ギソコン~ワケあって偽装婚約した彼は、やり手のイケメン弁護士!?~

深海 なるる

文字の大きさ
27 / 46

26話 激痛

しおりを挟む
「痛っ!!」
 その時、左足に激痛が走った。
 私は体をくの字に曲げて足首に触れる。
「んぅっ……!」 
 ちょっと体に力が入っちゃっただけなのに、どうして……? 
「千尋さんっ!?」
 先生は、慌てて立ち上がり私の前に座り込んだ。
「足に……触っても?」
 私はうなずくことしか出来ない。
 先生は、レギンスを少しまくり上げて靴下を脱がす。
「んっ……うっ……!」
 そのほんの少しの刺激でも、耐えきれないほどの痛みに襲われる。
「さっき、男性とぶつかった時に足を捻っていたんでしょう、腫れて熱を持っています。……軽い捻挫だと思いますが……千尋さん、ソファーに横になって頂けますか。すぐに氷を持ってきます」
 先生はそう言うと私を抱えあげるようにしてソファーに寝かせてくれた。
 頭の下と足の下にそれぞれクッションを入れてくれる。
「少し待っていてくださいね。すぐに戻ります」
 そう言ってキッチンに向かった。
……痛い……痛いよ……。
 もう、身も心もぐちゃぐちゃでどうしていいのか分からない。
 私は横になったまま、瞳を閉じた。
 涙があふれ出て髪を濡らす。
「千尋さん、そんなに泣かないで」
 柔らかいタオルで涙をぬぐわれて私は瞳を開けた。
 冬馬先生がソファーに浅く腰かけて私を見下ろしている。
 その慈愛に満ちた眼差しに胸が苦しくなる。 
「せっ、せんせいっ、トーマ先生!」
 いつだって、私を助けてくれるのはこの人だ。
 私はこめかみあたりに触れていた先生の手に自分の手を重ねて涙を流した。
 先生は、
「泣き虫なところは変わっていませんね」  
 と優しくほほ笑んだ。
「……少し処置をさせて頂いても?」
「は、はい……」
 握りしめていた先生の手を離す。
 先生は私の足元にしゃがみこんで足首を冷やし始めた。
「先生、手慣れてますね」
「そうですか?……まあ、これでもバスケを十年以上やっていましたから……かなり痛むようでしたら痛み止めを持ってきますが」
「あ、それなら私のバッグの中に……」
 頭痛持ちの私は普段から痛み止めを常備している。
 先生はソファーのそばに置いたままになっていたバッグを渡してくれた。
 私は少し体を起こして薬を取り出す。
「これは……?」
 先生が指さしたのは駅前のカフェの紙袋。
「あ、それプリンです。うわっ……どうしよう? 中身、ぐちゃぐちゃかも?」
 こんな時でもプリンの心配をするって、私どんだけ食いしん坊なんだ?
 先生は、くすっと笑い、 
「お腹に入れば同じですよ」
 と言ってプリンの箱を開けた。

「美味しいっ」
 先生に助けられて体を起こし、私はソファに横向きに座ってプリンを一口頬張った。
 両足はクッションの上に伸ばしたままだ。
 心配していたプリンは奇跡的に無事だった。
 良かった。
「食べたら、すぐに薬を飲むんですよ」
 先生はそう言ってペットボトルを渡してくれる。
 私の背後でさっきまで私が頭を乗せていたクッションを動かして先生が空いたスペースに腰かけたのが気配で分かった。
「ああ、やっぱりこのプリンは絶品ですね。それに……甘いものをとると気分が落ち着きます」
 うん、そうだね……。
 気持ちはだいぶ落ち着いた。
 手元のプリンをじっと見つめる。
 私は、何度か話をしようと口を開いてはため息をついた。
 何から話したらいいのか……。
「あ、あの先生、蓮の……その、父親の事なんだけど……」
 それだけ言って言葉に詰まる。
 自分でも理解できないこの感情を上手く伝えられる気がしない。
「千尋さん、話したくないことは話さなくて結構です。……あなたを問い詰める気はなかったんです。私が……浅はかでした」
 先生がどんな表情でそう言ったのか見えない分、先生の優しい声が胸に迫ってくる。
 ううん、先生。
 私が話したいの。
 私、先生に聞いて欲しい。
 この一年半、私がどういう思いで過ごして、蓮を……産み、育ててきたのか?
「先生、私の話を……聞いてくれませんか?」
 全然、整理できてないし、支離滅裂になっちゃうかも知れないけれど、それでも。
 すべて自分で選んでやってきたこと。
「ええ、あなたの話を……私も聞きたいです」
 先生がそう言ってくれたので私は小さく頷くとポツリポツリと話し始めた。



 フォレストで働かせて貰えることになって、まず悩んだのが現住所をどうするかという事だった。
 チカさんは、
「保険証や年金、税金の事を考えたら、ちゃんとタツキの家に住所変更しといた方がいいんじゃない?」
 と言う。
 それは、分かるけど……住所なんて変更しちゃったら確実に父に居場所がばれる。
「タツキ君、どう思う?」
「そうだな……でも、一生身を潜めて生きていくわけにもいかないし、いい機会なんじゃないか? チヒロはもう成人してるんだからどこで生活しようと自由なはずだ」
「そうだよ、千尋ちゃん。もしお父さんが連れ戻しに来ても僕とタツキで守ってやるよ」
 二人の後押しもあって、私は住所を変更することに決めた。
……もし、父が連れ戻しに来たら? そう考えると恐ろしくてたまらなかったけど。
 結局、父は最後まで私を連れ戻しには来なかった。
 私の居場所なんて簡単に知ることが出来たはずなのにどうしてなんだろう?



「え、千尋さん! 住所変更してたんですか!?」
 冬馬先生の声が裏返る。
「う、うん……」
「所長は私にはそんな事ひと言も……家出人の捜索で住民票を確認するのは基本中の基本のはずなのに……」
 先生はいぶかし気に呟いた。
 そ、そうだよね。
 私、駆け落ちからそう間を置かずに住所変更しているから、すぐに実家に連れ戻されたっておかしくなかった。
「でも、結局お父さんは現れなくて、それで私は足場屋さんで働き始めたの……」



 私、バイトもしたことがなかったからフォレストでのお仕事は分からない事だらけのスタートだった。
 領収書とか伝票なんてそもそも見たこともなかったし、電話に出てもどう受け答えしていいかもわからない有様で……。
 今、思い出すとホント恥ずかしいよ。
 ただ、奥さんと、夕方から事務のバイトに来てくれる近所の女子大生の紗良サラちゃんに助けられてなんとか仕事を覚えていった。
 あ、サラちゃんっていうのはチカさんの幼馴染。もうね、モデルさんみたいに背が高いの。百七十センチを優に越えてるらしい。
 チカさんとは犬猿の仲でいっつも二人は小競り合いをしている。
 主にチカさんがサラちゃんの事を『デカ女』って呼ぶのが原因なんだけど、サラちゃんも負けずに『チビ男』って言い返すから……どっちもどっちだよね。
 それから、お世話になった人で忘れちゃいけないのが取引先のシノコウの横井裕翔よこいゆうとさん。
 私がフォレストで働き始めた頃、同じタイミングで以前の人に代わってフォレストの担当になった人で、私が勝手に同期の新人のような親近感を持って接していた人なのだ。
 実際は横井さんって私より五歳も年上で、そんな感情を持つのは失礼かもしれないけど、なんだか昔からの知り合いのように感じる不思議な人だった。
 横井さんはとにかく気遣いの人で、事務所に来るたびにお菓子の差し入れを欠かさず、体調を気遣ってくれたり、何か困ったことはないかといつも尋ねてくれた。
 


「すごく、いい人……」
「へぇー、千尋さんは取引先の方とまで親睦を深めていらっしゃったのですか?」
「え? あの……そう」
 背中から聞こえる冬馬先生の声がちょっぴり冷たい。
 し、親睦って……。
「べ、別に個人的に仲良くしてたわけじゃないですよ。あくまで会社での話だから……」
 って、なんでこんな言い訳じみたことを言わなきゃならないの?
「まあ、職場の人間関係を良好に保つことは大切な事ですから……仕方がありませんね」
 先生はそう言うと後ろからスッと私の腰に腕を回した。
「えっ? センセッ!?」
「プリンの空き容器を頂きましょうか?」
 プ、プリンね……。
「あ、ありがとうございます」 
 先生は私から容器を受け取りすぐそばのリビングテーブルに置く。
「ほら、早くお薬を飲んで」
「は、はい」
 薬を口に放り込みペットボトルの水を口に含む。
 その水がやけに冷たく感じられて私は無意識に自分の体を抱きしめた。 
「足を冷やしているから体も冷えるでしょう? すぐにブランケットをお持ちしますね」
 先生はそう言ってリビングの隣の和室に向かった。
 すぐに押し入れからガーゼケットを持ってきて手渡してくれる。
「ありがとうございます」
「いいえ」
 先生はさっきと同じところにまた腰かけ、私を後ろからそっと抱きしめた。
「先生!?」
「こうしていれば……寒くないでしょう?」
 さ、寒くないどころか……顔が火照って仕方がないです……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた

宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

処理中です...