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1章
17話 ああ、やっぱり、イケメンが本気出したら私なんか太刀打ちできないって!
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7月も後半に差し掛かったある日、南君が松葉杖をついて登校してきた。休日のサッカークラブの練習中に足首を痛めて、病院で検査をしたら骨にひびが入っていたらしい。
ギプスで固定された右足をかばって慣れない松葉づえで移動する姿はかなり痛々しい。夏休みまでのあと何日間かはお母さんが車で送迎してくれるとのことだった。
放課後、校門の前で迎えの車を待つ南君の姿があった。
あれ? お母さん、まだなのかな?
声をかけようと思っていたら、六年生の小川君が通りがかった。
「南! お前その足どうしたの?」
「サッカーの試合で怪我して、ひびが入ったんだよ」
「へー、痛そうだな」
私は声をかけずに見守ることにした。
「もう、大丈夫だよ」
「そっか、あ、それ、持ってやろうか?」
小川君は南君が松葉杖をついてさらに習字バッグを持っていることに気が付くとさっと習字バッグを持ってあげる。
小川君、優しいね。
私はなんだか嬉しくなって笑顔になる。
すると、ふいに小川君が振り返って私の顔を見た後、なんだか微妙な表情をした。
「え? 何? 小川君」
「いや、先生が変な顔してるから」
変? 変って、それは言っちゃいけない言葉だよ。私、にやけてた?
小川君は感情をストレートに表し過ぎるので困る。本人に悪意は全くない。
「変はヤメテ、NGワードです」
「NG?」
「そう、ルール違反ってことね」
「う……ん、分かった」
分かってくれたかなー?
「ね、先生それって赤ペン?」
小川君は唐突に私が胸ポケットにいつもさしているペンを指さしてきいた。
前後の脈絡なく思いついたことをすぐに口に出すのも彼の特徴だ。
私は赤い軸のペンを手に取ると子供たちに見せた。最近気に入って良く使っているものだ。
「これ? 外側は赤いけど中身は黒だよ」
「えー、赤ペンかと思った。中は黒なんて変なの!」
大人にとっては別に不思議でも何ともない事だけど小川君にとっては素直に『変』だと思ったのだろう。
そっかー、変か……。
そうだよね、見た目と中身が違うなんて思わないよね。
「でもこのペン凄く書きやすくて気に入っているんだよ。何か書いてみる?」
私はポケットからメモ帳を取り出すと小川君にペンと一緒に渡した。
「どう?」
「うん、なんかさらさらして書きやすいかも?」
「そうでしょ?」
私はペンを受け取ると『小川、南』と二人の名前を書いた。
「ほら、字が上手く見えるでしょ?」
「先生は、いつも字が上手だよ」
小川君はそう言って私にメモ帳を返してくれた。
小川君に褒められるのは誰に褒められるよりも嬉しい。彼は本当の事しか言わない。
小川君の心は本当に綺麗だ。実はとても純粋で、澄んだ心の持ち主だ。
そりゃ、時には意識して嘘をつくこともあるかもしれない。
空気が読めなくて人を傷つける発言をしてしまう事もあるし、自分の気持ちをおさえきれない時もある。
でも言い換えれば彼は自分に正直なのだ。
私達が、心では『嫌だな』と思いつつ『いいね』という事があるなんてこと考えもしない。
彼にとっては『いいね』は『いいね』、『いや』は『いや』だ。
彼は、言葉の通りにすべてを受け取る。
そんな彼を私たちは『発達に問題がある』なんて言える?『人の心を推し量る能力がないからダメだ』なんて言える?
私達が誰とも衝突したくなくて自分の心に嘘ばかりついて生きているから正直な彼らは苦しいんじゃないの?
「先生、どうしたの?」
「大丈夫?」
子供たちに顔をのぞき込まれてハッとした。
「ゴメン、大丈夫だよ、あ、南君のお母さんが来たよ」
シルバーのミニバンが近くに止まったので、そこまで南君の速度に合わせてゆっくり歩いた。
小川君はまだ習字バッグを持ってくれている。
「小川君、ありがとう。先生、さようなら」
「先生、お世話になりました。あ、小川君、ありがとう、乗って行く? 送って行こうか?」
南君のお母さんにそう声をかけられたけど小川君は断った。
「車で帰るのはダメだってルールだから」
偉いね、小川君、一つずつルールを覚えて成長しているんだね。
私は本当に嬉しくてたまらなかった。
「葵せーんせ、どうした?」
「あ、ト、佐藤先生」
なんだかニヤニヤが止まらないままに放課後の廊下を歩いていたらトシヤさんに見つかってしまった。
私達がお付き合いをはじめてひと月が経った。
で、私達の仲はどうなったかというと……。
「ね、葵先生、今夜飲みに行かない?」
「今日はまだ月曜日ですよ。もちろん、行きません」
「じゃあ、明日は?」
「明日もムリです」
「えー、じゃあ、あさって?」
「……佐藤先生、私達もうお付き合いしているんですから、こんなに毎日口説いてもらわなくても結構ですよ」
私はあきれて言う。
「それはそれで寂しいんだよな~、もうこれは、ライフワークというか……」
「そんなライフワークはいりません」
「そう?」
渡り廊下でふと空を見上げた。抜けるような青空だ。ああ、青いなあ。青空を背負ったトシヤさんは私を熱いまなざしでみつめると、とびきり美しい笑顔で囁いた。
「ま、僕は何と言われようと君の事が好きなんだ。これからも、毎日愛を囁くよ、葵ちゃん」
「…………」
「だって、葵ちゃんのツレナイところも素敵だけど、たまにはドキッとしてほしいんだもん」
……私は、今本当に幸せだ。愛している人が愛を返してくれる。
それがこんなにも幸せな事なんて。でもね。
「イヤ、それは勘弁してくださいトシヤさん、こんなの仕事に支障が出ます」
私、真っ赤になっちゃうじゃないか! 先生のお仕事中なの! そりゃあね、先生だって人間だよ、恋だってする。でも、いくら放課後だからってこれは反則だよ! そもそも学校では口説かないっていう選択肢はないんですか?
甘いマスクの佐藤先生には塩対応よ! って今井先生は教えてくれたけど、これホントに効果があるの?
トシヤさんを余計に燃え上がらせているだけじゃ……?
ああ、やっぱり、イケメンが本気出したら私なんか太刀打ちできないって!
飛行機のエンジン音が聞こえてきて、見上げると空に大きな白線が引かれていくところだった。
もうすっかり夏空だ。長かった梅雨は明けた。
もうすぐ夏休みがやってくる。
ギプスで固定された右足をかばって慣れない松葉づえで移動する姿はかなり痛々しい。夏休みまでのあと何日間かはお母さんが車で送迎してくれるとのことだった。
放課後、校門の前で迎えの車を待つ南君の姿があった。
あれ? お母さん、まだなのかな?
声をかけようと思っていたら、六年生の小川君が通りがかった。
「南! お前その足どうしたの?」
「サッカーの試合で怪我して、ひびが入ったんだよ」
「へー、痛そうだな」
私は声をかけずに見守ることにした。
「もう、大丈夫だよ」
「そっか、あ、それ、持ってやろうか?」
小川君は南君が松葉杖をついてさらに習字バッグを持っていることに気が付くとさっと習字バッグを持ってあげる。
小川君、優しいね。
私はなんだか嬉しくなって笑顔になる。
すると、ふいに小川君が振り返って私の顔を見た後、なんだか微妙な表情をした。
「え? 何? 小川君」
「いや、先生が変な顔してるから」
変? 変って、それは言っちゃいけない言葉だよ。私、にやけてた?
小川君は感情をストレートに表し過ぎるので困る。本人に悪意は全くない。
「変はヤメテ、NGワードです」
「NG?」
「そう、ルール違反ってことね」
「う……ん、分かった」
分かってくれたかなー?
「ね、先生それって赤ペン?」
小川君は唐突に私が胸ポケットにいつもさしているペンを指さしてきいた。
前後の脈絡なく思いついたことをすぐに口に出すのも彼の特徴だ。
私は赤い軸のペンを手に取ると子供たちに見せた。最近気に入って良く使っているものだ。
「これ? 外側は赤いけど中身は黒だよ」
「えー、赤ペンかと思った。中は黒なんて変なの!」
大人にとっては別に不思議でも何ともない事だけど小川君にとっては素直に『変』だと思ったのだろう。
そっかー、変か……。
そうだよね、見た目と中身が違うなんて思わないよね。
「でもこのペン凄く書きやすくて気に入っているんだよ。何か書いてみる?」
私はポケットからメモ帳を取り出すと小川君にペンと一緒に渡した。
「どう?」
「うん、なんかさらさらして書きやすいかも?」
「そうでしょ?」
私はペンを受け取ると『小川、南』と二人の名前を書いた。
「ほら、字が上手く見えるでしょ?」
「先生は、いつも字が上手だよ」
小川君はそう言って私にメモ帳を返してくれた。
小川君に褒められるのは誰に褒められるよりも嬉しい。彼は本当の事しか言わない。
小川君の心は本当に綺麗だ。実はとても純粋で、澄んだ心の持ち主だ。
そりゃ、時には意識して嘘をつくこともあるかもしれない。
空気が読めなくて人を傷つける発言をしてしまう事もあるし、自分の気持ちをおさえきれない時もある。
でも言い換えれば彼は自分に正直なのだ。
私達が、心では『嫌だな』と思いつつ『いいね』という事があるなんてこと考えもしない。
彼にとっては『いいね』は『いいね』、『いや』は『いや』だ。
彼は、言葉の通りにすべてを受け取る。
そんな彼を私たちは『発達に問題がある』なんて言える?『人の心を推し量る能力がないからダメだ』なんて言える?
私達が誰とも衝突したくなくて自分の心に嘘ばかりついて生きているから正直な彼らは苦しいんじゃないの?
「先生、どうしたの?」
「大丈夫?」
子供たちに顔をのぞき込まれてハッとした。
「ゴメン、大丈夫だよ、あ、南君のお母さんが来たよ」
シルバーのミニバンが近くに止まったので、そこまで南君の速度に合わせてゆっくり歩いた。
小川君はまだ習字バッグを持ってくれている。
「小川君、ありがとう。先生、さようなら」
「先生、お世話になりました。あ、小川君、ありがとう、乗って行く? 送って行こうか?」
南君のお母さんにそう声をかけられたけど小川君は断った。
「車で帰るのはダメだってルールだから」
偉いね、小川君、一つずつルールを覚えて成長しているんだね。
私は本当に嬉しくてたまらなかった。
「葵せーんせ、どうした?」
「あ、ト、佐藤先生」
なんだかニヤニヤが止まらないままに放課後の廊下を歩いていたらトシヤさんに見つかってしまった。
私達がお付き合いをはじめてひと月が経った。
で、私達の仲はどうなったかというと……。
「ね、葵先生、今夜飲みに行かない?」
「今日はまだ月曜日ですよ。もちろん、行きません」
「じゃあ、明日は?」
「明日もムリです」
「えー、じゃあ、あさって?」
「……佐藤先生、私達もうお付き合いしているんですから、こんなに毎日口説いてもらわなくても結構ですよ」
私はあきれて言う。
「それはそれで寂しいんだよな~、もうこれは、ライフワークというか……」
「そんなライフワークはいりません」
「そう?」
渡り廊下でふと空を見上げた。抜けるような青空だ。ああ、青いなあ。青空を背負ったトシヤさんは私を熱いまなざしでみつめると、とびきり美しい笑顔で囁いた。
「ま、僕は何と言われようと君の事が好きなんだ。これからも、毎日愛を囁くよ、葵ちゃん」
「…………」
「だって、葵ちゃんのツレナイところも素敵だけど、たまにはドキッとしてほしいんだもん」
……私は、今本当に幸せだ。愛している人が愛を返してくれる。
それがこんなにも幸せな事なんて。でもね。
「イヤ、それは勘弁してくださいトシヤさん、こんなの仕事に支障が出ます」
私、真っ赤になっちゃうじゃないか! 先生のお仕事中なの! そりゃあね、先生だって人間だよ、恋だってする。でも、いくら放課後だからってこれは反則だよ! そもそも学校では口説かないっていう選択肢はないんですか?
甘いマスクの佐藤先生には塩対応よ! って今井先生は教えてくれたけど、これホントに効果があるの?
トシヤさんを余計に燃え上がらせているだけじゃ……?
ああ、やっぱり、イケメンが本気出したら私なんか太刀打ちできないって!
飛行機のエンジン音が聞こえてきて、見上げると空に大きな白線が引かれていくところだった。
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