最後の恋だなんて言わないで~先生、勘弁してください~

深海 なるる

文字の大きさ
上 下
15 / 15

番外編 響さん、責任取って 5

しおりを挟む
「伊織……綺麗だ……」
 響さんの声で目が覚めた。
 隣では響さんが静かに寝息をたてている。
 さっきのは寝言?
 一体どんな夢を見ているんだ……。
 ベッドサイドの目覚まし時計を確認するともう九時をまわっていた。
 私は響さんを起こさない様にそっとベッドを抜け出す。
 ううーん、と大きく伸びをしながらキッチンに向かった。
「あれ? 何もない……」
 朝食を作ろうと冷蔵庫を開けたんだけど……見事に空。
 しまった! 昨日買い出しして帰ろうと思っていたのに!
 昨夜の事を思い出して一気に血がのぼる。
……そ、それどころじゃなかった……。
 仕方がない。
 ちょっと買い物に出掛けるか……。
 響さんは最近すごく協力的で買い出しにも必ずついて来てくれる。
 でも、今朝は良く寝ているから起こすのはかわいそうだ。
 ひとまず近所のパン屋で朝食だけ買って来ようかな? 
 洗面所で軽くお化粧をして着替えると私は財布とカギだけ持って家を出た。

 十一月の朝の空気はすがすがしい。
 はぁー、いい気持ち……。
 おまけに駅前のパン屋は焼き立てのパンのいい香りに包まれている。
 どれも美味しそうで少し悩みながらいくつかのパンをトレイに乗せた。 
 さあ、帰ってコーヒーでも淹れるか……。
 なんて幸せ気分に浸りながら歩いていたら、駅に人だかりができていた。
 すぐに救急車のサイレンが聞こえてくる。
「ん? どうしたんだろう……?」
 そばを通り過ぎながら横目で見ると若い女性がストレッチャーに乗せられているところだった。
 良かった。意識はしっかりしているようだ。
 ふと、夏休みに入ったばかりの日に響さんと救急車に乗ったことを思い出した。
 あの時は、もう何が何だかわからなくて、気が気じゃなかったな……。
 響さん、元気になって本当に良かった。
 そんなことを考えながら家路を急いでいたら、  
「伊織!」
 響さんが道路の向こうから私を呼ぶ声がした。
「あれ? 響さん? どうしたんですか?」 
 さっきまで寝てたのに……。
 細い道路に車の影はない。
 響さんの方に渡ろうとすると、 
「いや、いい。君は渡るな。俺がそっちに行く」
 といって、響さんは私のもとに駆けてきた。
「響さん……どうしたんです? 顔色が悪いですよ?」
「いや、救急車のサイレンが聞こえたから……」
 あ……! 
 私、書置きもせず、スマホも持たずに家を出て来ちゃってた!
 結衣さんを事故で失った響さんに……もの凄く心配をさせてしまった……。
「響さん、ごめんなさい……」
「いや……君が無事ならそれでいいんだ……君はただ、買い物に出掛けただけなんだから」
 響さんはまるで自分に言い聞かせるように呟いた。
 この心優しい人は、いつか私の事も失うんじゃないかって恐れてる。
「響さん……」
 私はそっと響さんに手を差し出した。
「手を、つないでくれませんか?」
「あ、ああ」
 私たちはただ手をつないでゆっくり歩いた。
 あ……私、いいことを思いついたかも!?
「ねえ響さん、せっかくだから外で食べません?」
「は?」
「朝食! 今日はちょっと歩いて、公園でパンを食べましょうよ!」
 私は響さんの手をひいてぐんぐん歩く。
 少し歩いたところに大きな公園があるんだけど、こんな秋晴れの日に外で食べる食事は絶対に美味しいに決まってる。
「ほら、早く」
「ああ」
 響さんはほんの少し苦笑いをして歩を早めた。
「君には……叶わないな」

「ほら、あそこのベンチなんてどうです?」
 大きな桜の木の下のベンチ。
 公園のこの辺りは春は花見客に人気の一角だけど今日は比較的すいている。
「うん、いいね」
 私たちは並んでベンチに座った。
 ベンチはジョギングコース沿いに並んでいて、時折ランナーが思い思いの速度で通り過ぎていく。
 その奥に広がる芝生広場では小さな子供が犬と駆けまわっていた。  
 私は大好きなハムサンドにかじりつく。
 うん、美味しい!
「はぁぁあ! 幸せ~!」
 響さんはプッと吹き出した。
 え?
 私、なんか変なことを言った?
 ちょっぴり恨めし気に隣に座る響さんを見る。
「いや、ごめん。そうだな、こうして大切な人と美味しいものを朝から食べられるっていうのは……幸せな事だな」
 響さんはそう言うと、それはもうとびきりの笑顔を見せてくれた。
 そうだよ。
 私達、ホントに幸せだ。
 私はこの日、響さんが呟いた言葉を一生忘れないと思う。
 そうだね、本当にそうだよ。
 
「伊織、好きだ。人生は、素晴らしいよ……」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

学園にいる間に一人も彼氏ができなかったことを散々バカにされましたが、今ではこの国の王子と溺愛結婚しました。

朱之ユク
恋愛
ネイビー王立学園に入学して三年間の青春を勉強に捧げたスカーレットは学園にいる間に一人も彼氏ができなかった。  そして、そのことを異様にバカにしている相手と同窓会で再開してしまったスカーレットはまたもやさんざん彼氏ができなかったことをいじられてしまう。  だけど、他の生徒は知らないのだ。  スカーレットが次期国王のネイビー皇太子からの寵愛を受けており、とんでもなく溺愛されているという事実に。  真実に気づいて今更謝ってきてももう遅い。スカーレットは美しい王子様と一緒に幸せな人生を送ります。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

【完結】離縁など、とんでもない?じゃあこれ食べてみて。

BBやっこ
恋愛
サリー・シュチュワートは良縁にめぐまれ、結婚した。婚家でも温かく迎えられ、幸せな生活を送ると思えたが。 何のこれ?「旦那様からの指示です」「奥様からこのメニューをこなすように、と。」「大旦那様が苦言を」 何なの?文句が多すぎる!けど慣れ様としたのよ…。でも。

邪魔しないので、ほっておいてください。

りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。 お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。 義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。 実の娘よりもかわいがっているぐらいです。 幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。 でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。 階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。 悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。 それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...