あまーいマスクの佐藤先生に塩対応!~ちょっと! イケメンが本気出したら私なんか太刀打ちできないって!~

深海 なるる

文字の大きさ
上 下
17 / 27
1章

17話 ああ、やっぱり、イケメンが本気出したら私なんか太刀打ちできないって!

しおりを挟む
 7月も後半に差し掛かったある日、南君が松葉杖をついて登校してきた。休日のサッカークラブの練習中に足首を痛めて、病院で検査をしたら骨にひびが入っていたらしい。
 ギプスで固定された右足をかばって慣れない松葉づえで移動する姿はかなり痛々しい。夏休みまでのあと何日間かはお母さんが車で送迎してくれるとのことだった。
 放課後、校門の前で迎えの車を待つ南君の姿があった。
 あれ? お母さん、まだなのかな?
 声をかけようと思っていたら、六年生の小川君が通りがかった。
「南! お前その足どうしたの?」
「サッカーの試合で怪我して、ひびが入ったんだよ」
「へー、痛そうだな」
 私は声をかけずに見守ることにした。
「もう、大丈夫だよ」
「そっか、あ、それ、持ってやろうか?」
 小川君は南君が松葉杖をついてさらに習字バッグを持っていることに気が付くとさっと習字バッグを持ってあげる。
 小川君、優しいね。
 私はなんだか嬉しくなって笑顔になる。
 すると、ふいに小川君が振り返って私の顔を見た後、なんだか微妙な表情をした。
「え? 何? 小川君」
「いや、先生が変な顔してるから」
 変? 変って、それは言っちゃいけない言葉だよ。私、にやけてた?
 小川君は感情をストレートに表し過ぎるので困る。本人に悪意は全くない。
「変はヤメテ、NGワードです」
「NG?」
「そう、ルール違反ってことね」
「う……ん、分かった」
 分かってくれたかなー?
「ね、先生それって赤ペン?」
 小川君は唐突に私が胸ポケットにいつもさしているペンを指さしてきいた。
 前後の脈絡なく思いついたことをすぐに口に出すのも彼の特徴だ。
 私は赤い軸のペンを手に取ると子供たちに見せた。最近気に入って良く使っているものだ。
「これ? 外側は赤いけど中身は黒だよ」
「えー、赤ペンかと思った。中は黒なんて変なの!」
 大人にとっては別に不思議でも何ともない事だけど小川君にとっては素直に『変』だと思ったのだろう。
 そっかー、変か……。
 そうだよね、見た目と中身が違うなんて思わないよね。
「でもこのペン凄く書きやすくて気に入っているんだよ。何か書いてみる?」
 私はポケットからメモ帳を取り出すと小川君にペンと一緒に渡した。
「どう?」
「うん、なんかさらさらして書きやすいかも?」
「そうでしょ?」
 私はペンを受け取ると『小川、南』と二人の名前を書いた。
「ほら、字が上手く見えるでしょ?」
「先生は、いつも字が上手だよ」
 小川君はそう言って私にメモ帳を返してくれた。
 小川君に褒められるのは誰に褒められるよりも嬉しい。彼は本当の事しか言わない。
 小川君の心は本当に綺麗だ。実はとても純粋で、澄んだ心の持ち主だ。
 そりゃ、時には意識して嘘をつくこともあるかもしれない。
 空気が読めなくて人を傷つける発言をしてしまう事もあるし、自分の気持ちをおさえきれない時もある。
 でも言い換えれば彼は自分に正直なのだ。
 私達が、心では『嫌だな』と思いつつ『いいね』という事があるなんてこと考えもしない。
 彼にとっては『いいね』は『いいね』、『いや』は『いや』だ。
 彼は、言葉の通りにすべてを受け取る。
 そんな彼を私たちは『発達に問題がある』なんて言える?『人の心を推し量る能力がないからダメだ』なんて言える?
 私達が誰とも衝突したくなくて自分の心に嘘ばかりついて生きているから正直な彼らは苦しいんじゃないの?
「先生、どうしたの?」
「大丈夫?」
 子供たちに顔をのぞき込まれてハッとした。
「ゴメン、大丈夫だよ、あ、南君のお母さんが来たよ」
 シルバーのミニバンが近くに止まったので、そこまで南君の速度に合わせてゆっくり歩いた。
 小川君はまだ習字バッグを持ってくれている。
「小川君、ありがとう。先生、さようなら」
「先生、お世話になりました。あ、小川君、ありがとう、乗って行く? 送って行こうか?」
 南君のお母さんにそう声をかけられたけど小川君は断った。
「車で帰るのはダメだってルールだから」
 偉いね、小川君、一つずつルールを覚えて成長しているんだね。
 私は本当に嬉しくてたまらなかった。

「葵せーんせ、どうした?」
「あ、ト、佐藤先生」
 なんだかニヤニヤが止まらないままに放課後の廊下を歩いていたらトシヤさんに見つかってしまった。
 私達がお付き合いをはじめてひと月が経った。
 で、私達の仲はどうなったかというと……。
「ね、葵先生、今夜飲みに行かない?」
「今日はまだ月曜日ですよ。もちろん、行きません」
「じゃあ、明日は?」
「明日もムリです」
「えー、じゃあ、あさって?」
「……佐藤先生、私達もうお付き合いしているんですから、こんなに毎日口説いてもらわなくても結構ですよ」
 私はあきれて言う。
「それはそれで寂しいんだよな~、もうこれは、ライフワークというか……」
「そんなライフワークはいりません」
「そう?」
 渡り廊下でふと空を見上げた。抜けるような青空だ。ああ、青いなあ。青空を背負ったトシヤさんは私を熱いまなざしでみつめると、とびきり美しい笑顔で囁いた。
「ま、僕は何と言われようと君の事が好きなんだ。これからも、毎日愛を囁くよ、葵ちゃん」
「…………」
「だって、葵ちゃんのツレナイところも素敵だけど、たまにはドキッとしてほしいんだもん」
……私は、今本当に幸せだ。愛している人が愛を返してくれる。
 それがこんなにも幸せな事なんて。でもね。
「イヤ、それは勘弁してくださいトシヤさん、こんなの仕事に支障が出ます」
 私、真っ赤になっちゃうじゃないか! 先生のお仕事中なの! そりゃあね、先生だって人間だよ、恋だってする。でも、いくら放課後だからってこれは反則だよ! そもそも学校では口説かないっていう選択肢はないんですか?
 甘いマスクの佐藤先生には塩対応よ! って今井先生は教えてくれたけど、これホントに効果があるの?
 トシヤさんを余計に燃え上がらせているだけじゃ……?

 ああ、やっぱり、イケメンが本気出したら私なんか太刀打ちできないって! 

 飛行機のエンジン音が聞こえてきて、見上げると空に大きな白線が引かれていくところだった。
 もうすっかり夏空だ。長かった梅雨は明けた。
 もうすぐ夏休みがやってくる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

寒い夜だから、夫の腕に閉じ込められました

絹乃
恋愛
学生なのに結婚したわたしは、夫と同じベッドで眠っています。でも、キスすらもちゃんとしたことがないんです。ほんとはわたし、キスされたいんです。でも言えるはずがありません。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

マルヤマ百貨店へようこそ。

松丹子
恋愛
就職後10年目の研修後は、久々の同期会。 楽しく過ごしたその夜に、思いつきで関係を持った那岐山晴麻と広瀬成海。 つかず離れずな関係は、その夜を機に少しずつ変わっていく…… 我が道を行くオトコマエ女子と一途な王子系男子のお仕事ラブコメ? です。 *拙作『素直になれない眠り姫』『トキメキの押し売りは困ります!~イケメン外商とアラフォーOLの年末年始~』と舞台を同じくしておりますが、それぞれ独立してお楽しみいただけます。

顔も知らない旦那さま

ゆうゆう
恋愛
領地で大災害が起きて没落寸前まで追い込まれた伯爵家は一人娘の私を大金持ちの商人に嫁がせる事で存続をはかった。 しかし、嫁いで2年旦那の顔さえ見たことがない 私の結婚相手は一体どんな人?

処理中です...