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1章
2話 わたしが今日佐藤先生の事をちょっぴり見直したのは、私だけの秘密だ
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「南君。大丈夫?」
南君は椅子に座って左の肩を右の手のひらで押さえていた。
「南君は、軽い打ち身だから、とりあえず肩を冷やしています」
養護の山下先生が言うように肩に保冷剤を当てている。
「それで、どうしてこんなケガをしたの?」
「それは……」
南君はうつむいてしまった。その時南君の隣に座っていた児童が大声で話し始めた。
「南が急にオレに掴みかかって来たんだよ! ひっかかれて血が出たんだぞ!」
そう言ってガーゼがあてられた左手の甲を私の顔の目の前に突き出してくる。
小柄な南くんよりも一回り体が大きい。この子確か六年生の……名札を素早く確認する。
そうだ、佐藤先生が受け持っている六年三組の小川君だ。
小川君は普段からトラブルが多いことで有名な児童だ。それに対して南君はとても大人しく、上級生と掴み合いのケンカをするタイプではない。
「小川、とりあえず、話を聞かせてくれ」
佐藤先生は小川君の正面に座ると話を促した。
「つまり、小川は何もしていないのに急に南が掴みかかって来たって言うんだな?」
「そうだよ、オレは南と話していただけなのに!」
小川君は、南君が悪いの一点張りだった。私は南君を保健室の外に連れ出して廊下で話を聞くことにした。
「南君、小川君はああ言っているけど、そうなの?」
「…………」
南君は目に涙を浮かべて何も言わない。
周りで見ていた子供たちが次々と声を上げ始めた。
「先生! 小川君が南君をからかってました!」
「僕も小川君が南君の肩を押しているのを見ました!」
私は先にこの子達から事情を聴くことにした。基本的に校内で喧嘩などのトラブルが起きた時には周りで実際に見ていた子供たちの証言を聞くことが重要だ。
当事者はどちらも自分の都合のいいようにしか言わないし、どうしてもお互いの力関係が影響して真実にたどり着きにくい。
喧嘩がおこったのは三年三組の教室の前の廊下だったので目撃者はかなり多かった。
子供たちが言うには、小川君が小柄な南君を『チビ』などと言ってからかい始めたらしい。
ただ、全員が同時に最初からすべてを見ているわけではないのでまずは、南君の一番近くにいた子を見つけることにした。
「南君と一緒に廊下にいた子はいる?」
「僕、一緒にトイレに行きました……」
最近、南君と仲良くしている子だ。
「じゃあ、小川君がいろいろ言ってきたときも一緒にいたの?」
「はい……」
その子の話では、やはり先にちょっかいをかけてきたのは小川君のようだった。
ここからが大事な質問だ。
「どっちが先に手を出したか見てた?」
「小川君が『チビ』って言いながら南君の肩を何回も押したんです。それで南君が怒って手を振り回したら小川君の手をひっかいちゃって……」
「そう……ありがとう」
私は南君に向き直る。
「南君、みんなが色々話してくれたから何があったのか良く分かったけど、自分の事なんだから南君もちゃんと自分の口で話さないといけないよ。じゃないと、全部小川君の言う通りになっちゃうよ」
南君は手の甲で涙をぬぐった。
「ボク……いっつも小川君にチビって言われるから、それが嫌だった……」
「そうか、それは嫌だったね」
南君は泣きながらもなんとか話をしてくれた。
「今日もまた、い、いっぱい言われて……肩もたくさん押されて、やめて欲しかったから腕を振り回したら小川君の手に当たっちゃって……」
そうか、体の大きな小川君になんとか抵抗していたら思いがけずケガをさせてしまって戸惑っていたのか……。小川君の手から血が出ていることに気が付いて驚いたに違いない。
「何があったかは、分かったよ。じゃあ南君はもう少し保健室で肩を冷やそうか?はい、ほかのみんなはそろそろ掃除の時間だから持ち場に移動して掃除を始めて下さい」
私は子供たちにそう告げて南君と保健室に戻った。
廊下から戻ると佐藤先生も小川君と話しをしていた。
「小川、南にチビと行ったことは君が悪いよ、南は嫌な気分だったと思うよ」
「でも、オレは本当の事を言っただけだ」
小川君は南君にチビといったことを悪い事だと思っていないようだった。
「小川だって、誰かに体格の事を言われたら嫌な気分になるだろ?」
「うーん……別にオレはデブとか言われてもその人の言う通りだなって思う」
小川君は指導に工夫がいる児童だ。
彼には精神論が通用しない。
『相手の気持ちを考えなさい、相手が嫌がることをしてはいけない』という指導では問題行動はおさまらない。何かトラブルが起こるたびに正しいルールを教えていくしかないのだ。
「小川、人の見た目や能力についてからかうのはルール違反だよ。南の肩を何度も押したことも良くない事だ」
「それは、南が無視するから……」
「でも誰かの体に勝手に触るのはルール違反じゃなかった? 南君に謝りなさい」
「……ごめんなさい」
佐藤先生の言葉を受けて小川君は南君に謝った。きっと私が廊下にいる間も佐藤先生は沢山話をしたのだろう。……私はうつむいたままの南君に声をかけた。
「南君、たとえ嫌なことを言われても、その相手に怪我をさせたらいけないよね。南君も謝ろう?」
「はい……小川君、ごめんなさい」
二人はお互いに謝ってそれぞれ教室に戻っていった。
「やっぱり、雨の日はダメですね」
佐藤先生は養護の山下先生に話しかけた。
「そうですね、外遊びが出来ない日が続くと子供たちも上手くストレスが発散できなくて日に日にトラブルが増えますね」
それで佐藤先生はさっき職員室であんなことを言っていたのか……。
「晴れた日は校庭で転んだりドッジボールが当たったりっていう怪我が多いんですけど、雨の日は喧嘩したり廊下を走って子供同士がぶつかったりとトラブルによる怪我がふえるんですよね……今日はこれで喧嘩による怪我は三件目です」
山下先生はため息をついた。保健室は今日もトラブル解決に忙しかったようだ。
山下先生……お疲れさまです。
佐藤先生と私は午後の授業の準備のために急いで職員室に戻ることにした。
「中山先生、さっきは頑張ったね」
佐藤先生がそう声をかけてくれたけど……。
さっき、私は……正しい対応が出来ていただろうか?
指導にはいつも一瞬の判断が求められる。児童の前ではまだ教師になって二年目の私も立派な先生でいなくてはならない。
教室では常に一人だ。
どうすればいいのか頼れる人はいない。
「とりあえず、南の保護者には連絡帳に書くか、夕方電話をするかいずれかのフォローをしたほうがいいと思うよ。押された肩が少し赤くなっていたから」
「はい、そうします」
頼りなさそうだと思っていた佐藤先生は、すごく頼りになる人だった。
わたしが今日佐藤先生の事をちょっぴり見直したのは、私だけの秘密だ。
南君は椅子に座って左の肩を右の手のひらで押さえていた。
「南君は、軽い打ち身だから、とりあえず肩を冷やしています」
養護の山下先生が言うように肩に保冷剤を当てている。
「それで、どうしてこんなケガをしたの?」
「それは……」
南君はうつむいてしまった。その時南君の隣に座っていた児童が大声で話し始めた。
「南が急にオレに掴みかかって来たんだよ! ひっかかれて血が出たんだぞ!」
そう言ってガーゼがあてられた左手の甲を私の顔の目の前に突き出してくる。
小柄な南くんよりも一回り体が大きい。この子確か六年生の……名札を素早く確認する。
そうだ、佐藤先生が受け持っている六年三組の小川君だ。
小川君は普段からトラブルが多いことで有名な児童だ。それに対して南君はとても大人しく、上級生と掴み合いのケンカをするタイプではない。
「小川、とりあえず、話を聞かせてくれ」
佐藤先生は小川君の正面に座ると話を促した。
「つまり、小川は何もしていないのに急に南が掴みかかって来たって言うんだな?」
「そうだよ、オレは南と話していただけなのに!」
小川君は、南君が悪いの一点張りだった。私は南君を保健室の外に連れ出して廊下で話を聞くことにした。
「南君、小川君はああ言っているけど、そうなの?」
「…………」
南君は目に涙を浮かべて何も言わない。
周りで見ていた子供たちが次々と声を上げ始めた。
「先生! 小川君が南君をからかってました!」
「僕も小川君が南君の肩を押しているのを見ました!」
私は先にこの子達から事情を聴くことにした。基本的に校内で喧嘩などのトラブルが起きた時には周りで実際に見ていた子供たちの証言を聞くことが重要だ。
当事者はどちらも自分の都合のいいようにしか言わないし、どうしてもお互いの力関係が影響して真実にたどり着きにくい。
喧嘩がおこったのは三年三組の教室の前の廊下だったので目撃者はかなり多かった。
子供たちが言うには、小川君が小柄な南君を『チビ』などと言ってからかい始めたらしい。
ただ、全員が同時に最初からすべてを見ているわけではないのでまずは、南君の一番近くにいた子を見つけることにした。
「南君と一緒に廊下にいた子はいる?」
「僕、一緒にトイレに行きました……」
最近、南君と仲良くしている子だ。
「じゃあ、小川君がいろいろ言ってきたときも一緒にいたの?」
「はい……」
その子の話では、やはり先にちょっかいをかけてきたのは小川君のようだった。
ここからが大事な質問だ。
「どっちが先に手を出したか見てた?」
「小川君が『チビ』って言いながら南君の肩を何回も押したんです。それで南君が怒って手を振り回したら小川君の手をひっかいちゃって……」
「そう……ありがとう」
私は南君に向き直る。
「南君、みんなが色々話してくれたから何があったのか良く分かったけど、自分の事なんだから南君もちゃんと自分の口で話さないといけないよ。じゃないと、全部小川君の言う通りになっちゃうよ」
南君は手の甲で涙をぬぐった。
「ボク……いっつも小川君にチビって言われるから、それが嫌だった……」
「そうか、それは嫌だったね」
南君は泣きながらもなんとか話をしてくれた。
「今日もまた、い、いっぱい言われて……肩もたくさん押されて、やめて欲しかったから腕を振り回したら小川君の手に当たっちゃって……」
そうか、体の大きな小川君になんとか抵抗していたら思いがけずケガをさせてしまって戸惑っていたのか……。小川君の手から血が出ていることに気が付いて驚いたに違いない。
「何があったかは、分かったよ。じゃあ南君はもう少し保健室で肩を冷やそうか?はい、ほかのみんなはそろそろ掃除の時間だから持ち場に移動して掃除を始めて下さい」
私は子供たちにそう告げて南君と保健室に戻った。
廊下から戻ると佐藤先生も小川君と話しをしていた。
「小川、南にチビと行ったことは君が悪いよ、南は嫌な気分だったと思うよ」
「でも、オレは本当の事を言っただけだ」
小川君は南君にチビといったことを悪い事だと思っていないようだった。
「小川だって、誰かに体格の事を言われたら嫌な気分になるだろ?」
「うーん……別にオレはデブとか言われてもその人の言う通りだなって思う」
小川君は指導に工夫がいる児童だ。
彼には精神論が通用しない。
『相手の気持ちを考えなさい、相手が嫌がることをしてはいけない』という指導では問題行動はおさまらない。何かトラブルが起こるたびに正しいルールを教えていくしかないのだ。
「小川、人の見た目や能力についてからかうのはルール違反だよ。南の肩を何度も押したことも良くない事だ」
「それは、南が無視するから……」
「でも誰かの体に勝手に触るのはルール違反じゃなかった? 南君に謝りなさい」
「……ごめんなさい」
佐藤先生の言葉を受けて小川君は南君に謝った。きっと私が廊下にいる間も佐藤先生は沢山話をしたのだろう。……私はうつむいたままの南君に声をかけた。
「南君、たとえ嫌なことを言われても、その相手に怪我をさせたらいけないよね。南君も謝ろう?」
「はい……小川君、ごめんなさい」
二人はお互いに謝ってそれぞれ教室に戻っていった。
「やっぱり、雨の日はダメですね」
佐藤先生は養護の山下先生に話しかけた。
「そうですね、外遊びが出来ない日が続くと子供たちも上手くストレスが発散できなくて日に日にトラブルが増えますね」
それで佐藤先生はさっき職員室であんなことを言っていたのか……。
「晴れた日は校庭で転んだりドッジボールが当たったりっていう怪我が多いんですけど、雨の日は喧嘩したり廊下を走って子供同士がぶつかったりとトラブルによる怪我がふえるんですよね……今日はこれで喧嘩による怪我は三件目です」
山下先生はため息をついた。保健室は今日もトラブル解決に忙しかったようだ。
山下先生……お疲れさまです。
佐藤先生と私は午後の授業の準備のために急いで職員室に戻ることにした。
「中山先生、さっきは頑張ったね」
佐藤先生がそう声をかけてくれたけど……。
さっき、私は……正しい対応が出来ていただろうか?
指導にはいつも一瞬の判断が求められる。児童の前ではまだ教師になって二年目の私も立派な先生でいなくてはならない。
教室では常に一人だ。
どうすればいいのか頼れる人はいない。
「とりあえず、南の保護者には連絡帳に書くか、夕方電話をするかいずれかのフォローをしたほうがいいと思うよ。押された肩が少し赤くなっていたから」
「はい、そうします」
頼りなさそうだと思っていた佐藤先生は、すごく頼りになる人だった。
わたしが今日佐藤先生の事をちょっぴり見直したのは、私だけの秘密だ。
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