上 下
89 / 92
第四章

異端児、悪化する

しおりを挟む
 

 ここはロージアンの離れ、武器商ナズグレン家が所有する鍛治工房。

「うん、良い出来だ」

 二本の剣をかざして見定める美少年、彼こそノエルのもう一つの切り札、身代わり人形ことトール・ナズグレンだ。

「ノエルは大剣が重くて合わないって言ってたからな。 この双剣なら俊敏性を損なわないように軽量化したし、通常の双剣より長さを持たせて大剣とのリーチ差も縮めた」

 物は言いようだ、さすがペテン師ノエル。 大剣が悪いのではなく、ノエルが鍛錬しないのが悪い。 

「守備性を重視するノエル用に片刃にして、背の方を分厚くしてみたが、どうかな?」

 どうもこうも、あの男にそこまでしてやる必要は無い、振りかぶれないんだぞ? とはいえ、良い友人を持ったな、ノエル。

「――おわッ! ……なっ、なんだ!?」

 突然の爆発音、何も無い筈の草原方向からだ。 トールは何事かと双眼鏡を取り出し見てみると、

「なんであんな所から火が――ん? あれは……ミシャ……さん?」

 火のある所によく居る女、実はそんなに驚く事ではないのかもしれない。

「……美しい」


 ―――は?


「爆風に揺らめく黄金の髪……あの全てを見下した妖艶な瞳……」

 ……どうやら、彼はもう救えない場所に居るらしい。 これからは改名して、トール・Mマゾ・ナズグレンと名乗るがいい。

「もう一人、あの女性は?」




 ◆




「派遣社員のまま燻っていれば良いものを」

「シュラミ先生、私はまだ派遣社員ですよ?」

 挨拶がわりの爆炎魔法を放ったのは先生、シュラミと呼ばれた女だった。 それを涼しい顔で受けたミシャに眉を寄せ、紅蓮の瞳は燃えるように睨みつける。

「デルドル王国の一件、各国は懸念を抱いている。 サイネリア教団としても世に放った責任があるのでな」


 『世に放った責任』。


 サイネリア教団の教員、シュラミはそう言い放った。 では、この場に居ない『被害者の会』の皆さんに代わってひと言。


 ――――おっせーよ。


「世界から煙たがられてた国ですよ? デルドル国民だって今の方が平和に暮らしてます。 感謝こそすれ、文句を言われる筋合いは無いと思いますけど」

「救世主にでもなったつもりか? 問題はそこじゃない、一人の人間が一国を好きにするなんてのは許されないのさ」

 行いが善行だったとしても、それを個人の力で成すのは確かに恐怖を感じる。 しかし、破壊神に救世主とはこれ如何に。

「あれはマリオネットシードがあればこそ、無ければ私でもあそこまでは出来ませんよ」

「言い分は教団に着いてから、グリンザード司教様に言うんだな」

 シュラミが足を運んだ理由は分かったが、問題は、

「……そうですか、分かりました。 ―――で、それは命令ですかあ? それとも、お願いですかあ?」


 ―――素直にミシャが聞くか、という事だ。


「お前のそのツラ……昔から大嫌いだったんだよッ!! 灼熱の炎威フランマッ!」

 本性を表したのか、乱暴な言葉遣いになったシュラミ。 そしてサイネリア教団の教員は伊達ではない、その火力は凡人の放つそれとは次元が違う。

速くラピィドゥス―――  マーキュリーメルクリウス=の盾クリペウス!」

 その炎を聖なる盾が防ぐ、悪魔を聖なる盾が守るという皮肉。 シュラミは火が盾と揉み合っている間にも両手を左右に広げ、

「事前に速度上昇! 感知してるんだよッ!炎のウルカヌス=竜巻トゥルボーッ!」

 高威力の炎の竜巻を二つ作り上げる。 盾の後ろには既にミシャは居ない、それを見通した次の手を瞬時に繰り出した。 

 そして、

「インチキ魔導士がさっそく得意の接近戦かッ! 右でも左でもかかって来なッ!」

 竜巻は草原の草を巻き込みながら、その渦中にミシャを取り込もうと野を進む。


 ―――ざ~んねんでした―――


 その声は上空から聞こえた。

 残念な女は右でも左でもなく、敵の放った中央の炎を目眩しにして上に飛んでいたのだ。


「残念、なのは……お前だッ! ――――燃え上がれイグナイテッドッ!!」

「――ッ!」


 不可避とさえ感じさせる広範囲の炎は、まるで空を一部切り取ったようだ。 それは当然の如く、宙空の獲物を呑み込んだ。


 決着、そう思わせるに十分な大魔法だったが、シュラミは休む事無くその場を離れ、大きく距離を取る。

「……それだ、そのツラだよ……」

 空が切り取られた景色を取り戻した頃、驚く様子も無くシュラミは敵を見据えていた。 終わらせたなどと、彼女は毛頭思っていない。

「必死に技を磨く子供達の中で、私の話や実演をお前はつまならそうに見ていた……」

 卒業すら困難と言われる教団の中で、それで身を立てるしかない孤児達は必死に学ぶ。 確かにシュラミが言うようにミシャは異端だろう。

「久しぶりに会ってみれば、コイツ――悪化してやがる……!」

 凡人ならば何度死ねただろう業火をその身に受け、今も現世に悠然と立つ異端児は笑った。


「……シュラミ先生、――――火ばっか」




 ◆




 二人の戦いを望遠鏡で見ていたトールは、持ち手を震わせながら冷たい汗を掻く。

「な、なんだこれは……たった二人で、まるで戦争じゃないか……!」

 ハイクラスの魔導士二人の激突、それは見た者に苛烈な戦場を思わせた。 トール、これで目が覚めたろう。 想い人はとても幸せを形作れるパートナーではない。

「これが、ミシャさんの戦い……」

 あの日、もし愚かにもあの女を持ち帰っていたなら、お前のベッドは今棺だったろう。 他に居る筈だ、御曹子に似合う家柄の、森を焼き払わない女性が。


「……美しい」


 ……高名な武器商、ナズグレン家の未来は暗い。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

処理中です...