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9 青竜視点
しおりを挟む意識を落とす間際にこぼされた、姫の言葉に。
黒いのが制服の下にあるのだろう首飾りとやらを片手で押さえた。
その黒いのに、訊いてみる。
「外せるか?」
「、、、無理だ」
「、、、塔に行くか?」
「、、、、、、、無理だ」
「、、、、、、竜体になれるか?」
「、、、、、、、、、、無理だ」
自分の身になにが起きているのか、正確に理解したらしい黒いのが、
「駄目だ。思考が誘導されていく」
「どんなふうに?」
「姫によりそいたい、と。本懐を遂げるまで、これは外れない」
ああ、うっとおしい。
うっとおしいけれど。
呪いとは、そういうものだ。
かけられた本人は、普通まず気づくことができない。
まわりも、明らかに様子が違えばおかしいと気づくけれど、一見普段と変わらないなら、なかなか気づかない。
まあ、今回は、竜としてはありえない行動の連続で、おかしいとこちらは思うことができたのだけれど。
そのおかしな行動をまわりが指摘したところで、本人はそれがどうしたで終わる。
今は、持ってきた茶器にわずかに残る番の気配と、姫本人の口から出た言葉で、一時的に正気になったようだけれど。
気づいたところで、根本的な解決にはならない。
厄介なものを、もらったな、と。
頭をかかえたくなったところへ。
「俺が暴走したら、俺から守ってあげてほしい」
黒いのがそう言う。
この先、望まぬことを強いられたとき。
呪いに抵抗をすれば。
自我が崩壊して。
暴走する可能性がある。
コントロールを失った体が、本能でなにを求めるか。
ひとつしかない。
「あの雛のほうが、強いだろう」
「きっとあの子は、俺を拒まない」
「死ぬまでそそぐつもりかこの変態」
「頼むからとめてくれ」
「俺よりお前のほうが、デカいんだが?」
「頼む」
まったく、と。
大きくため息をついて。
体当たりをして動きを止めて、赤いのに、レアとミディアムとウェルダンのどれかにしてもらえば、とめられるか?
ミディアムくらいなら、なんとか回復できるし、
ウェルダンでも、竜体なら、時間はかかるがなんとか、、、
ああでも、それだと今度は雛のほうが泣くのか?
いや、泣くだけならまだしも、その状況下で、俺たちは無事なのか?
雛のほうが暴走すればもう被害が予測不可能。
いずれにせよ。
「人間は馬鹿なのか賢いのか、わからなくなるな」
これは対処を間違えれば世界が滅びる。
ひっかかる馬鹿も馬鹿だけど。
俺は黒いのたちを残して慌ただしく兵士や召使いが集まりだした城の中庭を出た。
数日があっという間に過ぎて。
城の大広間で、人間たちが大勢、集まっている。
一年後の婚姻に向けて、今日、姫と黒いのが婚約式を行うから、それを見守り、祝うためだという。
人間の結婚はやはりややこしくて、高貴な者であるほど時間がかかるらしい。
城主の裁量により婚約式が行われたのち、王都の国王の許可を得て、一年後に結婚式が行われて、初めて夫婦となるのだそうだ。
俺たち竜とは、やはりまるで違う。
もうこのまま、本懐を遂げればいいのかと、ふと考える。
百年も経たずに人間は死ぬだろうし。
そうすれば、首飾りを外すことができて。
番の元に、なんの抵抗もなく行けるだろう。
黒いのを傷つける意図のない、呪い。
目的は、竜の種を人間と混ぜること。
人間との間に子ができれば。
なんという種族になるのか。
獣姿をもちながら人間のように二足歩行をするものを獣人というが。
彼らは、人化はしない。
人里を離れても、獣のようには暮らさず、獣人たちの集落で、独自の生活をする。
体中を体毛におおわれているから、服を必要とせず、美しい毛並みをととのえて暮らしている。
人里に出るときは、服というより、防具と外套を使う。
靴をはくより、自身の足で走るほうが速く、鋭い爪で大地を捉えて走る。
大なり小なり魔力をもち、その魔力を主に肉体強化に使うため身体能力に優れる。
番としか繁殖行動をしないため、数が増えない。
竜は、人化して人間に混じって人里で生活をしても、竜人とはいわない。
竜だ。
体のすべてが魔素で構成された、エネルギー体。
寿命は千年ほどになるが、滅多に生まれず、数は少ない。
繁殖に雌雄は関係なく、魔素を混ぜ合わせて卵をつくる。
次代をつくるのに数百年がかりで、世界に数頭しかいないため、互いを識別するのに名がいらず、まとう色や扱う魔力の属性で呼び合う始末。
人間は、竜や獣人より、はるかに身体能力が低く、体内に流れる魔素や魔力も少ないため、
魔力を肉体強化や自己治癒能力に使うが、獣人より劣る。
しかし、手先が器用で、繁殖能力に優れ、
そしてなにより環境適応能力に優れている。
あらゆるものを取り込んで、繁栄をする能力。
文明を築き上げ、獣人や、人化した竜と交流し、服飾文化を発展させ、本来なら服を必要としない獣人や竜に服をまとわせ、取り込んで、
今は、竜の種すら取り込もうとしている。
人間との合いの子ならば、おそらく体のつくりからしてまったく異なるため、竜体をもたず、俺たちが人化したような姿をとるのだろうか?
それを、新しく竜人と呼ぶのだろうか。
珍しい毛色をしたあの雛には、すべてを話した。
表情を変えることなく聴き終えた雛は、両隣で心配そうに見つめる雛たちに挟まれて、
しばらくじっとしたあと、
ありがとうございました、と。
ただそれだけを言った。
眼下には、城の大広間にひしめく人間たちと、
一段高くなっている所に立つ、顔色の悪い城主と、子息と、今にも倒れそうな姫と、黒いの。
あの日の城の中庭での騒動のあと、城主の元へ行き、黒いのが呪いにかけられていることを告げた。
塔に、黒いのの番がいることを伝えたら、城主は顔を両手でおおって呻いた。
教会の司祭は捕らえられ、背後関係の調査が行われている。
赤いのも交えて解術に関して話し合いをしたけれど、本懐を遂げるまで呪いの首飾りを外すことは危険だという結論になった。
婚約式を予定どおりに行い、
一年後に結婚式を挙げて。
姫との間に子をつくって。
姫が、寿命で死ぬまで。
そばによりそって。
あと、百年にも満たない時間ではあるけれど。
生まれた子は、この地や、あるいは王都の王族との婚姻などを通して、その血を人間との間に交わらせて、この国と、いずれは世界を守っていくのだろう。
この世界が始まって以来、交わることのなかった人間と竜との血の交わりに、集まった事情を知らされていない人間たちは喜んでいた。
今日は、
幼い頃に拐かされた姫を守った黒竜が、その姫と結ばれる、御伽話のラストを飾る、一日。
後世に、竜の血が交じり、国と、世界が安定する始まりの日として語り継がれるであろう、一日。
あるいは。
世界が滅びる分岐点の日。
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