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第四章
異端児、悪化する
しおりを挟むここはロージアンの離れ、武器商ナズグレン家が所有する鍛治工房。
「うん、良い出来だ」
二本の剣をかざして見定める美少年、彼こそノエルのもう一つの切り札、身代わり人形ことトール・ナズグレンだ。
「ノエルは大剣が重くて合わないって言ってたからな。 この双剣なら俊敏性を損なわないように軽量化したし、通常の双剣より長さを持たせて大剣とのリーチ差も縮めた」
物は言いようだ、さすがペテン師ノエル。 大剣が悪いのではなく、ノエルが鍛錬しないのが悪い。
「守備性を重視するノエル用に片刃にして、背の方を分厚くしてみたが、どうかな?」
どうもこうも、あの男にそこまでしてやる必要は無い、振りかぶれないんだぞ? とはいえ、良い友人を持ったな、ノエル。
「――おわッ! ……なっ、なんだ!?」
突然の爆発音、何も無い筈の草原方向からだ。 トールは何事かと双眼鏡を取り出し見てみると、
「なんであんな所から火が――ん? あれは……ミシャ……さん?」
火のある所によく居る女、実はそんなに驚く事ではないのかもしれない。
「……美しい」
―――は?
「爆風に揺らめく黄金の髪……あの全てを見下した妖艶な瞳……」
……どうやら、彼はもう救えない場所に居るらしい。 これからは改名して、トール・M・ナズグレンと名乗るがいい。
「もう一人、あの女性は?」
◆
「派遣社員のまま燻っていれば良いものを」
「シュラミ先生、私はまだ派遣社員ですよ?」
挨拶がわりの爆炎魔法を放ったのは先生、シュラミと呼ばれた女だった。 それを涼しい顔で受けたミシャに眉を寄せ、紅蓮の瞳は燃えるように睨みつける。
「デルドル王国の一件、各国は懸念を抱いている。 サイネリア教団としても世に放った責任があるのでな」
『世に放った責任』。
サイネリア教団の教員、シュラミはそう言い放った。 では、この場に居ない『被害者の会』の皆さんに代わってひと言。
――――おっせーよ。
「世界から煙たがられてた国ですよ? デルドル国民だって今の方が平和に暮らしてます。 感謝こそすれ、文句を言われる筋合いは無いと思いますけど」
「救世主にでもなったつもりか? 問題はそこじゃない、一人の人間が一国を好きにするなんてのは許されないのさ」
行いが善行だったとしても、それを個人の力で成すのは確かに恐怖を感じる。 しかし、破壊神に救世主とはこれ如何に。
「あれはマリオネットシードがあればこそ、無ければ私でもあそこまでは出来ませんよ」
「言い分は教団に着いてから、グリンザード司教様に言うんだな」
シュラミが足を運んだ理由は分かったが、問題は、
「……そうですか、分かりました。 ―――で、それは命令ですかあ? それとも、お願いですかあ?」
―――素直にミシャが聞くか、という事だ。
「お前のそのツラ……昔から大嫌いだったんだよッ!! 灼熱の炎威ッ!」
本性を表したのか、乱暴な言葉遣いになったシュラミ。 そしてサイネリア教団の教員は伊達ではない、その火力は凡人の放つそれとは次元が違う。
「速く――― マーキュリーの盾!」
その炎を聖なる盾が防ぐ、悪魔を聖なる盾が守るという皮肉。 シュラミは火が盾と揉み合っている間にも両手を左右に広げ、
「事前に速度上昇! 感知してるんだよッ!炎の竜巻ッ!」
高威力の炎の竜巻を二つ作り上げる。 盾の後ろには既にミシャは居ない、それを見通した次の手を瞬時に繰り出した。
そして、
「インチキ魔導士がさっそく得意の接近戦かッ! 右でも左でもかかって来なッ!」
竜巻は草原の草を巻き込みながら、その渦中にミシャを取り込もうと野を進む。
―――ざ~んねんでした―――
その声は上空から聞こえた。
残念な女は右でも左でもなく、敵の放った中央の炎を目眩しにして上に飛んでいたのだ。
「残念、なのは……お前だッ! ――――燃え上がれッ!!」
「――ッ!」
不可避とさえ感じさせる広範囲の炎は、まるで空を一部切り取ったようだ。 それは当然の如く、宙空の獲物を呑み込んだ。
決着、そう思わせるに十分な大魔法だったが、シュラミは休む事無くその場を離れ、大きく距離を取る。
「……それだ、そのツラだよ……」
空が切り取られた景色を取り戻した頃、驚く様子も無くシュラミは敵を見据えていた。 終わらせたなどと、彼女は毛頭思っていない。
「必死に技を磨く子供達の中で、私の話や実演をお前はつまならそうに見ていた……」
卒業すら困難と言われる教団の中で、それで身を立てるしかない孤児達は必死に学ぶ。 確かにシュラミが言うようにミシャは異端だろう。
「久しぶりに会ってみれば、コイツ――悪化してやがる……!」
凡人ならば何度死ねただろう業火をその身に受け、今も現世に悠然と立つ異端児は笑った。
「……シュラミ先生、――――火ばっか」
◆
二人の戦いを望遠鏡で見ていたトールは、持ち手を震わせながら冷たい汗を掻く。
「な、なんだこれは……たった二人で、まるで戦争じゃないか……!」
ハイクラスの魔導士二人の激突、それは見た者に苛烈な戦場を思わせた。 トール、これで目が覚めたろう。 想い人はとても幸せを形作れるパートナーではない。
「これが、ミシャさんの戦い……」
あの日、もし愚かにもあの女を持ち帰っていたなら、お前のベッドは今棺だったろう。 他に居る筈だ、御曹子に似合う家柄の、森を焼き払わない女性が。
「……美しい」
……高名な武器商、ナズグレン家の未来は暗い。
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