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第1話
しおりを挟むあー……。 今日は特に授業が長く感じたな、気のせいか黒板まで長く見えたぐらいだぜ。
それというのもアレだ、昨日発売を待ち望んでいた待望の新作ゲームを買って、続きをやんのが待ち遠しかったからだろーな。
俺は藤井篤人。 穂波高校の一年で、ゲーマーにして生粋の “面倒臭がり屋” 、勿論帰宅部だ。
そして今は下校中、とにかく早く帰りたい一心、なんだが……。
「なんだか、寂しい商店街ね」
「………」
当たり前のように俺の隣を歩くこの女子生徒は倉西明日香、クラスメイトだ。
長い黒髪に切れ長な瞳、美の神が「ちょっとやりすぎたかなぁ……」と思う程整った顔をした美少女。
ただ、そんな明日香には欠点っつーか、勿体ない所がある。
それは―――極端に人を寄せ付けないって事だ。
何しろコイツは男女問わず、思った事を何でもそのままお届けする女だからな……。
それが相手を傷つけるような尖った台詞でも、産地直送包装なしで突き刺す。 その見た目に惹かれて、今まで何人の男子生徒達が声をかけ、そして憐れにも恋愛不能にされたことか……。
こういう造形で生まれた女には良くある、『冷たい美人』ってやつだな。
「篤人くん、可哀想だから少し寄って行きましょうか?」
相変わらずすげー上から目線だな……。 お前は戯れに城下に足を運んだ大名の娘か。
「明日香、俺は大事な用があってな、真っ直ぐ帰る。 出来るなら邪魔な物は全て破壊して本当の真っ直ぐで帰りたいぐらいだ」
「どうせゲームでしょ」
くっ……可愛くねぇ……!
「下校中の買い食いは校則違反だ」
「まあ優等生ね、それなら “不純異性交友”はいいの?」
「――あ、明日香さんっ?!」
「私の “処女” 返して」
「たまには言葉に服着せてもらえますッ?!」
こ、この女はっ……!
街中でポン刀振り回す奴があるか!
ま、まぁつまり、俺と明日香は以前付き合っていた、明日香はいわゆる『元カノ』ってやつだ。
こんな美少女と付き合ってたんだから、俺はよっぽどイケてる男なのかというと、うーん……正直 “まぁまぁ” 、ってとこじゃねーかな。
それならなんでだって? それは俺にも分からんのだよ。 明日香が言うには、 “面倒見がいいから” だってよ。 この面倒臭がりの俺に言う台詞かね、ほんと、良くわかんねー女。
「お前と帰ってるなんて由那に知れたらどーすんだ? 俺はあえなく挽肉にされ、罪の無いゲーム機達は一方的な裁判によってアイツに断罪される」
「だったらそんな乱暴な彼女、早く別れたら?」
現在の俺の彼女は町田由那。 由那とは地元の中学からの知り合いだ。
「……結局それかよ。 あー……「めんどくせー」
おい……俺の台詞取るなよな。
不貞腐れた顔しやがって、そりゃ……悪いとは思ってるけどよ。 明日香と別れたのだって、由那の事を引きずってた俺のせいだしな。
「町田さんだって、元カノでしょ?」
「ややこしい言い方すんな」
そう、実は由那とは中学の頃一度付き合ってて、高校から地元を離れ一人暮らしをする事になっていた俺は、この面倒嫌いな性格で遠距離恋愛は由那に辛い思いをさせると考え、卒業式の後、別れを告げた。
「一度ある事は二度ある。 つまり、一度振られた町田さんはまた振られ、一度付き合ってた私はまた付き合う。 その可能性は高いわよね」
……その理論だと、結局明日香と付き合ってもまた別れるよな……。
高校入学後暫くして俺は明日香と付き合ったが、夏休み前には別れた。 それも、その時ははっきりと自覚してなかったが、俺の中で由那が消えてなかったから、っていうのは後から気付いた。 なんて迷惑な男だ。
その夏休み中、突然俺のアパートに由那がやって来て、その日は一日中振り回され、色々あってまた恋人に戻って今に至る。
「そういうのはよ、心の中で言ってくれる?」
「心の中を聞きたいの? いいわ、この後篤人くんのアパートに行って、誘惑して抱かれようかと思ってるの」
表情を変える事なく俺を見上げる明日香に、俺はにっこりと微笑みで返す。
―――さぁ逃げよう! なりふり構わずっ!
このクールな痴女を置き去りに、全力で駆け出そうとスクールバッグを脇に抱えた時、
「お嬢さん、ちょっといいですか?」
中年太りの枠を一つ乗り越えたおデブなおっさんが、人の良さそうな笑顔で話しかけて来た、明日香に。
「私もいいですか? ちょっと不健康な程太ってますね、痩せた方がいいですよ」
「えっ……」
――すげぇカウンターだ……。
急に声をかけて来たおっさんにコレ合わすか? まるで来るのが分かってたようだったぞ?
コイツには “動揺” 、というものが無いのか……。
「それで、何か用ですか?」
「あ、う、うん……」
ちょっと泣いてるやんけおっさん。
くそ、このチャンスにダッシュを決め込もうと思ったのによ、このままにしとくとナイーブおっさんが首を吊るかも知れんしなぁ。……めんどくせー。
「私はこの “南ヶ原銀座商店街” の商工会長をやってるんだけどね」
「そうですか、この寂れた商店街の原因は貴方ですか」
「やめたげてっ!」
全速力で突っ込む俺。
だがそれも虚しく、既に明日香の毒は会長に回っているようだ。
「……えぇ、まぁ……」
頑張れおっさん、ちょっと痩せたんじゃねーか? てか何の用なんだ?
「い、いやね、君達は穂波高校の学生さんだよね?」
「そうですが、何か?」
冷たい声色で答える雪女。 コイツの息はまるで冷気だな。
「実は今、近校の穂波高校にお願いしてね、この商店街のPRポスターを作るのを協力してもらってるんだよ」
「なるほど、自分では立て直せない程に閑散とした商店街を予算の無い会長が無料で使える学生に縋り立て直そうと言う事ですか」
「ぐふっ……」
「おじさま逃げてっ!」
ついに膝を落とす会長。
大きな身体が大分小さく見える。
「そ、そのね、モデルになる学生さんを探して――ぶっ……」
「おじさまっ!」
蹲る会長に寄り添う俺。 明日香は変わらず、見下すように立ちはだかっている。
「……そこで、君のような美しい娘さんに、モデルをやってもらえたらと……」
何とか搾り出した声で明日香に内容を伝える会長。
まぁ、分からなくはないが、見た目は良くても明日香はあまり感情が顔に出にくい奴だからなぁ。
ちょっと愛想のないポスターになるんじゃねーか?
「つまり、私にそのモデルをしてほしいと?」
「ああ、ど――」
「お断りします」
「食った?!」
食い気味とかじゃねぇ、明日香、食った!
「……どうやら、年貢の納めどきがきやがった……」
最早その表情は穏やかだった。
会長は微かに微笑み、ゆっくりと瞼を閉じ、項垂れた……。
俺は、
「………お水……」
「ぅ……く、クラ◯ス……」
「ただし!」
「「――ッ?!」」
俺と会長が感動のシーンを再現していると、背景を打ち消すような明日香の鋭い声が飛んで来る。
「そのモデルのお話、条件次第ではお受けします」
「ほ、本当かい?!」
僅かに見えた希望に目を輝かせる会長。
そして明日香は、「はい」と言って珍しく微笑み、
「そこの、藤井篤人くんと一緒にならっ!」
俺に向かって人差し指を突きつける明日香。
その条件を聞いた会長は少し呆然として、それから俺に視線を向けると、ぱちぱちと瞬きをした。
そして、
「ええ~~うそぉ~~」
………おい、おっさん………。
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