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第二章

助けた筈のお姫様、暴れる

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「ここだよーっ!」


 アンジェの案内で川までやって来た二人。  なんとかノエルも生還し、どうやら足は付いているようだ。

「へぇ、けっこう大きな川ね」
「そうだな、さっき俺が見た川より大きいな」

 ノエルは『生還ファンタジー』( 多分違う )らしい台詞を吐きながら、頼りない石垣の堤防まで歩いて行く。

「あっ、みてみてしっぽー! デルモガニーっ!」

 石垣の端で屈むアンジェがノエルを呼んでいる。 『デルモガニ』というのは、この川に生息する二足歩行でモデル歩きのように動く珍しいカニだ。

「おいっ! そんな端っこであぶねぇぞ!」

「だいじょぶだよー―――っれ……?」

 下を向いて屈んでいたアンジェが突然立ち上がった時、立ちくらみが襲い足元を滑らせ、さらさらと揺れるエメラルドの髪が川に吸い込まれていく。


「――アンジェッ!!」


 まだ後ろに居たミシャの叫ぶ声は届いても、落ちていく少女の身体までは届かない。






 ―――ぽちゃん。  と小さな音が聴こえたのは、アンジェが手に持っていたデルモガニが川に落ちた音。 




「まったく、あぶねぇって言っただろ。 あと俺の名前は『鋭い牙、荒ぶる狼』ノエル様だ。 『しっぽ』じゃねぇ」


 細い腰に手を回し、すんでの所で少女を救ったノエル


「……ノエル?」


 見つめる大きな瞳は、後ろに倒れた態勢のまま前髪が上がり、可愛らしいおでこを露わにしている。

「そうだ、鋭いき―――こ、こらっ……!」
「あははっ! アンジェおひめさまみたーいっ!」

 突然ノエルを引き寄せ、楽しそうに戯れ始めるアンジェ。 


「あ、あぶねぇっ! マジで落ちるっ―――て……?」

「あはははーーーあぁ………」



「ちょ、ちょっとぉぉ!?」


 遠ざかっていく笑い声、助けたと思って安心していたミシャの悲鳴が鳴り響く。


「け、結局落ちるんかーー……ぃ………」


 今度はノエルも道連れに、アンジェは笑いながら川へと吸い込まれていった。







「はぁ、はぁ………―――なぁんで助けたのに落ちんだよッ!!」
「あはははッ!  きもちーぃ」

 アンジェを抱えて這い上がってきたノエル。 息を切らせて、水を振り払うように濡れた身体を左右に振っている。


「……まさに “犬” ね」

「俺ぁ狼だッ!」


 呆れた顔で呟くミシャに、とうに丸くなった犬歯を剥き出しにして怒鳴るワンワン。

「うわっ、つめたいばかノエルーっ」

 その水飛沫が飛んできたアンジェが、片目を瞑りながらケラケラと楽しそうにしている。

「やっかぁしぃ! 大体おめぇが暴れっから………」


「ん~?」

 何故か言葉を失うノエルを見て、不思議そうな顔で首を傾げるアンジェ。  その時―――


「――はっ!」


 幾度となく感じた殺気に身体が反応する。


「ぐおッ―――っがあぁぁぁ………」


 両腕を重ねて鋭いハイをブロックするも、その威力に吹き飛ばされ声は遠ざかっていく。

「あら、ガードするとは成長したわね」

 吹き飛ばした “破壊のオールマイティ” こと『壊し屋ミシャ』は、また渡ってはいけない川を見ずに済んだノエルに関心しているようだ。

「おー、おねーちゃんつよっ!」

 自分よりふた回りも大きなノエルを吹き飛ばすミシャに目を丸くするアンジェ。

「アンジェ、あんた着替えて来なさい!」
「なんで?」
「なんでってあんた……」

 びしょ濡れのワンピースが身体にひっ付き、下着も付けていない上はくっきりと形を強調して僅かに透けてしまっている。

 恐らくノエルが吹き飛んだ原因がこれ。 ミシャよりも大きな胸が透け、釘付けになっ―――いや、成長過程が異なった胸を邪な目で見ていたノエルに制裁を与えたのだろう。


「腕、痛ってぇ……おいっ! 俺がなにしたってん――」
「おすわりッ!!」

「――わんッ!?」


 ブツブツと文句を言いながら戻ってきたノエルを座らせる飼い主。  また幼女のあられもない姿を見せる訳にはいかない。

「後でまた遊んであげるから、村長の所に戻りなさい」

「ゔ~……わかったぁ……」

 不満そうな表情を全開にするアンジェだったが、口を尖らせながらも諦めてトボトボと歩き始めた。


「おひるいっしょにたべよーねっ! まってるからー!」


 それでも振り返ったアンジェは次の約束を叫び、気を取り直して元気に走って行った。


「ちっ……迷惑なガキだぜ」


 その姿を見送り苦言を吐くが、白い目で見ていたミシャは……


「……変態エロガッパ」

「なっ!? なんでそーなんだよッ!!」


 また一つ亜人要素が増え、もはや狼は『ぬえ』と化した。


 相変わらずのやり取りを続ける変わり種パーティ。


 その間に、


 穏やかだった川の水面に変化が起こり始めている事に、二人はまだ気付いていなかった―――。



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