73 / 76
【愛を求める氷雪の華 〜ラァラはわたしのおともだち〜】
邪法の賢者→執愛の愚者⑧
しおりを挟む「あ、あああっ、らっ、らぁらっ」
力の入らない腕で、覚束ない脚で。
エイミィは薄汚れた床を這いつくばりながら、泣きそうな顔でオレの元に向かってくる。
「エイミィっ、ごめんね! 怖かったよね!? 寂しかったよねっ!?」
鉄の格子越しに手を伸ばしても、エイミィには届かない。
「らぁらっ、らぁらっ!」
「うんっ、オレはここにいるよ! エイミィを助けに来たよ!」
太く分厚い鉄の棒が、オレとエイミィを分断している。だからここから先に進めない。
腹が立って無理やりにねじ曲げようと力を込めてみても、この身体の力でもってしてもどうにもならず、またイライラと怒りが湧き上がる。
邪魔だ。
すぐそこにエイミィが居るのに、あんな弱々しい体でオレを求めて頑張っているのに、駆け寄って抱きしめてあげる事もできないなんて。
なんて邪魔なんだ。この、このっ!
【ラァラ姫っ! 落ち着きなさい! 見て分かるでしょう!? コレは只の牢屋では無いのです! 今の姫の膂力だけでは破れませんっ!】
で、でもイド!
エイミィが可哀想だ!
「このお転婆っ! アタシらより先に行くなってあれだけ!」
背後からヨゥの声が響き渡る。
今通ってきた通路の奥から、顔を真っ赤にして怒ったり、焦ったりしているみんなの姿が見えた。
「ヨゥ! この牢屋どうにかして! エイミィが居るの! お願い!」
そうだ。オレの力じゃどうしようもなくても、ヨゥならなんとかできるはず!
この小さな身体とは比べ物にならないぐらい、ヨゥの力は凄いから!
「どうにかするから待ってろってば!」
「ヨゥ止まれ! みんなもだ!」
広間へと一歩を踏み出しかけたヨゥを、フゥが突然の大声で静止させた。
「な、どうしたんだよ突然っ」
慌ててブレーキをかけたヨゥがスカルクラッシュを両手に持って構える。
「なっ、なんで!? はやくエイミィを────」
「姫も動くなっ!!」
普段のフゥ───2号の姿からは想像もつかない剣幕で怒鳴られる。
思わずビクッと体を強張らせたオレは、格子を掴んだまま動けなくなった。
「ミィ! 広間の外側から姫に結界を張れるかい!?」
「ええ、今私も気づいたわ! 姫、お願いだからそこから動かないで! なんとかやってみるから!」
腰のホルスターから大きな緑の宝石がついた短杖を取り出し、ミィは珍しく
ブツブツとオレには聞こえない小さな声で詠唱を始める。
「ちっ! やっぱり気づかれてたか! みんな武器を構えて! 転移してくるぞ!」
フゥのその言葉と同時に、広間の隅っこで淡い緑の光の粒が天井から降り注ぐ。
これは、転移光。
空間と空間を繋いで、短い距離をあっという間に移動する魔法の光。
ミィやフゥは当たり前の様に使っているけれど、本来なら高い技量と多くの魔力を必要とする高難易度の魔法だ。
「邪法陣の要であるエイミィさんを幽閉するこの空間は術にとって何よりも重要な場所だ! だから侵入者が来た時の警報装置や魔法が施されていてもなにもおかしくは無い! ラァラ姫の内包する無尽蔵の魔力なら問題にならないが、並の人間ならそこに足を踏み入れただけで絶命するほどの魔力が吸われてしまう! トラップだよ!」
転移光が強まっていくのを確認しながら、フゥは広間の入り口で膝を曲げて地面を触りながら説明をした。
「そのトラップにかかった姫が死なないことを察知された! 邪法師が来るぞ!」
フゥのその言葉に、レリアさんが憎々しげな表情を浮かべて剣を構える。
「ちぃっ! もうエイミィ様はすぐそこだと言うのに! 忌々しい邪法師め!」
「ダメっ! 結界の術式が構築段階から分解されるっ! フゥ!」
「わかっている! ヨゥ、君の出番だ!」
「あいよっ! 対魔力用戦闘フェイズへ移行するっ! 姫! 良い子だからそこから動くなよ!」
めまぐるしく状況が転回していく。
オレは何もできず、なにも理解できないままただ目の前で光量を増す転移の光に呆気に取られ、緊張と興奮と恐怖とに混乱していた。
「ら、ラァラっ」
格子を掴むオレの手に、冷たいエイミィの手が重なった。
全ての力を振り絞ってようやくたどり着いた、幼い手。
それが呼び水となって、急激に意識が冷めていく。
そうだ。ここにいるエイミィを今護れるのは、オレしかいない。
勇み足で無策にこの部屋に飛び込んだオレの失態。
反省する必要があった。後悔すべきだった。
でももう、それをしている時間は無い。
もう少しオレが冷静なら、もう少しオレが賢ければ、もう少しオレが──────。
「───っ! だっ、大丈夫っ! オレがっ、オレが絶対にエイミィを護るから!」
無慈悲にオレとエイミィを分断する、忌々しい鉄の格子ごとその小さな震える身体を抱き寄せる。
足が竦む。
奥歯が震える。
転移の光がその強さを増す毎に、得体の知れない圧迫感でオレの身体が硬直してしまう。
「ぜっ、絶対にエイミィはっ、オレがっ!」
自分を鼓舞するように、そして言い聞かすように声を出す。
そして転移光の緑の輝きが一際激しく瞬き──────ソレはこの広間に降り立った。
残光が網膜に焼き付いて、チカチカと明滅するオレの視界に映る──────漆黒。
光すら飲み込む、光沢の無い黒。
凹凸すら判断できないほどに、まるで墨でなんどもなんども雑に塗りつぶしたかのような、無機質な仮面を身につけて。
夥しい数の『恨み』と『殺意』。そして『死』を纏った邪悪が、オレとエイミィを見ている。
「──────貴様は……何者だ」
そのしゃがれた声で、オレの心臓は鷲掴みにされた様な錯覚を覚えた。
「何者かと、聞いている」
距離にしておよそ3メートル。
生まれて初めて目にする──────『オレの敵』が、そこに居る。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう!
そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね!
なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!?
欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!?
え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。
※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません
なろう日間週間月間1位
カクヨムブクマ14000
カクヨム週間3位
他サイトにも掲載
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!
アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。
「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」
王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。
背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。
受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ!
そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた!
すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!?
※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。
※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。
※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる