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7 青竜視点
しおりを挟む俺たち竜が居住している塔から、馬車に乗って城に向かう。
有事の際や、城の外に魔獣討伐に行く場合などは竜体で飛ぶけれど。
今は特に急ぎではないから、人間と同じ方法で。
偶然、竜体で外に出ていて。
塔に帰ろうとして、門の辺りにおかしな気配がして。
向かってみれば。
同族だけど、明らかに自分よりも格上の竜がいた。
竜化していて、鮮明にわかる、その気配。
生まれたばかりの雛ではあったけれど。
生まれて何百年と経っている自分よりも、はるかに強い個体。
なぜか今にも竜化して飛んでいきそうな気配を感じて、急いでパクリと咥えて。
パクリと竜体の口に咥えられているのに、それ自体はまったくなんていうこともないかのように、他のことを考えている。
生まれたばかりの雛だけれど、自分のほうが強いのだと本能で理解しているから、怯えない。
その雛は、別のことに酷く怯えていた。
黒いのに、会いたくないと。
竜体で咥えているからはっきりとわかる。
この雛の中に、あの黒いのは魔素をこれでもかとそそぎ込んでいる。
羨ましい。
違う。
雛に手を出すとか変態か。
それだ。
いや、正直とても羨ましくは、あるが。
俺も変態か。
いや違う。
俺は相手の魔素が安定してから、好みをちゃんと把握して、巣をつくって、
求愛給餌を一発で決めてみせる。
それにしては、好みがさっぱりわからなくて、ちょっと、かなり、難航しそうではあるけれど。
手のひらいっぱいの金貨を見ても、いっぱいあるね、と言っていたのを思い出して。
巣に金貨をばら撒いても、たくさんありますね?で終わりそうな予感がする。
菓子を好むでもなく、草花にも興味なし。
光り物も駄目なら、あとはなんだろう。
フー、、っと。息を吐いて。
ちょうど、城に着いた。
この制服と、胸章で、俺はどこでもフリーパスで出入りできるから、あたりをつけて城の中庭に行く。
中庭に近づいてわかる、同族の気配。
向こうもこちらに、気づいただろうか?
人化すると極端に感覚が鈍るから、遠くの気配にうとくなってしまう。
竜体になれば、わかるけれど。
ちょうど竜化している最中で、よかった。
門のところの、あの雛の気配に気づけたから。
城の中を歩いて、石のアーチを抜けて。
要所に立っている兵士が礼をしてよこすのをかるく返して。
中庭の手前で一応、取り次ぎを頼む。
許可が得られたようで、人間の侍女が迎えにくる。
とても面倒ではあるが、人間はややこしいしきたりやごちゃごちゃとした手順を好む。
従わず勝手をすることもできるけれど。
ある程度、彼らに合わせてやるほうが利となることもあるので、従っている。
面倒であるけれど、しかたがない。
侍女の歩く速さに合わせ、ゆったりと城の中庭へ進めば。
咲き誇る色とりどりの花に囲まれたそこに、テーブルと、高価な茶器と、大きな皿にこぼれんばかりの美しい菓子たちが置かれ。
黒いのと城の姫が、茶を飲んでいた。
「ようこそおいでくださいました。青竜様。お茶をお淹れいたします。こちらにお座りになってくださいませ」
清楚な姫が立ち上がって出迎えてくれて、美しい所作で着席を促される。
この城塞都市の城主の息女で、この地の人間たちから姫と呼ばれる、高貴な女。
よく見れば、隠しているが、顔色が悪い。
幼少期に城主の遠い親戚の誰だったか、そんなのに拐かされて、
一晩の既成事実さえあれば即結婚?そんな窮地を黒いのが救って。
それ以来黒いのに懐いているとは、思っていたけれど。
はあ、と。
ため息が出そうになるのをなんとかこらえる。
それにしても人間の成長はまたたく間とはいえ、当時生まれて十にもなっていなかった人間の子どもを攫って既成事実をつくろうとするなど。
人間の考えることはよくわからない。
まあ、生まれたての雛に魔素をそそいだコレのほうが上か?と。
亜空間から茶器を取り出して。
その瞬間から、こちらを穴があくほど見つめてくるその視線の持ち主のことを、この変態、と胸中でののしって。
「塔でもらった茶と菓子がうまくて。黒いのにもと思ったが、姫と茶をしているのだから、こちらの茶と菓子のほうが華やかだったな。少し冷めてしまったし。もったいないことをしてしまった」
その、俺が持ってる茶器を、ガン見している視線に気づかないふりをして。
「竜の方々は同族想いなのですね。青竜様に喜んでいただけた茶と菓子を、塔がご用意できましたこと、よろしゅうございました。こちらの茶葉と菓子も、お味見をされませんか?」
「もらおう。これは、冷めてしまったし。下げてしまおうか」
「城の者が、いただきましょう」
姫とそんな会話をしていると、伸びてきた腕が、横から茶器を奪っていく。
「黒いの、それ、冷めてるぞ」
先程まで、茶器をガン見して姫との会話を聞き流していた黒いのが、無言で奪った茶器を触っている。
「黒竜様、温かいものを新しくお淹れいたしますわ」
姫に促され、姫の侍女がその茶器を下げようと近づいてくる。
その、とたん。
「触るな。俺のだ」
ブワッ、と。
黒いのからうっかり漏れた殺気に、少し離れた所にいた人間の召使いが倒れて。
中庭の入り口で警護していた兵士も倒れた。
障壁を張って守ってやったから、姫と侍女は無事だけれど。
その、俺と黒いのと姫と侍女しか、起きてる者がいなくなった城の中庭で。
黒いのが赤いジャムのついたクッキーをひとつ残らず食べて、飲み残しの冷めた茶を、最後の一滴まで飲み干して。
落としたら割れてしまいそうな繊細な茶器をじっと眺めて、亜空間にしまってしまった。
「黒いの。そんなにその茶と菓子が気に入ったのか?ならば、塔にまだあるが。行くか?」
そう、訊ねれば。
しばらく考えて。
行かない、と黒いのが首を振る。
しかし、黒いのが、俺を見て、
「お前の口の中、舐めていいか?」
やめろ。
ここに来る前に赤いのに頼んで火の玉を出してもらって、それを口に入れてあらかた焼いたんだが。
それくらいで怪我はしないけれど。
三匹の雛にはドン引きされたその行為。
痕跡を消しきれなかったのだろうか?
竜体で、咥えたんだが。
もういっそ、コレを塔に強制的に連れていくか?
でも、白銀のは、嫌だと言ったしな。
むりやり会わせようとすれば、逃げるだろうか。
それになんだか、やはり、
「姫、これに、なにをした?」
この、黒いの、
自我がなにかにコントロールされている。
それでいて茶器や菓子、俺の口にすらこの執着。
正気でないうちは、会わせられない。
俺の口をガン見している黒いのを警戒しながら、そう訊けば。
さっきから、もう隠しきれないほど真っ青になって震えていた姫が。
俺の質問に小さく悲鳴を上げて。
気を、失った。
姫様、と。侍女が、真っ青になりながら、姫を抱き込む。
俺と黒いのと侍女以外、誰も起きていない、異様な中庭に。
溜め息しか出ない。
あと数日したら、このふたりの婚約式がある。
その一年後には、結婚式だっただろうか?
じきに、異変を感じた兵士たちがここに来るだろう。
それまで、姫の侍女には、起きていてもらわなければならない。
人間たちのややこしい決まり事というやつで。
姫のように高貴な女は、純潔を重視される。
幼少期に拐かされたときも、侍女ごと攫われて。
あれが、姫だけならず者に攫われたのならば、
その時点でもって純潔が失われたものとして、拐かしを命じた者ですらその場にいなければ姫と婚姻ができなくなるという。
今も、姫を抱きしめているこの侍女が気を失えば、その時点で純潔が失われたものと考えられて。
黒いのとの婚姻が今夜にでも確定する。
裸で姫と寝所に放り込まれれば、
今の黒いのは姫が望んだなら姫と子をつくるだろう。
人間の女と竜で、子ができるのかと考えて、
竜が望むのならば、可能、と。
答えが出る。
これまでにあり得なかった、その事態に。
人間が、ここまできたのかと。
俺は重いため息をついた。
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