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第三章

狼少年、涙を流す

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 ―――サザンピークは捨てられた。


 そう言い放ったミシャに、ブランは特に驚いた様子も無く応えた。

「守ろうという戦力を向けていないのは明白、分かり切った話だ」

 国の戦力は最前線、国内防衛には雑兵というのはミシャも理解していた。 だが、そうではないと青い瞳はブランを見据える。


「この町はね――――実験場に選ばれたのよ」


 その言葉だけでは呆けてしまいそうな発言だが、ブランの黒瞳は何かを感じ取っているように見える。 そして、ミシャは視線を外さず続けた。


「どうしてあなたはここに来たの?」


 簡単な質問は、ブランの持つ肩書きが疑問として浮かび上がり、


「こんな誰もが手を出さないクエストに、二人だけとはいえプラチナクラスが――」

「黙れッ!!」


 黒髪が激情に揺れる。
 取り乱した自分に気付き、それでも発した言葉は戻らない。 
 何故彼がこうまで拒絶反応を起こしたのか、それもまた、ミシャには感じ取れていた。


「戦ってみて、解ったの。 モンスター達は………怯えていた」


 そりゃアンタとやってりゃ……という突っ込みを入れられない雰囲気。 以後気をつけます。


「アイツらは大量発生したんじゃない」


 ブランはこの後聞かされる台詞を知ってか、悍ましい何かを見たような表情で身を震わせ始めた。


「――― “誘い出された” の。 私達が散り散りになった……最後のクエスト……」




 ――――アルノルトの、最後の相手に――――




 ◆




「―――ふぅ、あらかた片付けは終わったな。 明日以降の仕込みと干し肉用の処理もしたし、ミシャが冷凍したのはまた何日かあとに使うか」

 自分の戦場である調理場。 ノエルが汗を拭いやり切った顔をしていると、

「冒険者様、町を守ってもらった上に食事までお世話になって、まことに申し訳ありません」

 頭を下げる初老の男性。 兵士ではなく町民と判るその男は、まず守っているのはコイツではないという事実を知らないようだ。

「構わねぇよ、肉が大量に手に入ったからな。 おすそ分けだ」

 さすがノエル、恥ずかしげもなく礼など要らないと格好をつけられるとは恐れ入った。

「アンタがこの町の長か?」

「はい、しばらく沈んでいた町の者達の笑顔を見れて、こんなに嬉しいことはありません」

「そうか。 ……アンタまともだな」
「は?」

「いや、前に会った村長はヤバいじいさんだったからよ」


 ―――それはアンジェの故郷かな?


 なんの事か分からない長は「はぁ」と相槌を打つのみだ。

「でもまあ、もっとヤバいのはこの国の王か」

「――な、なんとっ!?  いくら冒険者様でもガイノス王を侮辱するのは許しませんぞッ!」

 自国民が言えば即牢獄行きの暴言。 この状況にあってもサザンピークの民は王に信を置いているようだ。 

「じゃあよ、もし俺達が来なくて、モンスターに殺される奴、飢えて死んでいく子供達を見てもそう思うのかよ」

「っ……そ、それは……」

 言葉を詰まらせる長も、あと数日ミシャ、ブラン、ヴァン、アンジェの “四人” の到着が遅れていれば、町民の笑顔は永久に失われていたかも知れない事を理解しているのだ。

「まあ、逆らうのは怖えだろーけどよ。 力で押さえつけられたままじゃ、顔上げた時大事なモンはもう、無くなってるかも知んねぇぜ」


「………」

 やり切れない表情で黙り込む長。 
 そこに話し終えたミシャとブランが戻り、ノエルを見つけると、


「ノエル、今後の事で話があるの。 ……って、何でアンタ………泣いてるの?」


 初対面の長と向き合うノエルは、何故か佇み涙していた。 


「……なんで、だろうな」

「は?」


 諦めた顔で笑う理由は、首を傾げるその相手には理解出来ないからだ。 
 泣きもするだろう。 彼が長に語った言葉は、そのまま自分に突き刺さったのだから。

「ノエルー、おなかいたいのぉ?  ――わっ!」

 心配そうに駆け寄って来たアンジェを抱き上げ、涙はその布に甘えて拭った。

「大丈夫だ。 それに、痛いのはお腹よりちょっと上だな」

「んー?  おっぱい?」


 ――――ハートだよ、アンジェ。


「あ、アンタなにやってんのよッ! ――うっ……」

 怒り狂う自称戦場のヴァルキリーを手で制し、戦場のクッキングパパは鋭い眼光で言い放つ。

「俺も話がある、明日早い時間は戦闘部隊を護衛に付けて近くの森に行く」

「な、なんでよ」

 珍しく妙に強気な態度を取るノエルに、戦闘部隊、護衛という『ノエルお前は何部隊やねん』、と突っ込み所満載の場面を逃し気圧されるミシャ。

「足りねぇ……」

「足りない?」


「―――野菜や果物が足りねぇっ! これじゃアンジェにバランス良い飯が作れねぇだろッ!!」

 切迫するこの非常事態に、栄養バランスを危惧した育メンパパが叫ぶ。 

「こっ、こんな時になに言っ――」

 声を荒らげるミシャにノエルは、片腕でアンジェを抱いたまま、もう一方で白いローブの肩を引き寄せた。


「お前とアンジェは俺の家族だ。 俺は、お前らの『食』を守りたい」


 一人身を立てる為故郷を飛び出した少年は、その力を証明する前に守る者を得たようだ。 守り方は他力本願だが。


「……う、うん、わかったよ……」


 肩を抱かれ俯く女はコロッと騙され、明日の食材はまた確保される。 狼少年とはよく言ったものだ。


( サザンピークの長よ、これが俺の生き方だ…… )


 彼は伝えようとしている。 力無き者の知恵というものを。 
 同じ力に虐げられても、自分は下ばかり見ていない。 その力を利用し、使いこなして見せると。

 ……とは言っても、それを国相手にどうせいという顔で長は呆然としているが。


「……話は後ほど、私はヴァンと代わってくる」


 付き合っていられないとブランは正面門へと歩き出す。 その背中に、


「「「――ヴァン? ……ああ、くまキチ?」か」」


 息の揃った三人家族がひとボケかますが、なんとブランは突っ込まずに去って行ってしまった。


 ――――シリアス最後の希望。


 彼がこっち側に来た時、その扉はまた固く閉ざされるのだろう。


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