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【愛を求める氷雪の華 〜ラァラはわたしのおともだち〜】

囚われの姫と→忠義の騎士と③

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「これ、嘘……そんな」

 ボロボロの砦内部の有り得ない光景に怖気づき、思わずミィの腰にしがみ付いてしまった。

「姫、怖かったら見なくて良いわ。ヨゥ、抱いてあげて」

「ああ、姫おいで」

 ミィに促されたヨゥが、オレの両脇に手を差し込んで持ち上げた。
 ヨゥの首に両腕を回して、肩に顔を押し付けて目を閉じる。
 こみ上げてくる吐き気を堪えながら、大きく何度も何度も深呼吸をした。

「酷い、こんなの、酷いよ」

 あまりの恐怖に耐えきれず、身体はガタガタと震え出す。
 しがみ付いたヨゥのマントの襟首をギュッと握り、泣き出しそうになるのを必死で堪えた。

「……ああ、これは確かに。酷い有様だ」

 とても冷たい声で、ヨゥが声を漏らした。

「──────少し合点がいったわ。なるほど、『固定』の魔法陣に魔力マナを吸われて事切れた民の身体を……再利用しているのね。一から疑似複製人間ホムンクルスを作るより効率的ではあるわ。単純な命令行動を反復させるよう魔力指令プログラミングさえできれば、まるで『生きている人間』のように見せる事もできる」

 オレの頭を優しく何度も撫でながら、ミィは冷静に周囲の観察と推察を始める。

 砦の内部。
 くたびれて崩れかけた門を潜って木製の大きな扉を開けたその先に、大量の死体が山積みになっていた。

 男性から女性、お年寄りから赤ん坊までを綺麗に分類し整理整頓されて、みな一様に苦悶の表情を浮かべたたくさんの人が……びっしりと呪文が書かれた黄色い包帯の様な物で包まれて並べられている。

「定期的に補充していたのは、死体だったみたいだな」

「ええ、見て。簡単な防腐処理と消臭の魔法で短期保存してるみたい。中央にある立体魔法陣、アレが死体に指令を入力するための端末ね。構造自体はとてもシンプル……書き込める内容もそう多くは無い。って事は、この死体たちはあくまでも『消耗品』」

 喉の奥から迫り上がる圧迫感が苦しくて、ミィの言葉が上手く頭に入ってこない。
 涙目になりながらヨゥの首筋に顔を押し当て、視界の端に映るあんまりにも残酷な光景にオレはただ震えるだけだ。

「一体なんのために戦えもしない兵なんか量産してるんだ? 単純な命令行動しかできないなら兵士としてなんの役にも立たないだろ?」

「さぁ?」

 ヨゥとミィはそのまま砦の奥へと進み続ける。
 通り過ぎる多くの人と、オレの視線が合わさった。

 死んでいるのに、助けを求められている様で。

「ひっ、ひっく、うっ、うぅっ」

 やりきれない思いで喉の奥がひりつき、オレは声を噛み殺しながら嗚咽する。
 ヨゥはそんなオレを察して、背中をトントンと叩きなだめてくれた。

「単純に死体が多すぎて処理しきれなくなった結果の再利用かも知れないし、王都が正常な状態である為のカモフラージュとして『人形』が必要だったかも知れないし。小さな理由だったらいろいろと想像できるのだけれど、果たしてこの量と規模の施設を作って量産までするほど必要なのかと言われれば、今のところ疑問しか出てこないわね」

「王都周辺の環境を『固定』する魔法陣……人間らしく振る舞うのが精一杯の『人形』の量産……ダメだ。目的がさっぱり見えてこない。これをやってんのが今の王家だってのは分かるが、民や国力をすり減らしてまで一体何をしたがってんだ?」

 決して広くは無い砦の中をぐるぐると回りながら、ミィとヨゥは調査を続けていく。

「そうね……今のところ判明した事と言えば、この施設を造れる程度の魔法知識を持つ者と、王都の魔法陣を構築できる腕を持つ凄腕の魔法師が存在するのは確かね」

「ん? 一人じゃないのか?」

「魔法陣の書き方の癖がどっちも強いのよ。同じ人物とは思えないほどね。施設を造った方はそれほどでもないけれど、王都の魔法陣を構築した者は相当の使い手よ」

「ミィよりか?」

「馬鹿言わないでよ。主様マスターが造りし至高の魔導生命体である私が、この程度の粗末な術式しか構築できない術者に遅れを取るわけないでしょう? 私に言わせればあの魔法陣は無駄が多すぎて非効率だわ。余計なところに割いてる魔力をもっと上手く循環できるはずだし、陣に長々と記載した助長的な記述を削ぎ落として簡略化できるし、そもそも効果範囲と魔法陣の規模が同経ってのがもうナンセンス。もっとコンパクトにできるはずだし、コストもかなり抑えられるはずよ」

「魔法陣なんかに関しては、2号の奴の方が得意だろ?」

「……まぁ、悔しいけれどそうね。アタシはどっちかと言えば詠唱学や属性理論、2号は魔法工学や運用計画に特化してるから」

「本当に悔しそうな顔しちゃってまぁ」

 そんなミィとヨゥの会話を、オレは泣きじゃくりながら聞いている。

 ここは死の匂いで溢れている。
 死の存在で満ち満ちている。

 この小さな身体を刺す様に、『死』がオレに冷たい刃を投げかけてくる。

 怖い。怖くて堪らない。

 だけど目を逸せない。

 みんながオレに言うんだ。
 物言わぬ死体となったはずの、たくさんの人たちがオレに向けて語りかけてくる。

『無念を!』

『恨みを!』

『奴らに相応の報いを!』

 今イドが必死にその声を抑制してくれている。
 さっきからずっと、オレと会話できないほどに抑えてくれている。

 耳の奥にこびりつき、決して離さぬ様に主張してくるその夥しい声。

 その中で一つ。
 存在感が他とは違う死者の声があった。

 だからオレは、その声の元に導かれる。

「えぐっ、ひんっ、ミッ、ミィ」

「姫? どうしたの?」

 メイド服の肩の布を引っ張って、オレはミィを呼んだ。
 ミィは振り返って心配そうにオレの顔を覗き込むと、額に張り付いた髪を人差し指で優しく払ってくれる。

「ふっ、ふぅっ、ちっ、ちかっ」

「地下?」

 ミィは嗚咽の声に混ざったオレの言葉を汲んでくれて、伝えたい事がちゃんと伝わる。
 とても嬉しかった。

「ちかにっ、オレたちをっ、よんでるひとがいるっ」

 そう。ずっと。
 この砦に足を踏み入れたその時から。
 いや、もしかしたら王都に着いた三日前からずっと。

 か細くて弱々しい声で、オレをずっと呼び続けている女の人の声。

 他の怨嗟の声とは違う。他の苦痛の視線とは違うその女の人が。

 オレをひたすら、呼び続けている。
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