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【愛を求める氷雪の華 〜ラァラはわたしのおともだち〜】
邪法の賢者→執愛の愚者⑤
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「にんしきのそがい……?」
王都アングリスカ郊外。
明け方の共同墓地を行くのは、オレとミィ達三人(三匹?)の従者とレリアさんだ。
放置されてボロボロの墓地庭園を、オレを中心にする様に取り囲んでゆっくりと進んでいく。
「ええ、各貴族領の貧民窟や廃屋なんかを調べてみたら見つかったの。周囲の人間に一定の思考ノイズを発生させるタイプの魔道具……いえ、呪具ね。一つの都市に一個や二個ではなく、それこそ何百・何千個も見つかったわ。この作戦と並行してその呪具の回収作業を各領の兵士にお願いしているのだけれど、10年前の反乱の原因はおそらくソレよ」
オレの問いかけにそう答えながら、ミィは掲げていたカンテラを持ち直す。
「それこそ何十年も前から、この国の民はゆっくりと思考が緩慢化する呪いを常にかけ続けられていたの。だから、『何かはわからないけれど王家が悪政を強いている』とか、『この反乱には正統性があるらしい』みたいなフワフワした曖昧な状況に民はなんの疑問も持たなかった。だからこれはかなり長期的に練られていた作戦──────恐ろしいほど周りくどい、国家転覆計画ね」
「理由もはっきりしていないのに、村々から若者だけを徴兵されることに納得してたのもそのせいか」
ヨゥが得心して頷いた。
あの街の宿屋の女将さんもそうだけど、王都に連れて行かれた家族から一切の連絡が無いのになんの心配もしていなかったのは──────その呪具のせい?
「呪具一つ一つに手間暇かかった隠蔽工作が仕掛けられていたから、かなり精度の高い感知系魔法を使える術師が『それを探そう』と思わなければ絶対に気づけない代物よ。呪具自体の効果範囲や影響力は大したモノでは無いのだけれど、さすがにあれだけ大量に設置したら相乗効果はかなりのモノになるわ。いったいどれだけの時間を費やしたのか。呆れを通り越して尊敬の域に達するねちっこさよ。計画を立てた術師とはお友達になれそうに無いわ」
明らかな生理的嫌悪感を表情に出して、ミィは一度ぶるりと体を震わせた。
「各都市の呪具の配置点を繋げると魔法陣に似た模様になるんだ。おそらく呪いを増幅させる補助的な陣なんだけど、こっちは簡易的な処置だったらしくて、その模様を崩しても特に被害は出ない事は僕が確認済みさ。だから安心して回収して貰っているんだ」
一番後方を歩くフゥが、薄型魔導板でなにやら作業をしながらそう答えた。
片手に大きな杖を持ちながら魔導板を操作するの、大変じゃない?
「……なんと、不甲斐ない。そんな昔から我が国が徐々に侵されていたのに、私や他の家臣は何も気が付けなかったとは」
一番前を歩くレリアさんが、苦しげな声でぼそりと呟いた。
「レリアさん、違うよ。一番悪いのは、えっと。その術を使っている人だよ? レリアさん達は被害者だよ」
「ラァラ姫……なんとお優しいお言葉。ありがとうございます」
振り返ってオレに会釈をするレリアさん。
だけどオレの慰めの言葉に全く納得はしていないのは、その声色で分かった。
なんで、みんな自分のせいにするんだろう。
アウロダイン侯爵さんとかもそう。
みんなこの卑怯で悍しい計画のせいで、とても大変な目にあってるのに。
一体、なんで……。
「おっと、姫ストップだ。レリアさん、ここなんだけど」
オレの両肩を優しく引き留めたヨゥが指さしたのは、墓地庭園のある程度奥まった場所にある無名の墓石の前だった。
いったいいつから手入れを怠っていたのか墓石は苔むしてほぼ緑色に近く、周りの雑草も生え放題で荒れ果てている。
「ここの下からカビ臭い風が吹いているのと、古臭い血の匂いがするんだよね。周辺を踏み抜いて反響を調べてみたら、下に細長い空洞があるみたいなんだ。間違い無いと思うんだけど」
両膝を曲げて座り込み、ヨゥは地面を右手の甲で扉をノックする様に叩いた。
「踏み抜いて?」
「ん? ああ、アタシじゃ感知系の魔法なんか使えないからね。こうやって───」
オレが疑問の表情を浮かべるとヨゥはすくっと立ち上がり、右脚で地面をドン! と踏み締めた。
「───すると、振動とか帰ってくる音とかで地面に何があるかが分かるんだ。といっても、『何かが有る・もしくは無い』程度しか判断できないんだけどさ」
ふへぇ……。
なにそれすごい。
「……そう、ですね。近衛騎士団に伝わる有事の際の避難経路には無かった場所ですが。ここを見て下さい」
レリアさんはそう言って、苔まみれの墓石の一番下の部分を右手の親指で強く拭った。
そこにあるのは、三角が上下に二つくっつけられて菱形みたいな形になったマーク。中にはぐにゃぐにゃした文字みたいのが入れられている。
浅く彫られては居るものの、掘った溝に銀の様なモノが溶かし入れられていて簡単には消えない様になっていた。
「これは王家の身に何かあった時に用いられる秘匿印章ですね……間違いなく、ここに王族由来の何かが存在する証左です。この印章は各騎士団や兵団の幹部にのみ知らされておりまして、王家の危機を民や他の兵に知らせずに連絡するためのモノなのです」
「なるほどね。要らない混乱や情報の漏洩を防ぐため、なのかしら」
レリアさんの言葉にミィがふむふむと頷く。
「ふーむ。じゃあ時間も無いしとりあえず、この通路が本当にお城に繋がっているかどうかを確定させようか。ヨゥ、墓石をどけて貰えるかい?」
「了解っと」
フゥに指示されたままに、ヨゥが墓石を右手で鷲掴みにして持ち上げた。
そのまま台座の横にごすん! と投げ捨てる。
「な、なんて膂力……す、すごい」
それを見て目を白黒させて驚愕するレリアさん。
「よ、ヨゥだめだよ。お墓をそんな乱暴に扱っちゃ!」
いくらなんでも失礼だってば!
「なに言ってんだい姫。この下には誰もいないんだ。これは見かけだけの墓石だろ?」
「そ、それは……そうだけど」
なんていうか、お墓の形をしているものを無体に扱うのはやっぱり気が引けるじゃんか。
「おっと、それっぽい階段が現れたね」
墓石をどけたそこには、地下深くまで続く階段を備えた空洞が存在していた。
ヨゥは中を一度軽く覗いて、続いてフゥへと振り返る。
「フゥ、私が術を使うわ」
「ああ頼むよ。僕は内部の構造や罠の看破に専念したいから」
懐から取り出した何か丸いモノをミィに手渡して、フゥは杖を両手で構えて目を閉じる。
「『監視』」
「接続……完了っと。ミィ、いつでも良いよ」
なにやら術式を発動させたミィの身体から、赤い光の線が二本伸びた。
オレに分かるのは今のが複数種類の魔法を複合させたモノで、この赤い線が魔力で出来ているという事だけ。
一本はミィの右手の上に置かれているさっきフゥが手渡した丸いモノに。もう一本はフゥへと繋がっている。
「ええ、行くわよ」
ミィのその言葉と同時に、手の上にあった丸いモノが軽やかに浮遊して、勢いよく空洞の中に飛び込んでいく。
「速度はこのぐらいで良い?」
「ああ、大丈夫。通路が繋がっている方向や傾斜から考えても、やっぱり城に繋がっているのは間違いなさそうだね」
「……枝分かれしている箇所が多いわね。殆どが行き止まり、か」
「万が一にも賊に侵入された場合を考えているんだろうね。正しいルート以外の場所は……うん、落とし穴や簡単なトラップが仕掛けられているみたいだ」
「マッピングは私がやっておくから、フゥは魔力感知とトラップの構造把握に専念して頂戴。邪法師とやらに何時感づかれるかわかんないんだから」
「了解っと、おっと。壁の意匠が変わってきたね。ここからは城の地下部分かな?」
なにやってるか聞きたいけど、邪魔しちゃいそうで声がかけられない。
「ウチの魔法担当が二人揃うとやっぱ凄いね。あーあ、たまにアタシも魔法が使えたらなぁって思うよ」
「え、えっとヨゥ様。ミィ様とフゥ様は何をされているのですか?」
お、オレが聞きにくい事をレリアさんが代わりに聞いてくれる空気!
「ん? ああ。えっとなんだったかな。魔力の伝達がしやすい素材で造られた魔導体にフゥの意識の一部を移行させて、それをミィが遠隔で操ってるんだ。そうすることで自分が中に入らなくても、こういった場所やダンジョンの索敵や探索がしやすくなるんだよね」
「そ、そんなことが可能なんですか? 私も少しだけなら魔法の知識を持っていますが……こういった手法は初めて聞きました」
なんかズルっぽくない?
【ズルでは無いでしょう。殆ど同一とまで言えるほど息の合った術師が二人揃わないとできない技法です。ミィとフゥ、この二人だからこそ出来ると言っても過言ではありません】
あ、イド。
どうだった?
やっぱりエイミィとは繋がらない?
【ええ、叡智の部屋の観測機や演算機をフル稼働させても、精霊たちを介して姫とエイミィ様を結びつけるのは困難かと。あちらからのアプローチを待つしか方法は無いですね】
そっか。
でも、なんとなくだけど。
今オレはエイミィの近くに居るって、そう思えるんだよね。
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う、うん。頑張る。
夜は更に更けこんでいく。
エイミィ、もう少しだけ。
もう少しだけ待っててね。
きっとオレが、オレたちが君を助け出してみせるから。
自分を殺して欲しいだなんてそんな悲しい事、もう絶対に言わせないから。
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