おじさん無双

鶴井こう

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30 冬の町ネーヴェ・カメリア

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俺がネーヴェ・カメリアに来て、一晩過ごした後の朝である。

粉雪がちらちらと降っているのを窓越しに確認しながら、俺は宿屋の主人に礼を言う。

「もう行くんですかい?」

「ああ、世話になった」

俺はネーヴェ・カメリア東部にある宿を出ていく。

昨日、グラシアル山脈の麓にある冬の町ネーヴェ・カメリアに入った途端である。
門番に、

「初めてのご滞在で。では、東部にご滞在ですか? それとも西部にご滞在ですか?」

と聞かれた。

この町は旅人一人一人にいちいちそんなことを聞いているらしい。ちなみに持ち物検査もされた。

どちらでもよかったので「東部」と答えると、ネーヴェ・カメリア東部滞在中と書かれた札を渡され、
東側の門を通された。

「二つほど訊いてもいいか?」

俺は宿屋の主人に尋ねた。

「なんでしょう?」

「なぜ同じ町なのに半分に隔てられている?」

城壁で囲まれた町の門の真ん中には、同じくらい巨大な壁が建造されており、東の地区と西の地区にわかれていた。

「この町は昔からそうなんです。東と西に分かれていて、住民はそれぞれにわかれて暮らしています。東西の物流は中心にある精霊教会を通して盛んに行われていますので、完全に分かれているわけではありません」

「なるほど……不思議な町だな」

グラシアルの麓の町には、昔訪れたことがある。ネーヴェ・カメリアという名前ではなかったし、訪れたときは村くらいの規模でこれほど大きくはなかったが……ここもクインタイルと同じで、五百年かけて少しずつ発展していったのだろうか。

「それで、もう一つは?」

「市場への行き方を教えていただきたい」

宿屋の主人から、目的地の場所を教えてもらう。

「お客さん、冒険者様で?」

宿屋の主人が、俺が腰に下げていたブロードソードを見て言った。

魔力消費や周囲の被害を考えると、おいそれと精霊剣を抜くわけにはいかない。精霊剣でなくても対処できるものに関しては、腰に下げている普通の剣を使うことにしている。

「ああ。見てくれ。Eランクだ。データベースにも登録されている」

俺は得意げになって、冒険者登録証を宿屋の主人に見せる。

「ああ、そうでしたか。冒険者様でしたら、気をつけたほうがよろしいかと」

「何がだ?」

「この町は、狩り場が東部と西部で分かれてますので」

「そうなのか?」

「東部にご滞在中なら、東部の狩り場でお願いします。それぞれの狩り場に間違って入ってしまうと、憲兵に捕まってしまうおそれがあります。詳しくは、冒険者協会でお調べになったほうがよろしいかと」

「ああ、ここには食料の買い出しくらいしかしない予定だ。心配はない」

「そうですか。……ところで、お客さん、寒くないんですかい?」

「ん?」

ここの住人やここを訪れる者たちは皆厚手の外套を着ていた。
俺は薄手の服一枚だったので、宿屋の主人が心配したのである。

「差し出がましいですが、コートやマナ・クォーツなどを買ったほうがよろしいかと」

「ああ、心配は無用だ。少々寒さには耐性がある」

「そうなんですか?」

「このままグラシアルを踏破できるくらいにはな」

「ええっ!?」

精霊スノーフォールの精霊剣は、その剣の特性のために寒さや凍結の耐性も一緒に与えられる。

スノーフォールのおかげで、この特性だけは使えるようにしてもらえた。スノーフォールの待つグラシアル深部までは、身一つで行くことができる。

「……お、お客さん、人間ですか?」

「この通り人間だ」

「この通りなら人間超えてますがね!」

やせ我慢していると本当に死にますよ! と、キレ気味の店主に釘を差された。
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