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34 トントン、急ぐ
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寒さと豪雪のせいで人間は近づこうともしない険しい純白の山脈。そのすべてが霊域グラシアルである。グラシアル山脈とも呼ばれる。一年中雪が降り、その雪はほとんど溶けない。五百年前に見た光景と全く変わらぬ景色がそこにはある。
スノーフォールのいる深部は、グラシアルのなかでも最も到達するのが困難な場所。
俺はブーステッドを召喚し、霊域グラシアル深部までフルマラソン登山をすることに決めた。
「ぬおおおおっ!」
人間らしからぬ脚の速さで山を駆け登る。
足が埋まってしまうような柔らかい雪の上は、片足が沈む前にもう片足を前に出すことで走破可能だ。
「まずいまずいまずい! 完全に出遅れた!」
しかし深部まではどれほど急いでも一月程度はかかる。
いや、ブーステッドなら数日でたどり着いてみせる。
「だがこのペースなら魔王に追いつくどころか追い越せる! 待っていろスノーフォール!」
だがしかし体力は無尽蔵ではない。
午前中いっぱい走り抜いた俺は、距離としては四分の一ほどまで到達しているのを確認して、息をついた。
「ぜえ、ぜえ……くっ、少し体力の衰えを感じる。悲しいな、こんな時に」
まあしかし、かなり進んだ。このペースなら、明後日にでもスノーフォールのいる場所まで辿り着けそうだ。
岩場の窪みで、焚き火をすることに決める。木を切り倒して、適当な大きさの丸太にし、幹を削り、その上に火打石で火をつける。
雪ツノウサギを狩って、肉を捌く。カレー粉があるので無敵である。
しかし疲れた。
「大丈夫?」
「ああ、体力を回復させたらまた駆け抜ける。後々バテてしまわないためにも、こういう時こそしっかり休んだ方がいい」
言ってから、
「…………」
何拍子も置いて、俺は横を見た。
精霊スノーフォールが呆れ気味に俺を見ていた。俺は目を丸くした。
「うおおっ!? びっくりした! いたのか!?」
「リアクション遅っ」
「なぜここに? 魔王は?」
「暇すぎて迎えにきちゃった」
見た目は銀髪の美少女であるスノーフォールは、はにかんだように笑った。
優しいな。
「暇だったのもあるけど、魔王ちゃんのこと教えようと思って。あの子、まだネーヴェ・カメリアにいるよ」
「なんだと!?」
俺はずっこけた。
「なぜ?」
「なんか忘れちゃってるっぽい。グラシアルに来ること」
俺はさらにずっこけた。
「そんなことあるか!?」
「そんなことあるからこんなことになってるの。迎えに行って、ちゃんと二人で遊びに来てよ」
「ここまできたのにか」
「じゃないと、私の精霊剣、使わせてあげないよ」
「ぐぬぬ……」
それは一番困る。
「それを言われては従う他ないな」
「やった! ありがとう!」
「遅れて入れ違いでこちらに来ることはないよな?」
「そうなったら教えるよ」
スノーフォールは、魔法陣を展開すると、何らかの魔法を発動する。
魔法陣の中心に雪が集まったと思ったら、八歳児ほどの少女が形成される。顔立ちがスノーフォールそっくりの子どもだった。
「今、私の魔力を使って自分の分身を作ったわ」
「驚いたな。そんなことができるのか」
「ここは私の霊域。グラシアル山脈全てが、私の魔力源だもの。この山々がなくならない限り、私はここではなんでもできるよ」
スノーフォールの分身は、俺の方まで歩いてくると、
「よろしくねトントン!」
スノーフォールそっくりの声で挨拶した。
「この『ちびフォール』を連れて行って。グラシアルの影響がある地域なら魔王ちゃんのだいたいの居場所を感知できるし、いろいろ助けになってくれるから」
「お、おう。このちびフォールとやらにも意識があるのか?」
「あるよ!」
とスノーフォールに代わってちびフォールは答えた。
「意識も記憶も共有してるから、その子も私だよ」
スノーフォールが補足する。
「混乱してきた。魂とか心とか、そういうのはどっちについてるんだ?」
「どっちも私だから、どっちも」
「なるほど。受け入れるしかないな。……精霊のやることは、人間の常識じゃ測れん」
「褒め言葉として受け取っておくよ。じゃあ、よろしくね。行ってらっしゃい」
「…………」
「どうしたの?」
「戻るのか……また半日かけて。気が重いぞ」
「がんばれー」
いきなり地吹雪が起こったかと思うと、スノーフォールは忽然と姿を消した。
せっかく途中まで登ったのに下山……気分が沈む。
ちびフォールが俺の肩をポンと優しく叩いてくれる。
「さっさといくよ!」
「ああ……そうだな」
「もー! 言葉でそう言ってても全然動かないじゃん!」
「おじさんにはつらいんだ、こういうの」
「伝説の勇者パーティにいた剣士が何言ってんの!」
三十五歳の体には堪える。
ちびフォールが俺の腕を引っ張って出発しようとするが俺は断固として動かない。
もうちょっと休憩させてくれ。頼む。腕を引っこ抜かないでくれ。
スノーフォールのいる深部は、グラシアルのなかでも最も到達するのが困難な場所。
俺はブーステッドを召喚し、霊域グラシアル深部までフルマラソン登山をすることに決めた。
「ぬおおおおっ!」
人間らしからぬ脚の速さで山を駆け登る。
足が埋まってしまうような柔らかい雪の上は、片足が沈む前にもう片足を前に出すことで走破可能だ。
「まずいまずいまずい! 完全に出遅れた!」
しかし深部まではどれほど急いでも一月程度はかかる。
いや、ブーステッドなら数日でたどり着いてみせる。
「だがこのペースなら魔王に追いつくどころか追い越せる! 待っていろスノーフォール!」
だがしかし体力は無尽蔵ではない。
午前中いっぱい走り抜いた俺は、距離としては四分の一ほどまで到達しているのを確認して、息をついた。
「ぜえ、ぜえ……くっ、少し体力の衰えを感じる。悲しいな、こんな時に」
まあしかし、かなり進んだ。このペースなら、明後日にでもスノーフォールのいる場所まで辿り着けそうだ。
岩場の窪みで、焚き火をすることに決める。木を切り倒して、適当な大きさの丸太にし、幹を削り、その上に火打石で火をつける。
雪ツノウサギを狩って、肉を捌く。カレー粉があるので無敵である。
しかし疲れた。
「大丈夫?」
「ああ、体力を回復させたらまた駆け抜ける。後々バテてしまわないためにも、こういう時こそしっかり休んだ方がいい」
言ってから、
「…………」
何拍子も置いて、俺は横を見た。
精霊スノーフォールが呆れ気味に俺を見ていた。俺は目を丸くした。
「うおおっ!? びっくりした! いたのか!?」
「リアクション遅っ」
「なぜここに? 魔王は?」
「暇すぎて迎えにきちゃった」
見た目は銀髪の美少女であるスノーフォールは、はにかんだように笑った。
優しいな。
「暇だったのもあるけど、魔王ちゃんのこと教えようと思って。あの子、まだネーヴェ・カメリアにいるよ」
「なんだと!?」
俺はずっこけた。
「なぜ?」
「なんか忘れちゃってるっぽい。グラシアルに来ること」
俺はさらにずっこけた。
「そんなことあるか!?」
「そんなことあるからこんなことになってるの。迎えに行って、ちゃんと二人で遊びに来てよ」
「ここまできたのにか」
「じゃないと、私の精霊剣、使わせてあげないよ」
「ぐぬぬ……」
それは一番困る。
「それを言われては従う他ないな」
「やった! ありがとう!」
「遅れて入れ違いでこちらに来ることはないよな?」
「そうなったら教えるよ」
スノーフォールは、魔法陣を展開すると、何らかの魔法を発動する。
魔法陣の中心に雪が集まったと思ったら、八歳児ほどの少女が形成される。顔立ちがスノーフォールそっくりの子どもだった。
「今、私の魔力を使って自分の分身を作ったわ」
「驚いたな。そんなことができるのか」
「ここは私の霊域。グラシアル山脈全てが、私の魔力源だもの。この山々がなくならない限り、私はここではなんでもできるよ」
スノーフォールの分身は、俺の方まで歩いてくると、
「よろしくねトントン!」
スノーフォールそっくりの声で挨拶した。
「この『ちびフォール』を連れて行って。グラシアルの影響がある地域なら魔王ちゃんのだいたいの居場所を感知できるし、いろいろ助けになってくれるから」
「お、おう。このちびフォールとやらにも意識があるのか?」
「あるよ!」
とスノーフォールに代わってちびフォールは答えた。
「意識も記憶も共有してるから、その子も私だよ」
スノーフォールが補足する。
「混乱してきた。魂とか心とか、そういうのはどっちについてるんだ?」
「どっちも私だから、どっちも」
「なるほど。受け入れるしかないな。……精霊のやることは、人間の常識じゃ測れん」
「褒め言葉として受け取っておくよ。じゃあ、よろしくね。行ってらっしゃい」
「…………」
「どうしたの?」
「戻るのか……また半日かけて。気が重いぞ」
「がんばれー」
いきなり地吹雪が起こったかと思うと、スノーフォールは忽然と姿を消した。
せっかく途中まで登ったのに下山……気分が沈む。
ちびフォールが俺の肩をポンと優しく叩いてくれる。
「さっさといくよ!」
「ああ……そうだな」
「もー! 言葉でそう言ってても全然動かないじゃん!」
「おじさんにはつらいんだ、こういうの」
「伝説の勇者パーティにいた剣士が何言ってんの!」
三十五歳の体には堪える。
ちびフォールが俺の腕を引っ張って出発しようとするが俺は断固として動かない。
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