辺境を散歩していた魔王の俺は、村から出たばかりの田舎者冒険者のガキにボコられて方針を変えた。

なかの豹吏

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辺境を散歩していた魔王の俺は、村から出たばかりの田舎者冒険者のガキにボコられて方針を変えた。

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 初めまして。 我はこの世界を恐怖のどん底に叩き落とし、人間共を滅ぼそうとするベタベタの魔王レギアルという者だ。

 今日はうるさい側近共から離れ、一人伸び伸びと辺境探索に繰り出している。 
 やれ一人は危険だの人間共が狙っているだのと片腹痛い。 この俺を倒せる者など存在する訳が無いのだ。 脆弱な人間共がいくら徒党を組んだとてまとめて塵にしてくれるわ。


「しかし、ここまで来ると人間どころか動物すらおらんな。 ―――ん?」


 ………なんだ? 僅かだが魔力を感じる。 結界……か? こんな辺境に?


「ぜ、絶対帰らないからっ! 強くなってみんなを見返してやるっ!!」


 ………結界から人間が………こんなところに隠れ里があるのか?


「ボクだってもう十四歳なんだっ! いつまでもみんなバカにしてっ……!」


 結界から出てきたちびっこいガキは、何やら顔を赤くしてご立腹のようだ。


「――あ……」


 そして我に気付き、間抜けな顔をしたガキは慌てて剣を構えた。

「お、お前モンスターだなッ!?」

「……そうだが」

「羽生えてるし爪長いし! 髪黒くて長いからモンスターだなっ!?」


 ああ、このガキ……



 ――――バカなのだな。



 そうだと言ってるのに何を言っとるんだ? あと後半おかしいだろ、お前も髪黒いしなんなら伸ばせば長くなるだろうが。

「そういうお前は何者だ?」

「ぼ、ボクはナザトラ村のモーフィ! きょ、今日から冒険者だっ!」

「……ふむ。 この隠れ里はナザトラ村と言うのか」
「あっ! ……し、知られたからには生かしておけないぞッ!!」


 ―――お前が勝手に出て来たんだろが。 


 まあ、そうでなくとも気付いていたがな。 それにしても………生かしておけない?  くっくっく、笑わせおる。

「モーフィと言ったな」
「そうだっ! 聞こえなかったのかっ!」

 ………いや、聞こえたから言えたんだろ? 人間ってみんなこんなか?

「モーフィ、恐らくお前は――」
「そうだ! モーフィだっ!」

「……恐らくお前はこの――」
「聞こなかったのかっ! ボクは――」
「聞こえたわッ!!」

 な、何なんだこのガキはやりにくいッ!! いくら旅立った途端敵に遭遇したからって少しは落ち着かんかいッ!!

「いいか、よく聞け返事はいらんぞ」
「っ……」

「恐らくお前はこの世で最も運の無い冒険者だ黙って聞けよ」
「っ……」

「旅立って初めて向かい合う相手が我とはな」

「……喋って、いい?」
「ああ」

「お前、強いモンスターなのかっ……!?」

 ―――強い?  ふふふ、魔王に対して愚問中の愚問だな。 まあこんなガキ見逃してやっても何の支障も無いが、小さな芽でも摘んでおくに越した事はないからな。

「知る必要は無い。 お前の旅はもう終わるのだから……」

 始まってすぐで気の毒だな人間よ。 残念だが、この指先一つでゲームオーバーだ。


「――ぬっ!?」


 ―――避けた? いくら手を抜いていたとはいえ、今日村を出た駆け出しが我の一撃を!?

「始まったばっかりで終われるか! 強くなって村のみんなを見返してやるんだからなっ!」

 ……ふむ、そんな事を言っていたな。 つまりお前は村人に弱いとバカにされているという事だ。 ……今のは偶々だろう。

「お前の名前はっ!?」

「くくく、キサマが知る必要は――」
「ズルいぞッ!!!」
「レギアルだ」


 ―――い、今恐ろしい程の剣気を感じたぞッ!?  思わず魔王が素直になる程の………ば、バカな……っ! そんな恥ずはないッ!  

 とにかく何かコイツは苦手だ。 ルーキーだろうが構わん、とっととヤってしまおう。

「旅立つ日を間違えたなモーフィ!!  死ねぇええッ!!」


 魔王の火力で灰になるがいいッ!


「いきなり名も無いモンスターにやられてたまるかッ!!」
「名前は言ったけどなッ!!」


 無礼なクソガキめっ! 地獄の炎に――


「うぅぅ………――――やぁぁあああッ!!」




 ………地獄の炎が………






 ――――吹き飛ばされた?





「よしっ、今度はこっちの番だッ!」
「――まっ、まてまてまてぇぃいッ!!」

「な、なんだよ、そっちもやったんだからいいだろ?」


 いや………ちゃうやん? ………そっちの番、無いやん……?  


 こっち魔王やん?  そっちデビュー戦やん?  ほなラスボスとガキやん!?


「き、キサマ村で一番弱いんだよな!?」

「はっ、恥ずかしいから言うなよっ!!」


 いやいや恥ずい恥ずい恥ずい恥ずいのこっちだからぁ!!


 完全一撃必殺の台詞並べてガキぴんぴんしてるやん? こんなん周りにバレたらこっちが隠れ里住みたいわ!!


 こ、こんなバカな事は無い………―――そっ、そうか!!


「キサマっ、そのオモチャみたいな剣が実は伝説の剣とか聖剣的なヤツなのだろうっ!」

「違うよ? 村にいっぱいあるやつ」
「ではそれを造った人間が国宝的な鍛冶師なんだなッ!」

「鍛冶屋のポムおじちゃんが?」


 ―――うん違うな!


 ポムとかめちゃ柔らかそうな名前だし! きっとただの優しいおじちゃんだ!


「鍛冶師っていうか、本職は大工さんだよ?」
「片手間!?」


 ―――副業かいッ!!


「もういい? ボクこんなトコで遊んでらんないから」


 これラスボスバトルですけどねっ!


「………調子に乗るなよ、人間のガキが………」

「なんだと!」


 やってやる………最早事態は魔王軍の威信に関わる問題だ……。  


 我の全てを持って――――ナザトラ村のモーフィを討つッ!!


「こぉぉおのクソガキがぁああッ!!」

「やぁっ!」


 ――――――――――――――――
 ――――――――――――
 ――――――――
 ――――



「……はぁ、はぁ……つ、強い……ッ!」

「はっはっは、当たり前だろう」


 我を誰だと思っておる?  
 恐れ多くも魔王レギアルだぞ?


「ナザトラ村のモーフィよ」

「な、なんだ……?」








「ゲーム………クリア………だ―――」



 あかんわ、このガキめちゃ強い。
 何なん? マジ辺境探索なんて来なきゃよかった。


 そして地に倒れた魔王を見下ろし、ついさっきまで村人だったガキが舐めた口を利く。


「ふぅ……一匹目でこんな苦戦するなんて、ボクこの先大丈夫かな?」


 先とかねーから。  世界に平和訪れたちゃったから。


「こんなモンスターでも、一応とどめ刺さなきゃダメだよな」


 ………死にきれん……… “こんな” て………



 ――――アナタならこれで死ねますかぁ!?



「ちょっと待ったぁ!!」
「――わっ!」


 こうなったら恥も外聞も無い! 我は魔王、死ぬ訳にはいかんのだッ!


「モーフィくんと言ったね」
「な、なんだよ急に」

「我は君を試していたんだよ」
「試した?」

「ああ、我は探していたんだ、君のような人間を」
「殺そうとしてたじゃん」
「本気じゃないと相手を理解出来ないだろ?」

「……そっか」


 バカで良かった。


「我は人間とモンスターの共存、そんな夢を持つ変わったモンスターなんだ」

「でも、結構強いモンスターなんでしょ?」

「いやいや、旅立ったばかりのモーフィくんが倒せるモンスターだよ? 中の上さ」
「結構強いじゃん」


 ぐっ……! 捨てた筈のプライドが……!


「……げ、下の上だよ我なんて……」
「そうなんだ、どうりで倒せた訳だ」

「………」
「なんで泣いてるの?」

 ―――は? 逆に訊きたいんだけど泣いちゃダメなの?  魔王は泣いちゃダメなんですかぁ!?  てかなんでとかよく言えるなお前ら人間は悪魔か!?

「感動してるんだよ、やっと出会えた希望にね」
「でもさ、我とか偉い人が言いそうだよね」

「………おいらはキミに人間とモンスターの平和を見たんだ」


 今見てるのは地獄だがな……。


「今はまだおいら程度で苦戦してるキミだけど、きっともっと強くなって争いを食い止められる筈だ」
「目から血が出てるよ?」
 

 赤い涙は初めてか? 笑えよ。


「ほら、そうやってモンスターのおいらを心配出来るキミは、世界の救世主になれると思うんだ」

「えへへ、そっかなぁ……」

 何照れてんこのガキ、シバいたろか? ―――やれればやっとるわッ!

「そうだよっ。 だからおいらと旅に出よう。 一緒に平和な世界をつくろうよっ」

 このガキ放置してたら本当に平和な世界がつくられるからなド畜生。

「うんっ、わかったよレギアル!」

「あはっ、やったぁ―――ぼぇぇ……」
「大丈夫!? 血、血がすごいよ!?」

 すげぇだろ。 死にたくても死ねない大人の吐血目に焼き付けろや。

「いいかいモーフィ、これからキミは村に戻って、ぜっっったい誰も出ないように言ってね。 平和な世界にするまで」

 コイツが最弱ならナザトラ村で明日にも世界征服出来るわウケる。

「うんっ、わかった!」

「あはっ、じゃあ――ぼぇぇ……明日またこの――ぼぇぇ……場所で落ち会おうよっ」

「う、うん……大丈夫? レギアル……」

「平気さっ」

「さすがモンスターだねっ! 人間なら死んじゃってるよ!  きっと上級モンスター達はもっとしぶといんだろうなぁ」



 ――――おいらを殺してくれ神様……!!



「じゃあモーフィ、また明日ねっ」
「うんっ!」





 ◇◆◇





 ………なんて事ない、ただの散歩のつもりだったんだ……。


 いいだろ? 偶には息抜きしたって。


 魔王だからダメとか、神父だからとか警察のくせにとか寧ろ差別じゃないか?  同じ生き物なんだ、嬉しい事がありゃ笑うし、悲しけりゃ泣く。


 それがダメなら………生き物って平等じゃねぇよな……。


 命からがら魔王城に帰った我――――我なんて、もうやめようか………。

 俺は側近の待つ、もう座るのも嫌悪する玉座に座った。


「魔王様! いったいどこに行かれてたのですかッ!!」


 ………聞きたいか?  絶望したいなら聞かせてやる。 だけどな、俺が生き恥を晒しても帰って来たのは、お前達の為なんだよ?


「お前とも、長い付き合いだよなぁ……」

「……き、急にどうされました……? こうしてる間にも人間共は――」
「昔はさ、中々割れないシャボン玉見ただけで笑ってたっけ……」

「ま、魔王様……? 本当にどうなさいました?」

「お前だって笑ってたよ。 魔王軍の幹部じゃない……可愛い女の子の顔でさ……ムーア」


「レギアル………」



「でも、結局割れちゃうんだよ。 いつか………――――シャボン玉って………」


「………今日は、もう休もう。 今のレギアルは誰にも見せられないから、私が傍に居るよ」


「……悪りぃな」


 明日から、あのガキに気を遣いながら旅をするのか。


「おいら……なんて言って……」

「レギアル?」


「いや、何でもない」



 ほんと………




 ――――弾けちまいそうだぜ………。



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