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最初の七日間

1日目 真っ赤な瞳と私の魔力

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◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「それは、まぁ。災難だったわね」

「本当に……」

 ラシュリーさんの言葉にげんなりしながら返す。

 お風呂を終えた私は晩御飯をご馳走になっている最中だ。

 豪華な家具と寝具が並ぶ、とっても大きなラシュリーさんの部屋の中。
 部屋の真ん中にあるこれまた豪華な造りのテーブルに並ぶ上品そうな料理を、豪華な椅子に座りながら頂いている。

 部屋の内装についてはもう私の陳腐な表現力では表しきれないほど立派なさと広さだ。

 これが丸々一つラシュリーさんのお部屋だっていうんだから驚きだよね。
 ちょっとしたファミレスのフロアぐらいはあるんじゃないかな。

 献立はサラダとお肉とパン。あといくつかのフルーツ。
 サラダにはすこし酸味の強いドレッシング。
 牛肉には甘っ辛いソースがたっぷりかかっていて、とっても美味しい。

 パンに関しては、カチカチすぎて正直好きじゃないけれど、美味しくないわけじゃない。
 フルーツはりんごっぽいものとか、オレンジっぽいものとかだけど、見たことないものもある。
 でもどれも美味しそう。

 こんな小さい姿をしてるけど、好き嫌いはあんまりないのだ。

「アネモネには後で少し叱っておくから、あんまり怒らないであげてね?」

「怒ってはないですけど……もうやめて欲しいです」

「あら、それは残念。私がまだなのに」

 ラシュリーさんは口元に手を当ててクスクスと笑う。
 笑い事じゃないんですけど。

 ちょっとした貞操の危機だったんですけど!

「ダメです。もう嫌です」

「まぁまぁ、これに関してはアネモネにも同情の余地があるっていうか……仕方ないっていうか」

「なにがですか」

 そりゃ、ちょっと悪ふざけしただけなのはわかるけれど。

「カイリの魔力に当てられたんだと思うわよ? ほら、その瞳の赤」

「瞳の赤?」

 そういえば、エリックさんにも言われた気がする。

 無駄にゴテゴテした装飾が施されたフォークとナイフを置いて席を立ち、壁際にある化粧台に向かう。

 化粧台には大きな鏡が取り付けられている。
 そういえばこっちに来て初めて自分の顔を見るな。

「ほら、とっても綺麗な赤でしょ?」

「あ、ほんとだ」

 鏡に映る私の瞳は真っ赤だ。
 なんでだろう。
 日本人な私の目は普通に黒かったはずなんだけど。
 こっちに来た事で変わったのかな?

 いや、変わったって言うならまず性別っていう大きな変化があるんだけどさ。
 そもそも体格や顔の造りからして、変わってるっぽい。

「うーん」

 唸りながら鏡をまじまじと見る。

 十六歳にしては幼すぎる顔立ちだ。下手したら小学生って言われても違和感が無い。

 切れ長の目を眠そうに垂らしていて、さっきメイド長のエリザさんが乾かして整えてくれた銀色の長髪が頭の後ろで括られている。

 うーん。
 やっぱり、私だよなぁ。

 変な感じだ。
 男の子だった時の私の顔ははっきりと覚えている。
 あんまり外見を気にしてなかったから髪なんてボサボサで、小さい頃にぶつけてつけた大きな傷が鼻の頭にあった。
 目つきも良いとは言えなくて、なにも考えてないのに常に睨んでるみたいに見え、それで注意を受けた事もいっぱいある。

 今の私の顔と、男の子だった『海吏』の顔は全然違う。

 なのに、私は今の顔を見慣れている。
 女の子としての私と、男の子だった私。
 その両方を私として認識している。

 我ながら意味がわからない。
 
「たまに居るのよ。魔力の強さが瞳に現れる人がね? エリックが前に説明してくれたんだけど、赤色が深ければ深いほど内包する魔力の量が多いんだって」

「へぇ」

「それで、今のカイリみたいに魔力を体の外に漏らしてしまっていると、耐性の無い人は当てられちゃうのよね」

「漏らす?」

 私の体から?
 
 鏡から目線を動かして、自分の体を見てみる。

 なにも出てないよね?

 っていうか、魔力ってなんだろう。普通に考えたら魔法を使う力って意味だよね。
 ゲームとかで良くあるMPってヤツ。
 けっこうゲーム好きだったから聞き覚えのある単語だけど、実際に見たり感じたりした事はもちろんない。

 どういう形してるのかとか、どう作用するのかとか、どういう原理なのかってことは全く知らない。

「魔力に当てられると、どうなるんです?」

「そうね。まず欲求に正直になるわ。我を忘れて我慢ができなくなるって感じね。もっと当てられると、魔力に惹かれて魅了されちゃうの。アネモネみたいにね」

 そ、それは。

「わ、わたしってもしかして、とっても危ない感じですか?」

 普通にしてるだけで他の人に影響を及ぼすなんて、迷惑なんじゃ。

「普通にしてたら問題ないわ。魔法が使えなくても魔力への耐性なんてよっぽど弱ってない限りみんな有るもの。アネモネの場合は、状況が悪かったんでしょうね」

「状況?」

 お風呂場に居た事?

「カイリが恥ずかしがったことで、魔力がより多く漏れ出してきたのよきっと。興奮したりするとそういうことになるの。それに二人とも裸とそれに近い格好をしてたし、密着してたんでしょ? ならアネモネが当てられても不思議じゃないわ」

「そ、それでも危ないんじゃ」

 興奮するといっぱい漏れ出すって、そんなの抑えきれるわけないし。
 ていうか周りの人が私の魔力に当てられたら、一番危ないのは私の身な気がするんですが。

「そうね。しばらくこの世界に居るんだし、カイリにも魔力の制御を学んで貰わないといけないわね。本当だったら子供の頃に教わることなんだけど」

「お、お願いします!」

 今回はリリアーナさんってメイドさんがエリザさんを呼んで来てくれたから助かったけど、次もそんなタイミング良く助けがくる保証なんてない、

 自分の身は自分で守らねば!

「というか魔法と魔力のこと知らないみたいだけど、カイリの住んでた世界には魔法って無かったの?」

 ちょっとした覚悟と決意を固めていたら、鏡越しにラシュリーさんから話しかけられた。

「そういう言葉はありますけど、実際に使える人なんて見たことないです。伝説とかおとぎ話とか、創作物では良く出てくるんですけど」

 居ない……よね?
 私が知らないだけで、あの世界にも魔法使いって居たりしたのだろうか。

 もし居たらさすがに有名になってるか。
 ネットとかSNSとかで一気に拡散されてるはずだもん。

「へぇ……それでどうやって生活が成り立つのかしら。この世界だといろんな事に魔法や魔法具が用いられていて、もし無かったらって想像ができないわ」

 向こうでいう、科学技術みたいなもんなんだろうか。

「私たちの世界は、えっと、機械とか電子とかの技術が発達してまして」

「えっと、イヤリングが翻訳してくれなかったわ。こっちには無い単語なのかしら」

 イヤリング?
 あ。

「これですか?」

 右耳に付けっ放しだったイヤリングを触る。

「そう、言語翻訳の魔法具よ」

「これ、魔法具なんですね」

 エリックさんに貰った金色のシンプルなイヤリング。

 そういえばこれを身につけてからだったな。エリックさんの話がわかるようになったの。

「ええ。エリックの発明品よ。身につけて居る人の周りの違う言語を翻訳してくれるの。凄いでしょ?」

 なぜかラシュリーさんが自分の事の様にドヤ顔で胸を張る。

「それは凄いなぁ。っていうか凄すぎます」

 魔法ってそんなことまでしてくれるのか。
 かなり万能じゃないかな。

「そうなのよ。エリックも本当はすごい才能を持ってる人なの。学院や王立魔法研究所の人たちには馬鹿にされてるけれど。『需要のない天才』とか、『目の付け所だけが才能を感じない』とか、散々なこと言われてるの。あの人がその気にさえなってくれれば、周りからもバカにされないで済むのに」

 今度は悲しい顔で顔を伏せた。

「今の魔法学会のトレンドは軍事転用や兵器なんだけどね? エリックったら、『僕が人殺しの技術なんか研究しても、向いてないとおもうんだよね?』とか言うのよ? そりゃあ、あの人は温厚だし優しいから向いてないのは完全に同意なんだけど。でも成果さえ上げれば誰にも馬鹿にされなくなるし、カウフマン男爵家の家名だって上がるし、収入だって増えるし、なにより私との婚姻をみんなが認めてくれるのに」

「はぁ」

 ブツブツと呟くラシュリーさんにそれだけしか返事ができない。

 そういえばこの二人、婚約者だって言ってたけどどういう関係性なんだろう。
 貴族さん同士の結婚って、本とか映画とかだと周りに決められた自由のない物ってイメージがある。

 でもエリックさんとラシュリーさんはなんか遠慮が無いっていうか、本当に仲が良いっていうか。

 エリックさんのお屋敷で見た限りだと、ラシュリーさんがエリックさんを尻に敷いてる感じだったんだけど。これ、もしかして。

「エリックさんのこと、すっごい好きなんですね」

 だよね。
 どっちかっていうと、ラシュリーさんの方がベタ惚れだよね。

「そ、それは……そうだけど」

 顔を真っ赤にして俯くラシュリーさん。

「婚約者さんですもんね。馴れ初めとか聞いちゃっていいです?」

 見た感じエリックさんの方が年上っぽいんだよね。
 ラシュリーさん、もしかしたら私より一つか二つぐらいしか違わないかも知れない。
 年の差カップルって、貴族とかだと当たり前なんだろうか。

「な、馴れ初めって……」

 頬を赤く染めたラシュリーさんがモジモジしだした。
 可愛い。
 こんな綺麗な人がそんなリアクションとったら、そりゃ可愛いに決まってる。

「あのね。私とエリックは小さい頃から良く知ってる、いわゆる幼馴染ってヤツなの。あの人はお兄様と同い年の親友だったからよくグランハインド領の本宅を訪れてくれて、私も一緒に遊んで貰ってる内にだんだん……」

「ほうほう」

 なにそれ。もっともっと。

「エリックと私とでは身分が違いすぎるから、反対する人も多いんだけどね? 家名だけならカウフマン家は有名で、それにエリックはけっこう押しに弱いところがあって、色々と言い寄ってくる女の人もいっぱい居たから、あの、その、取られたく無いなって」

「エリックさん、モテそうですもんね」

 イケメンさんなのは間違いない。
 線の細さも、私の世界基準だと女の子が好きそうな感じ。
 テレビで見るアイドルみたいだ。

「先代カウフマン男爵はグランハインド家の重臣だったし、なによりお父様と仲が良かったから、お母様とお姉様の力も借りていろんな根回しをしたの。外堀を埋めるっていうか、逃げ道を塞ぐっていうか。それで最近、お父様に条件付きで婚約を認めて貰って、ようやく……」

「条件、ですか?」

 なんだろう。
 なんか面白くなってきたぞ?
 
「ええ。私が学院を卒業する2年後までに、なにか一つでも良いから研究を国に認めて貰って、ちゃんとした財産を築くこと。エリックの研究ってかなり地味なのよ。わかる人にしかわかって貰えないみたいな。でも才能は間違いなくあるから、頑張って貰わないと……でも、ほとんど私から無理やり婚約を迫ったから、あの人がどれだけ本気なのかはわからないの」

 ほえー。

 なんか素敵なお話。
 愛する人のために頑張るって、良いよね。グッと来るよね。

「大丈夫ですよ。エリックさんも絶対ラシュリーさんのこと好きです。少なくとも私にはそう見えました!」

「ほ、ほんと? まだ手をつないですらくれないのよ? あの人」

「むむっ?」

 それは戴けない。
 ちょっと意気地がなさすぎる。

 ラシュリーさんは積極的なのに、なにを躊躇する理由があるのだろうか。

「きっとラシュリーさんが綺麗すぎて怖気付いてるんです! エリックさん、あんまり女の人に慣れてなさそうだし」

「そ、そうかな?」

 ぜったいそうだ。
 エリックさんは私の世界でいう、オタク気質な人なんだろうな。
 研究者ってインドアなイメージもあるし。

 それでもちょっと許されざるよ。

 こんなに綺麗で優しくて、それに家がお金持ちで、可愛い人ぜったい他に居ないのに!

 今度会った時に言っておかないと。
 ヘタレは許されません!

「ちょっと話が逸れたわね。アネモネの件だったかしら」

「あ、はい。そうです。えっと、アネモネさんがおかしくなったのは、私の魔力のせいだったって事ですよね? それならアネモネさんは何も悪くないなぁ」

 要は私の中の魔力がアネモネさんをおかしくしたってことだし、それで責めるのは可哀想だ。

 エリザさんの言ってた再教育ってやつ、止めないと。

「いえいえ、アネモネにも悪いところはあるわ。たとえ魔力に当てられようと、気をしっかり持てば抵抗できるはずですもの。ここ最近は私もエリックのことでいっぱいいっぱいで来客も最小限だったからたるんでた部分もあると思うの。これを機会にエリザにこってりと絞られればいいんだわ」

 ニヤニヤと笑いながらラシュリーさんは頷いた。

「聞いてるんでしょう? アネモネ」

「へ?」

 部屋の扉に向かってラシュリーさんが話しかけると、ゆっくりと扉が開いた。
 あ、アネモネさんだ。

 さっきまでの湯着とは違い、こんどはきっちりとメイド服を着ている。

「お、お嬢様。ご勘弁を。カイリ様も先ほどは申し訳御座いませんでした」

 アネモネさんはバツがわるそうな引きつった顔で一礼し、部屋の中に入って来た。
 もしかしてずっと部屋の外で待機してたのかな。

「まさかあれほどの魔力が出ているなんて予想してなくて、その真っ白で綺麗な背中を流しながら見ていたら段々とイケない気分に……不甲斐なく思います」

「そうね。もっとしっかり気を張っていたら防げた事故よ。被害者のカイリの方が気を遣ってるから貴女を罰したりなんかしないけれど、エリザからの再教育は甘んじてうけなさい。お姉様にすぐに報告しないのは、私からの情けよ」

「か、感謝します。ミレイシュリーお嬢様のお耳に入れば、間違いなく親元に帰されるところでした」

 一回ブルリと体を震わせたアネモネさんが、安堵の表情で胸を撫で下ろした。

 ミレイシュリーさんっていう、ラシュリーさんのお姉さん。そんなに怖い人なのかな。

「お姉様はメイドの作法に関してはエリザより煩いお人だもの。親元に帰すっていうのはちょっと行き過ぎだけど、専属からハウスメイドならまだしも、馬房付きに配置転換とかはされそうね」

「い、いまさら馬の世話なんて……考えたくもないです」

 馬房?

「お馬さん、居るんですか?」

 ラシュリーさんに聞いてみる。

「馬? たくさん居るわよ? グランハインド家は騎士団を持って居るから、他所から馬を仕入れるより一から育て上げた方が何かと都合が良いの。仔馬の頃から世話をしたらかなり懐いてくれるし、なにより騎士にとって愛馬は家族も同然だもの。言うことを聞いてくれない荒馬なんて騎士にとって恥でしかないわ」

 居るんだ!

 馬かぁ。

 良いなぁ。見たいなぁ。
 許されるなら、触りたいなぁ。

 仔馬ってぜったい可愛いよね。
 凄いなぁ。

「カイリは、馬が好きなの?」

「馬っていうか、動物は全部好きです」

 男の子だった時も好きだったのは覚えてる。

 ペット不可のアパートに一人暮らしで、同級生がペットの話をしてるとかなり羨ましかった。
 せめてハムスターとか、そういう小型動物なら飼ってもバレないとは思ったけど、自分の財力とバイトで忙しい生活を考えたら面倒を見きれないと、泣く泣く諦めてたんだよね。

 一つの命を育てるなら、最後まで面倒を見なきゃ飼う資格なんて無いし。

「じゃあ明日は騎士団の馬房と、ちょっと離れてるけど牧場を見にいきましょうか。今は冬季で今年の仔馬はみんな馬房の中だと思うしちょうど良いわ」

「い、良いんですか!?」

 ほんとに!?

「え、ええ」

 あんまりにも私の食いつきがいいから、ラシュリーさんが驚いてしまったようだ。

「こ、仔馬! 触ってもいいですか!?」

「さ、触れるかはちょっと分かんないけれど。母馬も産みたてで気が立っていると思うし、怪我するかも知れないわ」

 あ、そうか。
 大切な仔馬だもんね。
 
 見ず知らずの私が近寄っても、お母さん馬が警戒しちゃうか。

 うん、ここは我慢しよう。

 むやみに動物を刺激するのは良くない。

 見てるだけでも充分幸せだと思わなければ。

「そっかぁ……馬かぁ。凄いなぁ。楽しみだなぁ」

 ワクワクしながらテーブルに戻り、ご飯を食べる。
 美味しい美味しい。
 うん、美味しい!

「……アネモネ」

「はい」

「私今、貴女が暴走したのを責められないわ。なにあの子、すっごい可愛い」

「お嬢様、申し訳ございません。一回で良いので私の頬を叩いてくださいまし。同じ過ちを犯しそうです」

「ええ、わかったわ」

「景気よくお願いします」

 ん?

 なんでアネモネさん、ラシュリーさんにビンタされてんの?

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