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2章
6話 ……や、優しくしてください……
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「あ、あのね、婚約者って言ってもね、それはホントの婚約ではないっていうか、つまり、その……私、今、ある人と『偽装婚約』しているの」
うつむくちいちゃんにトシヤさんが驚いて詰め寄った。
「『偽装婚約』って……一体どういう事なんだ? それは愛美も知っているのか? この半年間ちいちゃんに何があった?」
「俊哉さん……それは……」
トシヤさんの怖いぐらいに真剣な眼差しにちいちゃんは言葉を失う。
お母さんの危機に気が付いたのか蓮君が大声で泣き出してしまった。
「ト、トシヤさんっ、ちいちゃんを責めないで……ちいちゃん、私たちは心配しているだけなんだよ」
私は慌てて二人の間に入る。
「うん……ごめんね。婚約についてはお姉ちゃんにも伝えたけど、それが偽装だってことはまだ言えてないの。ああ、……今は上手く話せる気がしない……今度ちゃんと話すから……。ゴメンッ、今日は二人に会えて嬉しかったよ」
泣き続ける蓮君を抱っこしたまま、さっと立ち上がるとちいちゃんは逃げるように部屋を出て行った。
「ちいちゃん……」
「『偽装婚約』だって……? 一体あの子は何をやっているんだ?」
トシヤさんは呆然とした様子で呟いた。
偽装婚約……?
それって偽りの婚約って事だよね。
でも……どういう事?
なんでちいちゃんは、そんなことをしているんだろう?
これまで、駆け落ちしたり、未婚の母になったりと波乱万丈の人生をおくってきたけど、今は家に帰って落ち着いているんだろうと思っていた。なのに、まさかそんなことになっていたなんて……。
「……まあ、今夜、ここで僕たちがあれこれ考えてもしょうがないのか……いずれ話せる時が来たら話してくれるだろ……?」
トシヤさんは自分に言い聞かせるように言った。
……そうだね……。
にしても、『偽装婚約』って……パワーワードすぎるでしょ!?
ちいちゃぁぁぁああん!
何やってるのよぉぉぉぉぉお!?
心の中でパニックになりながら問いかけたてみたけど……まったく、ホントにさっぱり意味が分からなかった。
「せっかく雲仙に来たんだから、温泉にでも行く? 」
「は、はい。そうですね……」
私たちは連れ立って温泉に入りに行った。
「はぁぁ、いい気持ち……」
冬の露天風呂は空気がきりっとして好きだ。
日々の忙しさから解放されて心も体も軽くなった気がする。
私、知らぬ間に肩に力が入っていたんだな。
不安な気持ちを吐き出したおかげで、また頑張れる気がしてきた。
あらためて、今日トシヤさんが旅行に連れて来てくれた事を嬉しく思う。
それにしても……。
温泉につかりながらもちいちゃんが落とした爆弾があまりに衝撃的で私の気持ちはふわふわしっぱなしだった。
「お帰りー、いいお湯だった?」
「はい、とっても」
部屋に戻るとトシヤさんが畳に寝ころんでくつろいでいた。
テレビでバラエティーを見ていたようだ。
「そっか、それは良かった」
私も近くに座るとトシヤさんが膝の上に頭をのせてくる。
こ、これって……ひ、膝枕じゃ?
焦る私をよそにトシヤさんはしばらくテレビを見て笑っていた。
うぅ、そのかすかな振動さえもトシヤさんを近くに感じすぎて私の心臓はバクバクしてくる。
目はテレビを見ているけど内容は全然頭に入って来ない。
CMに入るとトシヤさんは膝の上でごろんと体の向きを変えて私を見上げてきた。
「浴衣……かわいいよ、似合ってる」
眩しそうに瞳を細めてこんなことを言ってくるから……。
「トシヤさん……もう、ムリッ、恥ずかしくってどうにかなりそう」
私は白旗をあげた。
ムリだよ。
こんな甘い時間。
耐えられない。
は、
恥ずかしいっ。
「はははっ、葵ちゃんのそういう、擦れてないところ、好きだなぁ」
トシヤさんは体を起こすと、私を抱きしめてくれた。
「葵ちゃん……」
トシヤさんの伏せた瞳が艶っぽくて私はそっとまぶたを閉じる。
「ん……」
「ゴメン、今夜は優しくしてあげられないかも?」
え?
ト、トシヤさん?
そんなぁ……。
……や、優しくしてください……。
トシヤさんの唇が首筋をなぞる。
「ん、ふぁ……」
目を閉じているから余計に舌が這う感覚を敏感に拾ってしまう。
は、あん、そこはダメだってば……。
「んあっ、ちょっ……や……」
この夜のトシヤさんは……それはもう、最高に意地悪で、最高に優しかった……。
「浴衣っていいな……脱がせやすくって」
朝、チェックアウトの準備をしていたらトシヤさんがぽつりとつぶやいた。
あ? また、朝からセクハラ発言してる!
私がキッとにらみつけてもトシヤさんは気にも留めずに、
「ね、パジャマ、いらなかったでしょ?」
といってかわいくほほ笑んだ。
「ほら、僕の言った通り」
じゃないの!
んもう! トシヤさんのバカ!
大っ嫌い!
大好きだけど、大っ嫌い!
フロントで清算しているとロビーに蓮君を抱くちいちゃんの姿があった。
「ちいちゃん!」
「……葵ちゃん」
ちいちゃんは一緒にいた長身の男性に蓮君を預けると私たちの方に歩いてきた。
今朝もちいちゃんはとてもかわいい。
きっと、今、幸せなんだ。
「ちいちゃん、昨日はホントにごめんね。心配かけちゃって」
「気にしないで、葵ちゃん。こういう事があって絆って深まっていくものでしょ? 私なんか蓮の父親とは喧嘩もしなかったから……だからダメになったんだって今なら分かる。葵ちゃんが結婚や出産に躊躇する気持ちもね……分かるよ。私、思いがけず母親になっちゃったけど……ホント大変だもん、あ、でも後悔はしてないの。蓮を産んで良かったって思ってる」
ちいちゃんはそう言ってはにかむ様にほほ笑んだ。
「ちいちゃん、大人になったなぁ……」
トシヤさんがちいちゃんの頭をポンとなでた。
「あ……」
ちいちゃんは慌てた様子で振り返る。
蓮君を抱っこしたままの男性が軽く頭を下げたので私とトシヤさんも頭を下げた。
「ねえ、ところでちいちゃん、あのめちゃくちゃかっこいい人……」
「そ、そう、あの人が……」
ちいちゃんはまた、真っ赤になってうつむいた。
「私の、その……婚約者」
ジロジロ見るのも失礼かと思ったけど私はちいちゃんの偽りの婚約者さんを凝視してしまった。
かなりの長身で切れ長の瞳がクールな印象のイケメンだ。
旅行中にもかかわらずジャケットを羽織っているなんて、きっと普段からきちんとした格好をしている人なんだろうな……。
うん、悪い人ではなさそう。
正直、ちいちゃんのかわいらしい感じとは真逆な気もするけど……。
でも、ちいちゃんがお昼寝している蓮君を任せたり、家族や保育園の先生以外には人見知り中の蓮君が大人しく抱かれているって事は……。
『偽装婚約』と言っていたけど、それなりに関係は良好なんだろうと思う。
「じゃあ、葵ちゃん、俊哉さん、また」
「うん、ちいちゃん。今度、電話する。ゆっくり話そ」
そう言って、私達はロビーで別れた。
偽りの婚約者って聞いて、昨夜は心配したけど、少しだけ安心した。
「トシヤさん、相手の人、いい人そうで良かっ、た……ね 」
振り返ると、トシヤさんが厳しい目つきで婚約者さんの背中を睨みつけていた。
「トシヤさん?」
「あの男……今日は眼鏡をかけていないけど……間違いない」
「知っている人なの?」
「ああ……学生時代、愛美が僕と付き合っている時に浮気した相手が、奴だ」
…………!!
そ、そんな因縁の相手だなんて!
……ちいちゃんはそのことを知っているんだろうか……?
うつむくちいちゃんにトシヤさんが驚いて詰め寄った。
「『偽装婚約』って……一体どういう事なんだ? それは愛美も知っているのか? この半年間ちいちゃんに何があった?」
「俊哉さん……それは……」
トシヤさんの怖いぐらいに真剣な眼差しにちいちゃんは言葉を失う。
お母さんの危機に気が付いたのか蓮君が大声で泣き出してしまった。
「ト、トシヤさんっ、ちいちゃんを責めないで……ちいちゃん、私たちは心配しているだけなんだよ」
私は慌てて二人の間に入る。
「うん……ごめんね。婚約についてはお姉ちゃんにも伝えたけど、それが偽装だってことはまだ言えてないの。ああ、……今は上手く話せる気がしない……今度ちゃんと話すから……。ゴメンッ、今日は二人に会えて嬉しかったよ」
泣き続ける蓮君を抱っこしたまま、さっと立ち上がるとちいちゃんは逃げるように部屋を出て行った。
「ちいちゃん……」
「『偽装婚約』だって……? 一体あの子は何をやっているんだ?」
トシヤさんは呆然とした様子で呟いた。
偽装婚約……?
それって偽りの婚約って事だよね。
でも……どういう事?
なんでちいちゃんは、そんなことをしているんだろう?
これまで、駆け落ちしたり、未婚の母になったりと波乱万丈の人生をおくってきたけど、今は家に帰って落ち着いているんだろうと思っていた。なのに、まさかそんなことになっていたなんて……。
「……まあ、今夜、ここで僕たちがあれこれ考えてもしょうがないのか……いずれ話せる時が来たら話してくれるだろ……?」
トシヤさんは自分に言い聞かせるように言った。
……そうだね……。
にしても、『偽装婚約』って……パワーワードすぎるでしょ!?
ちいちゃぁぁぁああん!
何やってるのよぉぉぉぉぉお!?
心の中でパニックになりながら問いかけたてみたけど……まったく、ホントにさっぱり意味が分からなかった。
「せっかく雲仙に来たんだから、温泉にでも行く? 」
「は、はい。そうですね……」
私たちは連れ立って温泉に入りに行った。
「はぁぁ、いい気持ち……」
冬の露天風呂は空気がきりっとして好きだ。
日々の忙しさから解放されて心も体も軽くなった気がする。
私、知らぬ間に肩に力が入っていたんだな。
不安な気持ちを吐き出したおかげで、また頑張れる気がしてきた。
あらためて、今日トシヤさんが旅行に連れて来てくれた事を嬉しく思う。
それにしても……。
温泉につかりながらもちいちゃんが落とした爆弾があまりに衝撃的で私の気持ちはふわふわしっぱなしだった。
「お帰りー、いいお湯だった?」
「はい、とっても」
部屋に戻るとトシヤさんが畳に寝ころんでくつろいでいた。
テレビでバラエティーを見ていたようだ。
「そっか、それは良かった」
私も近くに座るとトシヤさんが膝の上に頭をのせてくる。
こ、これって……ひ、膝枕じゃ?
焦る私をよそにトシヤさんはしばらくテレビを見て笑っていた。
うぅ、そのかすかな振動さえもトシヤさんを近くに感じすぎて私の心臓はバクバクしてくる。
目はテレビを見ているけど内容は全然頭に入って来ない。
CMに入るとトシヤさんは膝の上でごろんと体の向きを変えて私を見上げてきた。
「浴衣……かわいいよ、似合ってる」
眩しそうに瞳を細めてこんなことを言ってくるから……。
「トシヤさん……もう、ムリッ、恥ずかしくってどうにかなりそう」
私は白旗をあげた。
ムリだよ。
こんな甘い時間。
耐えられない。
は、
恥ずかしいっ。
「はははっ、葵ちゃんのそういう、擦れてないところ、好きだなぁ」
トシヤさんは体を起こすと、私を抱きしめてくれた。
「葵ちゃん……」
トシヤさんの伏せた瞳が艶っぽくて私はそっとまぶたを閉じる。
「ん……」
「ゴメン、今夜は優しくしてあげられないかも?」
え?
ト、トシヤさん?
そんなぁ……。
……や、優しくしてください……。
トシヤさんの唇が首筋をなぞる。
「ん、ふぁ……」
目を閉じているから余計に舌が這う感覚を敏感に拾ってしまう。
は、あん、そこはダメだってば……。
「んあっ、ちょっ……や……」
この夜のトシヤさんは……それはもう、最高に意地悪で、最高に優しかった……。
「浴衣っていいな……脱がせやすくって」
朝、チェックアウトの準備をしていたらトシヤさんがぽつりとつぶやいた。
あ? また、朝からセクハラ発言してる!
私がキッとにらみつけてもトシヤさんは気にも留めずに、
「ね、パジャマ、いらなかったでしょ?」
といってかわいくほほ笑んだ。
「ほら、僕の言った通り」
じゃないの!
んもう! トシヤさんのバカ!
大っ嫌い!
大好きだけど、大っ嫌い!
フロントで清算しているとロビーに蓮君を抱くちいちゃんの姿があった。
「ちいちゃん!」
「……葵ちゃん」
ちいちゃんは一緒にいた長身の男性に蓮君を預けると私たちの方に歩いてきた。
今朝もちいちゃんはとてもかわいい。
きっと、今、幸せなんだ。
「ちいちゃん、昨日はホントにごめんね。心配かけちゃって」
「気にしないで、葵ちゃん。こういう事があって絆って深まっていくものでしょ? 私なんか蓮の父親とは喧嘩もしなかったから……だからダメになったんだって今なら分かる。葵ちゃんが結婚や出産に躊躇する気持ちもね……分かるよ。私、思いがけず母親になっちゃったけど……ホント大変だもん、あ、でも後悔はしてないの。蓮を産んで良かったって思ってる」
ちいちゃんはそう言ってはにかむ様にほほ笑んだ。
「ちいちゃん、大人になったなぁ……」
トシヤさんがちいちゃんの頭をポンとなでた。
「あ……」
ちいちゃんは慌てた様子で振り返る。
蓮君を抱っこしたままの男性が軽く頭を下げたので私とトシヤさんも頭を下げた。
「ねえ、ところでちいちゃん、あのめちゃくちゃかっこいい人……」
「そ、そう、あの人が……」
ちいちゃんはまた、真っ赤になってうつむいた。
「私の、その……婚約者」
ジロジロ見るのも失礼かと思ったけど私はちいちゃんの偽りの婚約者さんを凝視してしまった。
かなりの長身で切れ長の瞳がクールな印象のイケメンだ。
旅行中にもかかわらずジャケットを羽織っているなんて、きっと普段からきちんとした格好をしている人なんだろうな……。
うん、悪い人ではなさそう。
正直、ちいちゃんのかわいらしい感じとは真逆な気もするけど……。
でも、ちいちゃんがお昼寝している蓮君を任せたり、家族や保育園の先生以外には人見知り中の蓮君が大人しく抱かれているって事は……。
『偽装婚約』と言っていたけど、それなりに関係は良好なんだろうと思う。
「じゃあ、葵ちゃん、俊哉さん、また」
「うん、ちいちゃん。今度、電話する。ゆっくり話そ」
そう言って、私達はロビーで別れた。
偽りの婚約者って聞いて、昨夜は心配したけど、少しだけ安心した。
「トシヤさん、相手の人、いい人そうで良かっ、た……ね 」
振り返ると、トシヤさんが厳しい目つきで婚約者さんの背中を睨みつけていた。
「トシヤさん?」
「あの男……今日は眼鏡をかけていないけど……間違いない」
「知っている人なの?」
「ああ……学生時代、愛美が僕と付き合っている時に浮気した相手が、奴だ」
…………!!
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