていたみたいで、頭へのダメージは少ないはずなのだけど、一週間はさすがに長いわね、もしかすると……」

「そんな……」

「大丈夫よ。必ず、必ず目を覚ますから」


 看護師のお姉さんの話では、科学的にはトラックとの衝突時に大きく脳が揺さぶられて何かしらのダメージがあったのだと推察されているようだ。

 だが、俺にはどうしてもあの部屋での出来事が大きくかかわっているのではないかと勘繰ってしまう。


 あの部屋を出なかったレンコは目が覚めず。

 あの部屋を出た俺は目を覚ました。


 レンコは自分を死んでいると勘違いして部屋に残っている。

 そりゃトラックに轢かれれば誰だって死んだと思うだろう。


 でも生きている。

 俺も、レンコも生きている。


(もう一度あの部屋に行く必要があるのかもしれない、できるだけ早く)


 幸いにも体は動かせる、走ることは無理かもしれないが、歩くぐらいなら……。

 サッカー部の練習で、動けなくなるまで体を動かした後、それでも体を動かしていた。

 あんな地獄ような経験がいま生きるとは、人生分かったものではないなと俺は体に力を入れた。

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