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32 魔王、孤児院で引き止められる

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ゼノンことトントンがネーヴェ・カメリアを出発する少し前。

ネーヴェ・カメリア西部地域に、魔王はいた。

「我は! 出発せねばならないのだ!」

魔王は西部貧民街にある孤児院にいた。
町を彷徨っている際、孤児院を切り盛りしているパースター夫婦に声をかけられ、魔王もこれで宿の確保ができると軽い気持ちでついて行ったのが運の尽きだった。

そこで一晩寝泊まりをし、朝早くに出て行こうとしたところを捕まえられた。

そして、「朝食にパンを焼いているから食べて行きなさい」と、そう言われて引き止められたのだった。

パースター夫婦は子供好きの心優しい二人だった。

だから、一人で寒い町をうろついていた魔王が可哀想で仕方がなかった。

「まあまあ、いいじゃないか。朝ごはんくらい食べなさい」

「そうよ。お父さんとお母さんがいないんでしょう? だったらこの場所でしばらく休んで行ってちょうだい」

もう出て行くと言っているのにずっとこの調子だ。

手を離してくれず、魔王は筋力も弱っているため力で振り払うこともできない。

「一晩泊まらせてくれて感謝はしておる! しかし我はいかねばならぬぅぅぅ!」

婦人に抱きしめられ、それを振り払おうと魔王はもがく。

こんなことなら、東部と言ったゼノンに対抗しようとして、反対に西部と言わなければよかった。
理由なんて、一緒の意見になるのが嫌だったくらいしかない。

「ダメだ。放っておけないよ。外は寒いだろう? ここには暖炉もマナ・クォーツもあるから、ゆっくり温まって行きなさい。まあ、われわれも贅沢はできていないが、どうにか生きてきけるくらいの生活はしている」

「そんなローブ一枚じゃ死んでしまうわよ」

ずっとここにいてもいいんだよ……。

そう優しい言葉で言われた。

「そうだよ、ウルカちゃん!」

「一緒に遊ぼうよ!」

孤児院にいた子どもたちにも引き止められた。

「やめえええい!」

たしかに泊まらせてもらう時、か弱い少女のような感じで夫婦と接した。その方が手厚い庇護を受けられると踏んだからだ。それがこのような形で自分の足を引っ張ってくるとは思いもよらなかった。
夕食は、肉がなく質素だったが満足だった。寝床は、固かったが布団は暖かかった。ずっといてもいいと言われれば、いてもいいのではと思ってしまう。魔王がただの子どもであれば、だが。

「ええい! すまなかった! 我は大人なのだ! 泊めてもらって感謝はしている! しかしこれ以上遅れると、あやつに負けてしまうではないかあぁぁ!」

自分で言った以上、待ち合わせ場所に早く着く勝負に負けるわけにはいかなかった。

そんな攻防を繰り広げていると、

「邪魔するぜ!」

柄の悪い男が五人ほど、孤児院の中に入ってきた。

「ファンコイル商会の皆さん……」

パースターは苦い顔をする。

「お邪魔してすいませんねえ。この間の件で、借金のご返済に伺ったのですが」

男たちの中心にいた眼鏡をかけた男は、やんわりと言った。
顔に大きな傷がある。

「…………」

夫婦への抵抗をやめた魔王は、静かにそれを観察する。
明らかに堅気ではない。犯罪組織に身を置いているとすぐにわかった。

「この間は知らないとおっしゃいましたが、たしかに借りておられましたよ。ただいま利子が膨らんで、五百万バードルほどになっていますが」

「何度も言いますが、借りた覚えはありませんよ」

パースターが妻を守るように前に出て言うと、

「はあ? 記録があると言っているのですが」

男の態度が剣呑な雰囲気を持ち始める。

「なにも五百万いっぺんに返してくれなんて言ってねえ。毎月少しずつでも返せって言ってるんだよ。可能だろうが!」

声を張り上げる。パースター婦人がびくりとなり、子どもたちは部屋の隅で固まっている。

「なんだったらそのガキどもやこの家を担保にしたっていいんだぜ?」

「それは死んでもできません」

「心優しい貴族様が寄付をしてくれてんだろ? それをよこしてくれりゃあいいんだがな」

「それは、食っていくのに精一杯で一切残ってはおりません」

「だったらどうにか金を作りやがれ!」

男は、パースターを殴りつける。

「ぐっ!」

殴られたパースターは朝食の用意してあったテーブルに突っ込んで倒れた。

「ふん、次来るまでに金を用意しておけ。でなければこの家と土地を担保にしてもらうぞ」

「…………」

横柄な態度のまま、男たちは孤児院を出て行った。
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