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173 魔眼の代償

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俺、ロッド・アーヴェリスは製作したポーションをケースに詰める。

製作をソファの上で見届けた、角が生えた白い毛並みの仔猫のようなモンスター――ニアが近づいてきて足にまとわりついてくる。

「今日の分の治癒ポーションに、要請のあった統合強化ポーション『マリオン』必要数製作完了。品質に問題なし」

「ニァー」

まだ昼前だった。魔法工房に改装した自宅で俺は今日の分の仕事を終え、息をついた。

肉体を強化し病気や毒への抵抗力を上げる統合強化ポーション『マリオン』は、身体を強靭にし戦闘力を著しく上げる。そのため辺境伯軍へ頻繁に納品がある。
材料費は高くつくので大量に製作するのは難しい。とはいえ、使い勝手がいいのか日々製作の依頼と材料費が辺境伯軍より支給されている。日常的にストックして有事に備えておこうということだろう。

一年前に起きた研究者ギルド『時計塔』や《神格タキオナの召喚》に絡んだ騒動のような事件がまた起きるとも知れない。

ここは王国で一番の辺境、山岳が連なる危険地帯『異邦』に面する辺境伯領だ。最近平和だとはいっても、気は抜けないだろう。

「お昼にするか、ニア」

俺はお昼の支度をする。大量に作って、サフィさんの工房へ持っていく分は取り分ける。

魔法薬術工房を手に入れて独立したが、俺の日常はそれほど変わっていない。

相変わらずサフィさんのところに食事を作りに行くし、要請があれば手伝いに行く。サフィール魔法工房とはお隣なので、何かと駆り出されるのだ。

「しばしまったりするのもいいな、ニア」

「ニアー」

俺は窓から差し込む暖かな陽光で日向ぼっこをしているニアの頭をなでた。

ニアは気持ちよさそうに頭を少し俺の方に向けてじっとしている。

外で遊ぶにはいい天気だ。

けれど、午後は引きこもって研究でもしようかな。それくらいしかやることないし。

「しかしお前もともと人間なんだよな」

「?」

「ずっとモンスターの姿のままでいいのか?」

「ニアー」

ニアはよくわかっていない様子で鳴いた。

彼女の父親、マリオン・アルフレッドは獣になる前は人間だった。本来、ニアは人間として生まれてくるはずだった。

モンスターの姿は本意なのだろうかとたまに思う。
生まれたときからニアは猫のモンスターのような姿だったらしいので、不便やストレスはなさそうだが。

「しかしもう一年か……早いなあ」

この一年で、日常はあまり変わっていないように感じる。俺がやったことといったら、統合強化ポーションを少し改良したくらいだ。

事件がないって、平和だ。

一息ついていると、扉をノックする音がする。

俺が扉を開けると、

「やあ、様子見に来たよ」

雇い主であるロウレンス・クリムレット辺境伯がニコニコしながら立っていた。見事な髭のおじさんで、腰に短剣を差している。

俺は少しかしこまって、クリムレット卿を中に入れる。

そして身構える。この人がわざわざ訪ねてくるなんて、何か面倒な頼みを押し付けるときくらいである。

「どうだい? 独立してみて、一年は経ったと思うが」

家にある一番いい茶葉で紅茶を淹れ、クリムレット卿に差し出す。

おいしいねこれ、なんて言いながら、やはりクリムレット卿はニコニコ顔を崩さない。

「おかげさまで、余裕をもって生活できています」

「それはよかった。余裕があるなら、お手伝いさんとか弟子とかとったらどうだい? さらに仕事が楽になるだろう」

「いや、俺なんてまだ半人前に毛が生えたようなものですから!」

「そうかい? ……えっと、なんか怖がってる?」

「いえ、そんな、まさか……」

俺はドキドキしながら顔をそらした。それをニアがあきれたようなまなざしで見る。

「ところで、右目はまだ見えないんだよね?」

クリムレット卿が改まったように言った。

俺は頷いた。

「はい。もうある程度慣れましたけど、片目が見えないのは少し不便ではありますね」

一年前の戦いで失明した右目は、そのままだった。どんなポーションでも治せないし、時間が解決してくれるわけでもない。

平衡感覚が狂うことがあるし、戦いになれば右側が死角になる。たまに生活に不便が出るときがあるのだ。

「まあ、ポーションで無理やり『魔眼』なんていうとんでもない能力を使った代償としては、軽い副作用だと思うしかないです」

俺は苦笑しながら答えた。

「もしかしたら君の目を治せるかもしれない魔法使いを知っている」

「えっ」

クリムレット卿は少し神妙な顔になって言った。

「大魔法使いラズリーズ・オーラリック。稀代の魔法使いザイン・ジオールと肩を並べるほどの実力を持つ人物だ。彼女に会いに行ってみないか?」

「そんな人物が」

あのザイン老師と同等の人物……大魔法使いラズリーズ・オーラリック。

いったいどんな変、いや、個性的な人物なんだろう。ザイン老師を基準にしてしまうと、どうにも常軌を逸した想像をしてしまう。

「彼女は古代魔法の研究もしていてね、話をしたらぜひ会ってみたいと言っていたんだよ。だから、まず話をしに行ってみないか」

「ああ、古代魔法の。では俺が古代の魔法書を持っているのをご存じで、それで会ってみたいと言っているわけですか」

「それも含めてなんじゃないかな。目を治してくれるかどうかは、会ってから判断してくれると思う。ただ、治せる、とは言ってなかったけどね」

クリムレット卿は言った。

それでも、どんな状態か見てくれるのはありがたい。

「ぜひ訪ねてみたいです。もしかしたらここから副作用がさらに悪化する可能性もありますから」

俺の失明した目は治っていない以上、副作用は進行している最中かもしれない。失明だけじゃなく、ほかにも支障が出てくる可能性がある。幻覚とか、眼球由来での脳への負担がでてきたりとか。そのうち最悪の場合を迎えてしまうこともありえる。

そういう可能性がある以上、一度詳しい人に確認してもらうのはいい考えだ。

でも遠くにいる人なら、その分仕事を休まなければいけないのではないか。

「しばらく普段の仕事は休んで構わないよ。せっかくだし、別の所領や別の地域の魔法のことも学んで来なよ」

クリムレット卿は見透かしたように言った。

「それは、えっと、いいんですか?」

「きみにはずっとお世話になっているからね。旅行がてら尋ねてみるといい」

いつものような有無を言わせないような言い方だった。俺は頷いた。まあ、こういうのもたまにはいいかもしれない。

「ちなみにどこです?」

「王国の南端――城塞都市ヴェルドリンだ」

「城塞都市……」

頭の中の地図を探りながら、俺は頷いた。王都に行くよりは近い距離だ。

「ちなみに、このことは、みんなには一旦内緒でね」

クリムレット卿はにこにこしながら人差し指を立てた。

「は、はい……」

やっぱりなにか特別な事情があるやつだ。思いながら、俺はうなずいた。
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