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悪魔の門出

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「……やっぱり居やがったかこのクソガキ。覚悟は出来てんだろうなぁ?」
「…………」

 薄ら嗤いを浮かべていた男はしかし、小屋の中を見渡して顔色を変える。

「……おい、あいつを何処へやった?」
「…………」
「何処へやったと……聞いてんだよっ!」

 そう詰め寄る男に、サレアは不敵に嗤い返した。

「もういないよ。残念でした」

 男のこめかみに青筋が浮かび上がる。怒りで顔が赤らみ、歯を剥き出しにしながら脇に差した剣を鞘から引き抜いた。

「ブッ殺すっ!!」

 男がサレアに向かって剣を振り上げる。

「――っあの子は、優しい子! 明るい未来が、きっとあるっ!!」

 サレアは臆する事無く言い放つ。それは男に向けた言葉か俺に向けた言葉か……
 言い切ると同時、男の剣が、サレアへと振り下ろされた。

 まるでスローモーションのようにサレアが崩れ落ちていく。闇の中から見るサレアの姿は微かな宵明りに照らされて、まるで影絵のように俺の目には映っていた。黒いその人影が、暗い闇の中へと吸い込まれていく。

 そして、俺に掛けられたサレアの魔法が解けたのだった。




「クソッ、絶対に探し出してやる……諦めてたまるかっ!」

 返り血を袖で拭いながら、男が扉の方へ向きを変える。男の背後で俺はゆらりと立ち上がると、手を縛る紐を火の魔法で焼き切りながら、闇の中より歩み出た。
 男が気配を感じ、振り返る。

「……何だ、そこに居たのか」

 ニタァといやらしい嗤いを浮かべ、男がこちらに向かって歩いてくる。その様子を、俺は何の感情もなくただ見続けた。



 サレアが死んだと分かった瞬間、俺の中でまた不思議な力が湧き出した。それをまたも感覚で理解すると、後は身体が本能で動き出す。

 男の顔が眼前に迫った時、その汚い横っ面を手の甲で払い飛ばした。男が吹っ飛び、壁に激突する。一瞬驚いた顔を見せた男はしかし、すぐに立ち上がって獰猛な雄叫びを上げながら俺に斬りかかってきた。怒りで理性を失くしたケダモノの剣を手でいなし、脇腹を思いきり蹴り飛ばす。男の手から剣が離れ、身体は盛大に床へ転がった。

「ガハッ!! ……何なん、だよ……お前、何なんだよっ!?」

 男の顔に明らかな動揺が走る。今起こっている事が理解できず、しかし、本能的に危険が迫っているのは分かっているようだ。

 俺はそんな男を見下ろしながら両の拳に力を込めると、男の顔面目掛けて連打の雨を降らせる。

「ガッ、ゴボォアッ……グゲッ、ゴアッ」

 男の鼻が潰れた感覚が手に伝わる。歯が折れた音が耳に響く。血飛沫が床に飛び散るのが目に入る。

 男がしようとしていた抵抗を止めたのを見て、俺はその手を止めた。

「ぞの、ぢがら……おがじぃ……だろ……おばぇ、ぎゅうに……なんな……だ」

 歯の無い口から血を流し、途切れ途切れに男が言葉を投げ掛けてくる。デコボコに腫れた顔に圧迫されて、埋もれた目には恐怖の色が浮かんでいた。俺は男の姿を見て思う。

 ――サレアはあんな簡単に死んだのに、こいつは全然死なないんだな……

 不思議と心は凪のように静かだった。何の感情も抱かず、俺は自然に男の額へと手を伸ばす。そして頭を鷲掴むと、その手に力を集めて魔法を発動した。

「……“浄化の光”」

 眩く発光した白い光が男に流れ込んでいく。頭から顔、そして首……順を追ってビキビキと血管が浮き立ち、それが進むにつれて男の苦渋に咽ぶ叫び声が大きくなっていった。

 本来、人に対しては使わぬ聖なる魔法。それを魔力の少ない、それも対極にある人間に使う事がどんなにおぞましい行為であるかは分かっていた。



 この世界では生きとし生けるモノ全てに魔力がある。しかし、その量や強さは千差万別。そしてその質は異なる二つに分けられる。白と黒――このどちらかに、必ず分類されるのだ。
 魔力の質はその見た目に反映される事が多い。特に髪色。それを見れば相手が黒い魔力の持ち主か白い魔力の持ち主か、だいたいは判断が出来る。

 俺が金髪であるのに対し男の髪はこげ茶色。この見た目から俺と男の魔力の質が対極である事は分かっていた。それを分かった上で、俺は男にこの魔法を撃ち込んだのである。



 俺は頭を掴んでいた手を離すと、のたうち転げ回る男を無表情のまま見下ろし続けた。

 苦悶の声を上げながら男が苦しそうに喉を掻きむしる。適合しない魔力が体中を駆け巡り、浄化しようと黒い力を破壊していく。その痛さと苦しみは想像を絶するものだろう。

 男が涙と鼻水、おまけに涎まで流しながらその汚い顔を俺に向けた。

「こ、の……悪魔……め……」

 俺は何の感情も宿さない目を向けたまま、床に刺さっていた剣を引き抜き、男の喉元へと突き刺した。


 怒りも憎しみも、もちろん悲しみなんてものもない。そして息絶えた男の姿を見ても、心に感情が湧く事は無かった――




 ******




 俺はサレアの亡骸を腕に抱き、開いた鳥籠から一歩外へ踏み出した。雪が止み、真っ白な白銀の世界を綺麗な月が照らしている。一歩、また一歩と歩き出すと、俺の足跡だけがその白い大地に刻まれていった。


 格子の間からずっと見ていた景色の中に、一本の大きな木があった。その根元にサレアをそっと横たえる。顔にかかる髪を払い、手を胸元で組ませると、俺はその亡骸をじっと見詰めた。

 ――こんな結果で満足か?
「…………」

 もちろん、サレアからの返答はない。

 ――こんな結末、お互い望んでなかったはずだ
「…………」
 ――…………
「…………」

 そこへ一羽の小鳥が飛んできた。力強い羽ばたきで飛来すると、俺の肩にとまり、まるで慈しむ様に頬ずりをしてくる。

「お前か……慰めてるつもりなら必要ない」

 小鳥は小首を傾げ、なおも頬ずりを続けてきた。俺はそれを止める事なく立ち上がり、サレアへと背を向ける。

「お前の主人はもういない。自由に、好きな所へ行きな」

 それは自分へ言い聞かす言葉でもあった。


 人ですらなくなった俺に果たして自由などあるのかどうか……それは神のみぞ知ると言ったところだろう。そもそもとして、俺は神がいるとも思ってないが――


 もうあと少しで冬も終わる。春になればこの木の周りは綺麗な花々で溢れるはずだ。冬の寒さが彼女を守り、春になれば花の咲く大地が彼女を迎えるだろう。

 
 そして俺は名も知らないこの世界へ、一人歩み出したのだった。

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