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4話 吉野先生スミマセン 先生の知らないことがまた一つ増えてしまいました
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どうしよう、私は帰れない。テラスに干しているブラウスはまだ乾いていない。先生も帰らない。私はどうしたらいいの……?
さっき先生が出て言った直後に結菜さんが来た。先生がまっすぐエレベーターに向かっていたら二人は廊下で出会ったはずだ。
もしかしたら……。
私はそっと、玄関前の廊下に出て階段に向かった。
そして非常階段を上る。
うー、怖いよ~。ここ、何階なんだろう?
高すぎる。来たときは酔ってたし、まわりは暗かった。さっき結菜さんを追いかけた時は夢中で気が付かなかったけど……ここ、見晴らしがよすぎる。とても手すりなしでは歩けない。私は高所恐怖症なのだ。
恐る恐る階段を上ると吉野先生が座って煙草を吸っていた。私は何も言えずに横に座った。
そうか、今日は先生が心から愛した人の命日なんだ……。
先生は、ただ煙草をくゆらせている。
結衣さんの事を思い出しているのかも知れない。
私はお邪魔かもしれないな。
鍵もかけずに来ちゃったし先に戻ろう。
言葉を交わさずに立ち上がろうとしたら手を掴まれた。
「……先生……?」
先生はじっと私を見ている。
その瞳があまりにうつろで、空っぽで私は切なくなる。
誰でもいいからそばにいて欲しいという時もあるだろう。
私はまた隣に座る。
私達はただ無言で階段に座っていた。煙草の煙だけが揺れて空に消えていった。
「……すまない、部屋に戻ろうか」
ずいぶん長い時間そうやって座っていた気がする。先生が立ち上がって階段を降り始め私を振り返ったから、私も立ち上がる。でも……ホントにここは高すぎて怖い。
「先生、ここ何階ですか?」
「ん?……十五階」
足がすくむはずだ。先生は、戻ってきて私の手を握ってくれた。
「原先生、高いところ苦手なんだ?」
何だかニヤニヤしている。
「完璧な先生にも弱点があったんだな」
先生が、そう言って笑顔を見せてくれたから私の高所恐怖症も役に立つ時があるんだな、って嬉しくなった。
「うっ……く……」
玄関で先生が急に胸を抑えてうずくまった。
「先生! 吉野先生!」
顔が真っ青だ。脂汗が浮いている。ダメだ、ここから一歩も動かせそうにない。
「先生、すぐに救急車を呼びますから!」
私はスマホで119番に通報した。
すぐに救急車が来てくれたので私も一緒に病院に向かう。
救急病院につくと先生はストレッチャーに乗せられたまま処置室に運ばれた。
私はその前のベンチで待つことしかできない。
どうしよう。先生に何かあったらどうしよう。……先生、無事でいて。
私はただ両手を胸の前で握りしめて震えていた。
怖い、怖いよ……。
「先生……怖かった……」
「急性膵炎だった、すまない、原先生。せっかくのお休みにこんなことに付き合わせてしまって」
「そ、そんなことはいいんです。でも……心配したんですから……」
病室に移った先生は点滴をうけている。先ほどに比べたら顔色も少し良くなった気がする。
先生、良かった……。
ホッとしたら、涙が出てきたよ……。
私はベッドの横に椅子を近づけて先生の手を握った。
「原先生、ありがとう、もし、今日家に一人だったらと考えたら恐ろしいよ」
「先生……」
「そんなに、泣かないでくれ……」
先生は繋いだ手を握り返してくれた。
先生はこのまましばらく入院することになった。
先生の実家は鹿児島だから簡単には頼れない。
「私、入院の手続きをして、荷物を取ってきます」
「原先生、そこまでさせてしまって本当にすまない」
吉野先生は恐縮しているけど、もうここまで来たら断れないというか、もはや当然の様な気がしてくる。……結菜さんから結衣さんの話も聞いてしまったしね。……そのことを先生に話せていないっていう負い目も感じている……。
「じゃあ、また戻ってきますから先生はゆっくり休んでいてくださいね」
「……ありがとう」
先生はすぐに目を閉じた。
入院の手続きを済ませていたら「彼女さんですか?」と聞かれてしまった。ホントは違うけどここで否定するのはどうなんだろう?
きっと、そういう事にしておいた方が今後の手続きなどはスムーズにいく気がする。単なる事務職員の勘だけど……。とりあえず、
「はい……、吉野がしばらくお世話になります」
と答えてしまった……吉野先生スミマセン。先生の知らないことがまた一つ増えてしまいました……。
病院は私の家から近かったので、一度帰宅してシャワーを浴びた。いくら焦っていたからとはいえ吉野先生のぶかぶかのTシャツで救急車に乗ってしまったよ……。
今頃恥ずかしくなってきた。
そりゃ、病院で彼女? って聞かれるはずよね。
とりあえず、先生の家にどれだけ物が揃っているか分からないからタオル類は私の家で用意した。病院から入院時に必要なもののリストを貰ったので確認してみる。
あー、そっか男の人は髭剃りとかそういうものもいるんだ。
先生は普段どうやって剃っているんだろう? 実際は彼女じゃないから何も知らない。
ボストンバッグに荷物を詰めて、先生の家に向かった。
さっき洗濯物を畳んでおいて良かった。リストにあるものを探してどんどん、ボストンバッグに詰めていく。この家から持っていけるものは持って行ってあとは病院の近くで買えばいいか……。
洗面所をのぞいたら電動髭剃りが充電されていた。これも入れないと……。
荷物がいっぱいになったからタクシーで病院に向かう。入院するって大変なんだ……。
病室に荷物を置きに寄ったら先生は眠っていた。……良く寝ている。やつれているけど綺麗な寝顔だ。
しばらく、椅子に座ってその横顔を眺めてから近くのスーパーに買い物に行った。
買い物袋をさげて病室に戻ると先生は目を覚ました。
「あ、原先生……」
体を起こそうとするから、
「吉野先生、どうぞ横になっていて下さい」
と声をかけると、
「……うん、ごめん……」
と先生は謝った。……今日は謝られてばかりいる気がする。
先生、気にしないで。こういう時はお互い様ですよ。
私はボストンバッグから荷物を出すと、とりあえず必要なものをベッドの横の棚に収めていった。
あ、そういえば……。
「よ、吉野先生に伝えておかないといけないことが……」
私は、椅子に座って切り出した。
「私、先生の……その、か、彼女ってことになってます」
「え……?」
吉野先生は絶句している。そうだよね。先生本当にスミマセン!
「あの、入院の手続きとかいろいろしていてそういう事に……」
「あ、ああ……そういう事……」
納得してくれたみたいだ。
「……本当にすまないな、原先生」
また、謝られてしまった。
「いえ……じゃあ、明日も来ます。先生、お大事に」
気が付けばもう夕方だ、明日、また面会に来よう。
なんだか離れがたくてこう挨拶してから帰るまでに結構な時間がかかってしまったのはどうしてだろう?
さっき先生が出て言った直後に結菜さんが来た。先生がまっすぐエレベーターに向かっていたら二人は廊下で出会ったはずだ。
もしかしたら……。
私はそっと、玄関前の廊下に出て階段に向かった。
そして非常階段を上る。
うー、怖いよ~。ここ、何階なんだろう?
高すぎる。来たときは酔ってたし、まわりは暗かった。さっき結菜さんを追いかけた時は夢中で気が付かなかったけど……ここ、見晴らしがよすぎる。とても手すりなしでは歩けない。私は高所恐怖症なのだ。
恐る恐る階段を上ると吉野先生が座って煙草を吸っていた。私は何も言えずに横に座った。
そうか、今日は先生が心から愛した人の命日なんだ……。
先生は、ただ煙草をくゆらせている。
結衣さんの事を思い出しているのかも知れない。
私はお邪魔かもしれないな。
鍵もかけずに来ちゃったし先に戻ろう。
言葉を交わさずに立ち上がろうとしたら手を掴まれた。
「……先生……?」
先生はじっと私を見ている。
その瞳があまりにうつろで、空っぽで私は切なくなる。
誰でもいいからそばにいて欲しいという時もあるだろう。
私はまた隣に座る。
私達はただ無言で階段に座っていた。煙草の煙だけが揺れて空に消えていった。
「……すまない、部屋に戻ろうか」
ずいぶん長い時間そうやって座っていた気がする。先生が立ち上がって階段を降り始め私を振り返ったから、私も立ち上がる。でも……ホントにここは高すぎて怖い。
「先生、ここ何階ですか?」
「ん?……十五階」
足がすくむはずだ。先生は、戻ってきて私の手を握ってくれた。
「原先生、高いところ苦手なんだ?」
何だかニヤニヤしている。
「完璧な先生にも弱点があったんだな」
先生が、そう言って笑顔を見せてくれたから私の高所恐怖症も役に立つ時があるんだな、って嬉しくなった。
「うっ……く……」
玄関で先生が急に胸を抑えてうずくまった。
「先生! 吉野先生!」
顔が真っ青だ。脂汗が浮いている。ダメだ、ここから一歩も動かせそうにない。
「先生、すぐに救急車を呼びますから!」
私はスマホで119番に通報した。
すぐに救急車が来てくれたので私も一緒に病院に向かう。
救急病院につくと先生はストレッチャーに乗せられたまま処置室に運ばれた。
私はその前のベンチで待つことしかできない。
どうしよう。先生に何かあったらどうしよう。……先生、無事でいて。
私はただ両手を胸の前で握りしめて震えていた。
怖い、怖いよ……。
「先生……怖かった……」
「急性膵炎だった、すまない、原先生。せっかくのお休みにこんなことに付き合わせてしまって」
「そ、そんなことはいいんです。でも……心配したんですから……」
病室に移った先生は点滴をうけている。先ほどに比べたら顔色も少し良くなった気がする。
先生、良かった……。
ホッとしたら、涙が出てきたよ……。
私はベッドの横に椅子を近づけて先生の手を握った。
「原先生、ありがとう、もし、今日家に一人だったらと考えたら恐ろしいよ」
「先生……」
「そんなに、泣かないでくれ……」
先生は繋いだ手を握り返してくれた。
先生はこのまましばらく入院することになった。
先生の実家は鹿児島だから簡単には頼れない。
「私、入院の手続きをして、荷物を取ってきます」
「原先生、そこまでさせてしまって本当にすまない」
吉野先生は恐縮しているけど、もうここまで来たら断れないというか、もはや当然の様な気がしてくる。……結菜さんから結衣さんの話も聞いてしまったしね。……そのことを先生に話せていないっていう負い目も感じている……。
「じゃあ、また戻ってきますから先生はゆっくり休んでいてくださいね」
「……ありがとう」
先生はすぐに目を閉じた。
入院の手続きを済ませていたら「彼女さんですか?」と聞かれてしまった。ホントは違うけどここで否定するのはどうなんだろう?
きっと、そういう事にしておいた方が今後の手続きなどはスムーズにいく気がする。単なる事務職員の勘だけど……。とりあえず、
「はい……、吉野がしばらくお世話になります」
と答えてしまった……吉野先生スミマセン。先生の知らないことがまた一つ増えてしまいました……。
病院は私の家から近かったので、一度帰宅してシャワーを浴びた。いくら焦っていたからとはいえ吉野先生のぶかぶかのTシャツで救急車に乗ってしまったよ……。
今頃恥ずかしくなってきた。
そりゃ、病院で彼女? って聞かれるはずよね。
とりあえず、先生の家にどれだけ物が揃っているか分からないからタオル類は私の家で用意した。病院から入院時に必要なもののリストを貰ったので確認してみる。
あー、そっか男の人は髭剃りとかそういうものもいるんだ。
先生は普段どうやって剃っているんだろう? 実際は彼女じゃないから何も知らない。
ボストンバッグに荷物を詰めて、先生の家に向かった。
さっき洗濯物を畳んでおいて良かった。リストにあるものを探してどんどん、ボストンバッグに詰めていく。この家から持っていけるものは持って行ってあとは病院の近くで買えばいいか……。
洗面所をのぞいたら電動髭剃りが充電されていた。これも入れないと……。
荷物がいっぱいになったからタクシーで病院に向かう。入院するって大変なんだ……。
病室に荷物を置きに寄ったら先生は眠っていた。……良く寝ている。やつれているけど綺麗な寝顔だ。
しばらく、椅子に座ってその横顔を眺めてから近くのスーパーに買い物に行った。
買い物袋をさげて病室に戻ると先生は目を覚ました。
「あ、原先生……」
体を起こそうとするから、
「吉野先生、どうぞ横になっていて下さい」
と声をかけると、
「……うん、ごめん……」
と先生は謝った。……今日は謝られてばかりいる気がする。
先生、気にしないで。こういう時はお互い様ですよ。
私はボストンバッグから荷物を出すと、とりあえず必要なものをベッドの横の棚に収めていった。
あ、そういえば……。
「よ、吉野先生に伝えておかないといけないことが……」
私は、椅子に座って切り出した。
「私、先生の……その、か、彼女ってことになってます」
「え……?」
吉野先生は絶句している。そうだよね。先生本当にスミマセン!
「あの、入院の手続きとかいろいろしていてそういう事に……」
「あ、ああ……そういう事……」
納得してくれたみたいだ。
「……本当にすまないな、原先生」
また、謝られてしまった。
「いえ……じゃあ、明日も来ます。先生、お大事に」
気が付けばもう夕方だ、明日、また面会に来よう。
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