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27 霊域グラシアル

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いや、岩場だと思っていたものは、よく見たら巨大な横たわる雪だるまだった。ちゃんと目と口も表現してある。

「これどう? 自分で雪玉転がして作ってみたんだけど」

精霊スノーフォールは、その家のように巨大な雪だるまに腰掛けながら無邪気に言った。

「でかすぎるだろ。中を空洞にすれば人が住めそうだ」

「それ、いいね! そしたら人間が祠とか作るかな?」

「いや、無理だな。お前のいる所へ到達するまでに死者が積み上がる」

常に冷気と雪で彩られる霊域グラシアルは、生命の多くが存在できない過酷な環境だ。

そもそも精霊スノーフォールへ到達するまでが、困難すぎる試練なのである。

「――ふん、霊域か。我が召喚される日が来ようとは」

横から、小さい赤い塊が物珍しげにつぶやいた。魔王だった。

「おい魔王なぜいる」

「知らん。我も呼ばれた側ぞ」

「なんだと?」

すると、スノーフォールが俺と一緒に魔王も呼んだのか。

「まあまあ、いいじゃん」

スノーフォールは楽しげだ。

「はじめまして、あなたが魔王さんね?」

「うむ。よろしく頼む」

二人の挨拶も早々に、俺は魔王より前に出て言った。

「スノーフォールよ、単刀直入に言うが、また精霊剣の力を貸してくれ」

「本当にどストレートに来たね。ま、トントンらしいけど」

スノーフォールは肩をすくめる。

「ほう~、この霊域の精霊剣が使えないとな? いい情報を得たな~」

魔王がことさらに煽る。

「やかましい。すでにお前にバレていることは百も承知だ。しかしどの程度使えないかまではわからんだろう」

「その様子ではお得意の《精霊王の剣》も使えないのだろ? ん?」

「お前こそいつになったら全盛期の魔力を取り戻すんだ? 数百年後か?」

「その気になれば今すぐに取り戻せるぞ」

「なら今すぐ殺し合いでもするか?」

「やぶさかではない。死ぬのは貴様だがな?」

睨み合ったところで、

「やめなさい! どっちももう帰ってもらうよ!」

スノーフォールが諌めた。

こうあっては弱い。精霊の機嫌を損ねないよう、喧嘩だけはやめておかなければ。

「ふん!」

「ふん!」

俺たちはお互い同時にそっぽを向いて黙った。

「……で、どうだ? スノーフォールよ」

「また力を貸してあげなくもないよ」

スノーフォールは笑った。

「ありがたい。では……」

「条件があるんだけど」

「なんだ?」

「うちに遊びに来て?」

「…………」

「あれ? ノーコメント?」

「なぜ?」

「暇だから」

「ここでこうして話すだけではだめなのか?」

「今は心だけ切り離してるだけ。時間も過ぎてないし、体はべつのところにある。そういうことじゃないの。実際に遊びに来て時間を共有してよ、ってこと」

「わかった。では遊びに行くとしよう」

「うん、いいね! じゃ、待ってるから!」

吹雪が濃くなってくる。

完全にスノーフォールの姿が見えなくなってしまう前に、

「待て、スノーフォールよ」

魔王が言った。

「ん?」

吹雪が薄くなってくる。

「一つ聞きたい」

魔王からの言葉に、待ってましたと言わんばかりの表情になるスノーフォール。

「魔王さんが何の質問かな?」

「魔族は、まだ滅んでおらんか?」

その言葉を聞いたとき、俺は眉をぴくりと動かした。

たしかに、それは気になる情報だ。もし滅んでいなければ、魔王が新たな魔王軍を作り再び人間の国に攻めてくることがあるかもしれない。五百年前、魔王ディアブロという絶対強者が封印された以上、立場が弱くなっているのは確実だとは思うのだが。

「それは、知りたいだろうねえ」

「うむ」

そもそも精霊が魔族に対してそんなことを答えるのだろうか?

考えていると、

「まだ滅んでないよ」

やけにあっさりスノーフォールは答えた。

「!」

まだ脅威がなくなっているわけではなかったのか。五百年たった今でも。

「どこに行けば会えるか、知りたい?」

「うむ! 教えてくれ!」

「グッドフェロウ。その境界とその向こうの魔界と呼ばれている地域に、まだ魔族はたくさんいるよ」

「やはりそこか」

「そうそう。それこそたくさん、ね」

話しているところで、

「おい、待て。精霊は人間の味方じゃないのか。なぜ魔族にそんな情報を教える?」

俺は口を挟んだ。

「精霊は、精霊が気に入った者の味方よ」

「魔王だぞ」

「だって可愛いんだもん」

「それだけか」

魔王を抱きしめて満面の笑みを作るスノーフォール。魔王は勝ち誇ったような顔をしている。
どうやら精霊の趣味は人間には理解できんようだ。
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