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第四章

大根役者、逆ギレる

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「この男、貴様らの王は己が欲の為に、手を出してはならない力に手を出した」


 と、ドスの利いた声で演説を始めたノエルだったが、


「……何か、なあ」
「ああ、今更ソレっぽくやられても……」


 オーディエンスからの評価は宜しくないようだ。


「……そ、その力とは――」

「いや俺はさ、魔女の遣いなのにあんな喋り方? それが逆に新鮮っていうか、実際にはこうなんだって引き込まれたんだよ」


「………おっ、愚かにも手を出したその力――」

「あっ、わたしも! 親近感の湧く感じからいつひっくり返されて怖い目にあうのかって、内心ドキドキしてたの」
「わかるっ! 安心感を与えといての緩急っての? それがこっちのニーズに応えて話し方変えられても……」
「せっかく観てるんだから、魅せてほしいよな。 これじゃ興醒めだ」


「…………魔女の、力……に……」


 弱々しく、ぼそぼそと台詞をなぞる大根役者。

 これは……完・全・に、



 ―――― “入り方” を間違えた。



 所謂掴みの失敗、いや、大失敗と言えるだろう。 そのおかげで、民衆はノエルを畏怖するどころか、演劇を観ている観客気分で酷評し出したのだ。


「城とか壊れてんのに、こいつら余裕だな……」


 ここまで叩き潰されれば、寧ろ諦めて開き直れる、という事なのか。 


「……の野郎」


 好き勝手を言う民衆を見てノエルは思った。 俺は、こいつらの為に体を張ったのか、と。 王の悪政から、ミシャ魔女の魔の手から、誰が救ってやったと思ってるんだ。


「――そうか。 首都に暮らすこいつらは、贅沢してっから文句ねえのか」


 今まで見てきた町や村と違い、この首都ジャレドでは若い男もよく見かける。 どうやら、この国は首都で暮らせる一部の人間のみを幸福にする為、その他全ての地に負担を強いるという構図で出来ているようだ。


「………アンジェ、風」

「はーい」


 ぼんやりとした目をして、無気力にも感じる声音で指示を出すノエル。


「きゃ……ッ!」
「ぐぅっ、な、なんでまた風を……!」
「逆ギレすんなよ魔女の遣いッ!!」


「………アンジェ、もっと強いやつ」

「はーい」


 ノエルの指示により、アンジェが更に風を強める。 実際にはノエルは魔女の遣いというより魔女使いであり、そして妖精使いなのだ。




 ◇




 ミシャの怒りが鎮まり、黒雲は散りまた空には光が戻った。 太陽にサングラスをかけさせる女、災害、厄災、この女は恐らくパンドラの箱から産まれたのだろう。


「もっ、もう! ノエルったら気が早いのよぅ♡」


 式場のチラシを見ながら、頬を染めもじもじと身をくねらせるMade inパンドラ。


「でもぉ、私のウエディング姿なんて完全に女神、天使達が勝手に舞い降りて来ちゃうだろうから……」


 その天使達に連れられ、ノエルが天に召される光景が目に浮かぶ。


「きっと広告に使わせてくれって言われて肖像画になっちゃうわよねっ!」


 それは良いアイデアだ。 その頃には世界の恐怖に成長しているだろう魔女と、人間にも亜人にも敬遠されるハーフを広告に使う。 その式場の広告担当はさぞ優秀なのだろう。


「アルノルト……あなたの仇は討ったわ。 だから……わたし……前に、進むね」


 目を伏せ、胸のネックレスを握る。


「あなたへの想いは大切にしまっておく。 でも……」


 銀のそれに力を込め、


「サヨナラ、するね。 わたしは、ノエルの妻になるから……」


 目の端に雫を浮かばせ、想いを胸から解き放った。
 銀色が、陽の光を反射しながら落ちていく―――




 ◇




 さて、ミシャがした過去と区切りをつけ、死の道デスロードが更に茨となったノエルは―――


「アンジェ、あそこ割って」

「はーい」


「―――わああッ! じ、地面が裂けた!?」
「王の銅像が!!」


「アンジェ、閉じて」

「はーい」


「どっ、銅像が埋もれた!?」
「ガイノス様ぁああ!」


 アンジェを使って制裁を下していた。


「さあ、次はてめえらの家全部沈めてやるよ」


「まっ、待ってくれ魔女の遣い! 我々が悪かったぁッ!!」
「は、話を聞かせて? 今度はちゃんと聞きますから!」


 淡々と破壊を続けるノエルに恐怖にした人々は、このままでは街も無くなると震え許しを乞う。 


「あ~?」


 その声を聞き、ノエルはにんまりと口角を上げた。


「いやあ、またニーズに応えるのは醒めるだろう? チミ達がぁ」

「そんな事ないです!」
「誰ぁれだそんな事を言ったやつは!」


「……俺は、誰だ?」

「偉大なる魔女の遣い様ですっ!」

「じゃあ、おめェらは?」

「王城を壊され怯える民衆ですっ!」


「くっくっく、やっと立場がわかってきたじゃねぇか」


 到底主人公の台詞とは思えないが、滅多に無い優位な立場だ、普段虐げられているノエルが状況に酔うのも無理はない。


「どうかご慈悲をっ!」
「お救いくださいませっ!」


 祈り、救いを求めて懇願する人々。 それをノエルは愉しそうに見下ろす。


「そうだなぁ、まあ……許してやるよ」

「魔女の遣い様ぁ!」
「何と懐の深いお方だ!」

「――だぁがしかぁしッ!!」


 調子良くお立てる民衆を一喝し、ノエルは続けた。


ガイノスこいつは魔女の力に手を出した、俺が攫っていく」

「……し、仕方あるまい」
「王、無力なわたし達を許してください……!」

「……お前ら、大分あっさりしてるな」


 所詮は力での統治、人望は全く無いようだ。


「まあいい、じゃそういう事で」


 話がまとまり、どうやら自分達は助かると人々が胸を撫で下ろした時、


「―――で、お前らの処分だがぁ!!」


「「「―――ぇええ!?」」」


 すんなりとはいかない。
 ローブの奥、見えない顔は凶悪に牙を光らせる。


「欲しかったんだろぉ? ―――“緩急” 、がよぉ」


 そしてこの後、後に『ノエルの法』と呼ばれ、この国を一新する法案が発表されたのだった。


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