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第一章
派遣白魔導士、出社する
しおりを挟む(はぁ……こんな気分の乗らない日でも、仕事は探さなくちゃならない……)
昨夜の残念な出会いを引きずりながら、それでも会社に向かわざるを得ない、そんな自分の身の上を呪うミシャ。
(そりゃ専業主婦が楽なんて思ってない、でも私は生まれてこの方冒険者しかやった事ないの。 命懸けの仕事じゃなくて、夫の帰りを家で待つ……そんな生活に憧れてなにが悪いの?)
陰鬱なオーラを全身から発するその姿は、白魔導士というよりは黒魔導士、いや、魔女のそれに見える。
その魔女に怯え、通行人達は道をあけて触れないように、触れられないように、陰の塊が通り過ぎるのを見送っていた。
こんな調子で街を歩いていては素敵な出会いも逃げていくだろうが、今日のミシャに明るく歩けと言うのも酷な話だ。
重い足取りで歩くミシャの足が止まり、死んだ目で建物の看板を見上げる。 そこには、『派遣会社 マギストリア商工会 ロージアン支部』と書かれている。
ミシャはうんざりとした顔で扉を開け、建物の中に入って行った。
中に入ると、すぐに今来ている依頼の確認には向かわず、とりあえず椅子に座って一息つく。
腰を下ろし大きな溜め息を吐くと、ミシャはぶつぶつと長い、呪いの魔法のような詠唱を始めた。
「生きるという事はクエストの繰り返し、生まれれば必ず人は人生という大きなクエストを背負い生きていく、その難易度は生まれた家や見た目男性として女性としてと様々、私の場合そもそもクエストで食べていってるわけだから生きる為にクエストしてそのクエストで得たお金で人生のクエストをより良いものにする為に女を磨き出会いを求めて結婚という名のクエストに立ち向かい続けている、その――」
詠唱を続ける呪われた魔女。
ついに心の中で消化出来ずに、声に出し呟き始めた。 その様子を怯えた目で見ていた四十代前半程の男性が、腫れ物に触るように恐る恐る声をかけて来た。
「み、ミシャちゃん?」
声は闇を彷徨う魔女に届いたようだ。 ゆっくりと顔を上げ、たっぷりと影のある虚ろな目を向けるミシャ。
「………おはようございます、支部長」
支部長と呼ばれた人の良さそうな顔の男性は、死んだ魚の方がまだ生きた目をしていると思わせるミシャの目に怯みながら応えた。
「う、うん……おはよう。 ど、どうしたのかな? なんか、呪いの呪文みたいなの唱えてたけど……」
「別に、人生というクエストは人によって難易度が違う、私のそれは星いくつなのか……という事ですよ……」
「………そう。 ど、どうなんだろねぇ……」
消え入るような声で呟くミシャの話を聞き、余り深入りするのは危険、そう判断した支部長は適当な言葉で誤魔化す事にした。
因みにミシャの言ったクエストの難易度と星の数、これは依頼を受ける際の報酬金額に関係している。
星の数が多いほど難易度は高く、その分報酬も大きいという事だ。
ただこのクエスト、誰でも好きに受けられるというものでも無い。
冒険者の階級はブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナの順に上がっていき、半年毎にその間こなしたクエストの内容で査定されていく。
ブロンズは星四つの難易度までしかクエストを受けられない。 同様にシルバーは八つまで、ゴールドからは無制限に受けられるが、それぐらいになると経験から自分の力量も測れるというもので、無茶なクエストは避けられるだろう。
そして最高クラスのプラチナにまでなると、表に出ていない高難易度のクエストを国から依頼されたりする事もあるのだ。
昨日ミシャが派遣されて行った “スイートマンドレイク討伐” クエストは星二つ半、今ミシャはシルバークラスなので、このクエストぐらいでは余裕があったという訳だ。
「それで、いい依頼ありますか?」
覇気の無い表情で支部長に訊ねると、支部長は渋い顔で答える。
「うーん、それがねぇ、今残ってるのは一件だけで、とてもいい依頼とは言えないんだよね。 後は指名もらった社員達が出てるぐらいかなぁ」
「そうですか……」
無いなら無いで諦めもつく。 今は精力的に働く気分でもないミシャは、どうでもいいといった様子で返事をしている。
「ミシャちゃんドライだからなぁ、少しはサービス精神も大事だよ? 指名もらえれば指名料だって付くんだしさ」
「私、残業嫌いなので」
ミシャの返しにやれやれと溜め息を吐く支部長。
なにしろ昨日を見ても分かる通り、ボス戦の途中で契約時間が終わったからと途中で戦闘を離脱する始末。
その上追加料金を払うと言われても断ったのだ、また指名しようなどと誰が思うだろうか。
「せっかくそこそこ腕は立つのに、もったいないよ?」
もう少し愛想を良くすれば仕事も増える、そう言って諭す支部長だったが、ミシャは聞く耳を持つ気は無さそうだ。
(そこそこ、ね。 その評価で十分よ、今更本気で冒険者やるつもりもないし。 指名なんてされて何度も一緒に戦って、変な仲間意識持たれるのも嫌なのよ……)
「その一件ある依頼ってどんなのですか?」
「ああ、これなんだけど……ちょっとねぇ」
支部長から依頼の用紙を受け取るミシャ。 その内容を見てみると、
「 “イプスター氷原地帯にいるアイスドラゴンの討伐” 、星六つか……」
「こいつが出ちゃったもんだから、雪雫が採りに行けないらしくてね」
雪雫とは花の名前で、この花から取れる魔法石もそのまま雪雫と呼ばれている。 この石は保冷石として利用され、飲食店や医療関係等、様々な分野で重宝されている。
「別に悪くない依頼じゃ――ってこれ……ソロ?」
「そう、ソロなのよ……」
ソロ、つまり単独の依頼者という事だ。
昨日のカイル達パーティのように駆け出しの冒険者は人数が少ないことが多い。
それは難易度の低いクエストしか受けられない為、報酬も少なく人数を抱えられないからというのが理由の殆どだ。
しかし今回のクエストは星六つ、シルバークラスということになる。 このクラスでソロ、というのは中々考え難い。
「てことは……亜人?」
「ご名答」
ミシャが言った “亜人” という言葉。
亜人とは人型の獣人族の事を示している。 そして、何故ソロというだけでミシャは依頼者が亜人だと分かったのか。
これには色々と事情がある。
人間と比べて極端に人口が少ない亜人ではあるが、種族によっては人間より遥かに身体能力が高く、トップクラスのパーティに所属している亜人も多くいる。
しかし、その亜人の力を恐れた世界の国々は、亜人に対して差別とも言える特別なルールを作ったのだ。
まず冒険者のパーティは最大人数が五人までと決められている。 その中で亜人の在籍は一人だけしか認められていない。 しかも、そのパーティのリーダー登録は『人間』でなければならないのだ。
もし、どうしても亜人がリーダー登録をする場合、国の定めた規定では―――仲間を登録出来ない。
つまり、ソロになる訳だ。 当然亜人同士のパーティは組めない、亜人はパーティに一人までなのだから。
世界の国々は、高難易度のクエストを亜人が成功させ、世界にその名声を轟かせる事を良しとしない。
それは、圧倒的な数で世界を牛耳る人間が、その立場を脅かす、世界に影響のある程の力を持つ亜人を生み出さない為、という身勝手な防衛策の一つがこの規定だ。
その亜人に唯一同行を許されているのが、ミシャ達のような “派遣の冒険者” 。
余りに横暴なルールに亜人達から上がる不満を中和する為に出来たものだが、それでも連れて行けるのはたった一人。
それも、派遣の冒険者程度の実力であれば、そこまで高難易度のクエストは達成出来ないだろうと許された規定だった。
「しかも彼、ハーフなんだよね」
「ハ、ハーフ!? ……それはまた……かなりレアな依頼者ですね……」
支部長が言った “ハーフ” という言葉に驚くミシャ。
どうやら彼は、亜人ではあるが亜人と人間のハーフらしい。
人間と亜人が結婚して、子を作り家族になる。 勿論ある事だが、本当にごく稀だ。
恋愛に発展するのも中々難しい上に、生まれてくる子供はハーフであってもあくまで扱いは “亜人” 。
何故わざわざ人間が、生まれくる我が子に世界が生きにくくする亜人との子供を作ろうと思うだろうか。 勿論親、兄弟からの反対も強いのは当然、こういった事情からハーフというのは人口の少ない亜人の中でも、極めて少数の存在なのだ。
(狼人族か……それなら身体能力は高そう。 ノエル十七歳、若っ。 また子供か、うーん……)
依頼書を睨みながら悩むミシャ。 といっても指名の無い不人気の派遣社員には選ぶような余裕は無い。
結局ミシャはこの依頼を受け、数日後、待ち合わせの場所へ向かう事になった。
◆
イプスター氷原地帯。
目的の場所に最も近い町『ストローツ』。
ミシャは依頼者である狼人族のハーフ、ノエルという少年と落ち合う為、この町にやって来ていた。
(彼、ね。 まぁハーフなんて滅多にいないしすぐ分かったけど。 へぇ、流石に鋭い目つきしてるけど、中々美形じゃない)
距離を取って依頼者らしき人物を観察するミシャ。
そこにはやや長身の若き冒険者が立っている。 狼人族ならではの銀髪、琥珀色の鋭い瞳が特徴的だ。
(得物は……両手剣か。 ハーフだとそんなに人間と変わらないのね。 あ、尻尾……)
ミシャとしてもハーフは初めて見るらしく、その姿を興味深く観察している。
それが終わると、依頼者に向かい近づいていった。
距離が縮まり、彼はミシャに気付き視線を送る。 ミシャはいつも通り仮面の笑顔で歩み寄り、
「初めまして、マギストリア商工会の派遣社員、白魔導士のミシャです」
本日も猫を被って営業中。
「ああ、アンタが派遣か」
丁寧に挨拶をするミシャに、粗雑な口調で応えるノエル。
「はい、宜しくお願いします」
こんな冒険者は良くいるのだろう、ミシャは気にする素振りも無く笑顔で対応している、が……。
(まあ生意気な坊やだこと、若いし、亜人だから大体こんな感じだと思ってはいたけどね)
「俺はノエルだ、よろしくな」
「こちらこそ」
(よろしくね、日没まで。 手早く倒さないとアイスドラゴンちゃんに食べられちゃうわよ坊や)
本日も残業の意志はゼロ、若き冒険者ノエルはタイムリミット内にアイスドラゴンを倒さなければ、ソロでの討伐クエストに切り替わる訳だ。
「どんな奴が来るのかと思ったが、意外と若いんだな」
「――えっ……?」
ノエルの何気無い言葉が、アイスドラゴンより冷たい心を持つ五つ年上の白魔導士の胸に突き刺さった。
(なにこの子……。―――いい子じゃない)
たった一言で “生意気な坊や” から “いい子” に昇格を果たしたノエル。
これが、これから何度となくクエストを共にする事になる、人間の女白魔導士と狼人族のハーフ剣士、二人の出会いの始まりだった。
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