上 下
33 / 86

33 魔王、開放される

しおりを挟む
男たちが孤児院を出て行った後、パースターはよろりと起き上がる。

「ああ、くそ、みんなの朝食が台無しじゃないか」

「あやつらは?」

魔王は片付けを手伝いながら、パースターに尋ねた。

「ああ、西部貧民街を根城にしている金貸しだよ。金など借りていないのに金を返せと言われていてね。タチの悪いタカリ屋さ。ああいう脅しに勝てず、金をせびられた人たちは悲惨だよ。死ぬまでずっとたかられ続けるんだから」

「記録があると言っていたな。借用書を書いた覚えは?」

「難しい言葉を知っているね。ないよ。私も、妻もね」

「ほう? なるほど、それは災難だな」

魔王はそれから、孤児院にいる子どもで、一番ビクビクしていた十歳ほどの少年ラッセルに近づく。

ラッセルの片付けを手伝いながら、いまだ蒼白になっている顔色を見やった。

「貴様か? 金を借りたのは」

そして魔王は耳打ちした。
ラッセルはびくりとして、目を丸くした。

「え……? どうして……」

「どうしてわかったかといわれれば、まあ態度を見ていればわかる。他の子供はわけもわからずビクついて夫婦らのことを心配そうに見ていたが、貴様だけは顔がわからないようにずっと後ろを向いていたな? その上で、一番怖がっていた。あとは我の勘だ」

「…………」

ラッセルは、目に大粒の涙を溜めて、小さい声で話した。

「お、お菓子を買いたくて、そしたら知らないお兄さんが貸してくれるって……」

「なにも知らずに借りたわけだな」

「次のお小遣いの時に返せばいいと思って……、でも、そしたら、一ヶ月経ったら、返さないといけないお金がたくさんになってて……」

「利子か。いくら借りた?」

「五百バードル」

「それがひと月で五百万か。暴利ではないか」

「紙も書かされて、父さんと母さんの名前も書いてって言われて……」

「借用書は証拠になる。承諾してしまった貴様の落ち度だ」

「僕は、どうしたらいいの……?」

「精霊にでも祈っているんだな」

にべもなく言って、魔王はラッセルから離れた。

子どもたちは皆細い。肉が食べられないのもあるし、生活がいつもぎりぎりであることが見受けられる。
お菓子の一つや二つくらい、食べたくもなろう。

片付けが終わって、魔王はあらためてパースター夫妻に別れを告げた。

「待って。せめてこれを着ていって」

パースター婦人は、お下がりらしい子供用のかわいらしいコートを魔王に着させる。

「いらん」

「いいから。気持ちよ」

「……ふん、まあ、もらってやらんでもない」

コートは少し古かったが、温かかった。

それから、パースターに向けて、声を潜めて言った。

「気づいておったのだろ。子どもの一人が騙されていたことを。しかし子どもを傷つけまいとして、なにも知らないフリをしている」

「ウルカちゃんは、賢いね」

「このへんの法律とかは知らんが、実際に金を借りたとはいえ、子どもに責任はない。行為としては不正だ。そうだな? 領主とかが守ってくれないのか?」

「やつら、憲兵に賄賂を払っている様子だったから、信用はできないよ」

「腐っておるな」

「まあ、ああいう悪い大人から子どもたちを守るのも親の役目さ。腕っぷしは強くないから、こうして虚勢を張って我慢することしかできないけれど」

「あこぎなやり方で金を揺するあやつらが悪いな。しかし、ああいった手合いは、思い通りにいかないと暴力で相手を従わせるものだ。さっきのようなことが、だんだんひどくなってくる。そうなったときはどうするのだ?」

「私が殴られて済むのならいいのさ」

「ふん、甘いな。甘すぎる」

「だろうね」

「だが正しい。暴力はより強い暴力によって滅びるものだ。それを期待してじっと殴られながら待つのは、一つの手であろうよ。報われんことの方が多いだろうがな」

「はは……まあ、それしかできないからね」

「ふん、弱い人間はこれだから困る」

魔王は、孤児院のドアを開けた。

寒さは感じない。着させられたコートのせいではない。
魔王は魔力に対しての防御耐性が高い。霊域グラシアル由来の魔力による雪と寒さは、それほど脅威ではなかった。

「せいぜい部屋の隅でガタガタ震えているがいい。弱者にはそれが似合いだ」

苦笑いしながら手を振る夫婦を尻目に、魔王は孤児院を後にする。



貧民街を歩く。
少し遠くには、西部の貴族たちの住む豪邸が軒を連ねている。
クインタイルに比べると、ずいぶん貧富の差が激しい。
整備されていないくたびれた薄暗い路地を進んでいた時、魔王は厚手のコートを着た三人の若い女に声をかけられた。
三人の若い女は膝をつく。

「ウルカ様、奴隷組、先ほど到着いたしました。人売り組は、門番と一悶着あり、到着が遅れております」

クインタイルから一足遅れてやってきた、仲間の元奴隷たちだった。

「雪の積もった道の上で膝をつくな。冷たかろう」

魔王は魔力を抑えた《獄炎》を焚き火代わりに使い、元奴隷組たちを温め、

「よくついてきてくれた」

ねぎらいの言葉をかける。

「魔法など、我々にはもったいありません」

「よい。堪えるであろう、ここの寒さは。聞けば霊域由来の寒さらしいからな。厚手のコートとマナ・クォーツでようやく寒さを凌げる程度らしい」

「ウルカ様も、よくご無事で」

「うむ。早速だが、用を頼む」

「何なりと」

「このへんで悪どい方法にて金貸しをしているファンコイル商会とかいう組織がある。その本部の場所を調べよ」

「おおせのままに」

「ずいぶん堂々と悪さをしている組織のようだ。調べが済むまで一日もかからんと踏んでいるから、ここでしばし待つ。すぐにやるのだ」

三人の女は頷いて、足早に散って行った。

「暴力は、より強い暴力によって滅びる」

降り積もる雪を眺めながら、魔王はもらったコートのぬくもりを感じる。
霊域の寒さには強い。しかし、やはりコートを着ていると温かいと思う。悪くない。おせっかいでも、お世話されるのは。

「そして、魔族にも情がある。……一宿一飯の恩を返すくらいのことは、させてもらおうか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

処理中です...