上 下
19 / 24
最初の七日間

3日目 怖い人に会いに行くらしい

しおりを挟む
 
 ◆◆◆◆◆◆◆◆

「……し、死ぬかと思った」
  
 ドレスの試着をするだけなのに、なんで死の淵を彷徨わなければならないのだろうか。

 コルセットがまさかあんなに辛いものだったなんて。
 テレビや本で見た昔のお姫様達もあの地獄を味わったのだろうか。
 もしかして有名なマリー・アントワネットさんとかも、華やかな生活の裏であんな苦労してたのかな。
 そうだったらかなり尊敬しちゃうかも。

「ほらカイリ。こっちよ」

 長くて広くて大っきいグランハインド家別宅の廊下を先導するのは、ラシュリーさんだ。

 さっきまでニヤニヤしながら私の試着を見ていた人とは思えないほど、穏やかでスッキリした顔をしている。

 そうですよね?
 そりゃあスッキリしますよね?

 だって私の顔と悲鳴を見ているときのラシュリーさん、めちゃくちゃ楽しそうでしたもの。

 ぷんすか。

「カイリ様、機嫌を直してくださいまし。晩餐会にはどうしてもドレスで出て貰わなければいけないのです」

 アネモネさん、貴女もなんですからね!
 やめて止めて許してごめんなさいって、私が幾ら叫んでもコルセットを締める手を止めなかったくせに!

 一番後ろで静々とついてくるザ・メイドさんって感じのこの人、絶対Sだよ!
 ドSなんだよ!

 あぁ、コワールの顔が見たいなぁ。
 可愛い可愛い私のコワ。
 あれから一回も顔を合わせてないけれど、元気にしてるのだろうか。

「いいカイリ。今からミレイシュリーお姉様と会ってもらうけれど、少し注意点があるの」

 ラシュリーさんが右手の人差し指を天井に向けて、真剣な顔で私を横目で見る。

 ミレイシュリー・レ・グランハインドさん。

 ラシュリー様のお姉さんで、グランハインド三兄妹の長女さん。

 一番上にお兄さんのラルフガウルさんと言う人が居て、その人が次期グランハインド伯爵家の後継さんらしいのだけれど、今は遊撃騎士団と言うところに所属してて遠いところに行っているらしい。

 だからこの王都別宅の全てを一時的に取り締まっているのは、グランハインド家長女であるミレイシュリーさん。

 アネモネさんが名前を聞いたらちょっとびくってする程度には怖い人らしい。

 さっきからアネモネさん、可哀想なほど緊張してる。
 見ていて私が心配するぐらい。

「注意点です?」

 先をスタスタと歩くラシュリーさんに聞き返した。

 あんまり脅さないでくださいね?
 怖がりすぎてヘマしちゃいそうだよ私。

「そう。注意点……っていうより、お願いかな?」

 人差し指をそのまま唇に当て、ラシュリーさんがコテンと首を傾けた。

 絵になるなぁ。
 雑誌グラビアとかで見るアイドルみたいなポーズなんだよ。

「お姉様の前で、絶対エリックの名前は出さないこと!」

「エリックさんの?」

 なんでだろう?

 二人は婚約しているんでしょ?

「一応表面上認めてくださっているけれど、お姉様はまだエリックと私の事、内心は反対してるのよ」

「なんでですか?」

「お姉様は私達兄妹の中で、誰よりも貴族だから」

 ん?
 意味がわからないや。

 だってラシュリーさんも貴族さんじゃん。

「貴族としての在り方を誰よりもこだわっていられるの。ラルフ兄様なんかはちょっと楽観的で奔放な人だから、あんまりそういうの気になさらないんだけれど。その分ミレイシュリー姉様がね」

「ミレイシュリーお嬢様はお館様以上にグランハインド家の事を考えておられますから」

 それとエリックさんとなんの関係があるんだろうか。

 お屋敷がボロボロだから?
 それとも甲斐性なさそうだから?

「エリックは、まあなんていうか……あの人はいずれ大きな事をする人なんだけれど、今はまだ『溜め』の期間だと思うのよね。そりゃあ先代であるお義父様の残した財産をばっさり切り崩したりしてはいるけれど、それに見合う発明や成果をきっと見つけてくれるわ!」

 ……おお?

 なんかラシュリーさんがヒモ男を擁護する彼女さんみたいな事言い出したぞ?

 なんか『この人はきっとBIGになるわ!』とか『この人は理解者わたしがいないとダメなの!』と同じこと言ってる。

 もしかして、ダメンズ的なウォーカーさん?

「それをお姉様は分かって下さらないのよ。幾ら説得しても全然ダメなの。だからあんまりエリックの株を下げるようなこと、言わないで欲しいなぁって」

「ですがお嬢様。カイリ様のことを説明する際に、エリック様のご失態を伝えなければ難しいかと」

 そうだよね。

 私がこの世界に来たのって、十割エリックさんのせいだし。

「う、うぐぅ」

「どう説明されるのですか?」

 ラシュリーさんが苦虫を噛み潰したような顔をした。

「と、とりあえずは。会ってから考えるわ。お姉様だって鬼じゃないし。きっと分かってくれるはず」

「頑張ってくださいまし」

 目を閉じてしれっとしているアネモネさん。
 他人事みたいだなぁ。

 もしかしてエリックさんのこと、そんな好きじゃないのかな。

「ついでに!  一昨日の夜、アネモネがお風呂で何をしたかも説明してやるわよ!」

「ひっ!」

 一昨日の夜?
 お風呂……ああ、私の身体を洗いながらはぁはぁしてたこと?

「お、お嬢様それだけは!  それだけはどうか!  後生ですから!」

「うふふふっ、嫌ならお姉様への説明、協力なさい」

「か、かしこまりました!  このアネモネ、実家に帰ることだけはなんとしても避けたい次第です!!」

 そ、そんなに怖い人なのかなぁ。

 ミレイシュリーさん、かぁ……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...