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ブーデリアの昼下がり

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「ふぅぅぅ!!!

 疲れたわね??」

 私は中腰になって疲れた腰を伸ばしながら、労をねぎらう様にトントンと叩いた。

 3日かけてブーデリアに戻ってきた私だけど、別れの時に大泣きしたのが幸いしたのか、今はすっかり元気になった。

 しかし問題は畑だ。

 2か月留守した間、私の畑はすっかり無法地帯になっていた。

 庭師のトムが少しは気にかけて雑草は毟ってくれたみたいだけど、主のいない畑の野菜は鳥や獣に食べられて無残な状態だった。

 もぉ!!
 
 兄さんひどい!!!

 お野菜台無しだよ???

 私が憤慨しながら手の土を払っていると、背後から声をかけられた。

「すみません。

 こちらに、アルメリア殿下がいらっしゃるとお伺いしたのですが??」

 日焼け対策のほっかむりをはずして振り向くと、そこには近衛の護衛騎士の制服をまとった青年が立っていた。

 私の顔を見て口を開いて固まっている。

 あれ?

 私……何か、顔についてる?

 気になって手鏡を出して覗いてみたけど、特にいつもと変わった様子はない。

 不思議に思いながら「私に何か……?」と尋ねると、青年騎士は体を飛び上がらせて「ひゃっ! はっ!! はい!! 陛下が!! 陛下がおよびです!!! 陛下の書斎まで来るようにとのことでございます!!」と声を上げた。

 お……父様が???

 一体、何の用だろう??

 カルディア兄さんの恰好をしている時に一度話したけど、実はアルメリアとしては会ったことがない。

 だから私に父上、という感覚はまるでない。

 むしろ、よくわからない遠くのおじさん、といった感覚が近いくらいだ。

 だから当然、父上の書斎なんて聞かされても、私にはそれがどこにあるのか知らなかった。

 仕方ない、この男性に尋ねよう……。

「あのぉ……。

 私、父上の書斎、どこか分かりませんけどぉ……?

 連れてってもらえます???」

 そう言って、首をこて? と傾けた瞬間、青年騎士が突然鼻血を噴き出した。

 そしてぐらりと体が傾き、蹲る!!!

「え?

 きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!

 大変!!!!!!

 トトトト、トム!!!!!!!

 トムゥゥゥ!!!!!」

 私の大声に気付いたのか、遠くの方で庭園の木々の剪定をしていたトムが走ってきた。

「姫さん、どうなさったね?

 大声をあげて??」

「……ぅん、この人が、突然、鼻血出して、倒れたの。

 びびびび、びっくりしちゃって!!!!」

「ふぉぉ……。

 えらいこった!!!

 姫さん若いもんには目の毒だて。

 まぁ病気じゃにゃーで、大丈夫だ」

「……えぇ??

 随分血が出てるけど、大丈夫なの???」

 まぁ、トムは何でも詳しいから、大丈夫なんだろう。

 実際、護衛騎士の青年は鼻を抑えながらもなんとか立ち上がった。

「うぅ!!

 ぼうしわげ、あじまぜん」

 鼻血出しているから何言っているのかよくわからないけど、謝ってるみたい。

 トムがさし出したハンカチを「がだじげない」と受け取り鼻を押さえた。

 出血がひどいので先に医療所に行きましょうと提案したのに、青年騎士は、父上の用件が先だからと聞かなかった。

 それで……王宮の通路を青年に先導され、後を歩く私……。

 き……気まずい……。

 いろんな人から大注目を浴びている。

 だって、鼻血だらだらで廊下を歩く青年護衛騎士の後を、私が歩いてるんだよ??

 しかも行先は父上の書斎……。

 途中で兄弟たちや顔見知りの貴族たちとすれ違ったけど、もちろん向こうが話しかけてくるはずはない。

 驚いた顔で遠巻きに見られるだけだ。

 みんな、兄さんの影武者をしている時にしか会ったことないもん。

 仕方ないよ!!!

 それにしても長い回廊。

 ベリアモルゼの王宮の方がもちろん大きいけど、歩いてみるとブーデリアの王宮も結構広い。

 回廊を抜け父上の書斎にたどり着くと、いつもよりくつろいだ表情の父上が待っていた。

「アドゥメディアさばをおづれぢまぢた」

 ………うん。

 もういいから、早く医療所に行ってほしい。

 大丈夫かな? と青年を横目で見送り、改めて父上へと向き合った。

「アルメリアでございます」

 会釈をして、父の言葉を待っていたのだけどなかなか声がかからない。

 父の様子を小さく顔を上げて窺うと、あっけにとられた様子で父上は私を見つめている。

 あれ??

 やっぱり顔に何かついてるのかな???

 再び手鏡を出して顔を確認する。

 ………変だなぁ……???

 何もついてないけど……。

「お前……アルメリアか??」

 おっと!!!

 話しかけられた!!!!

「はい。

 アルメリアです」

 再びふかぶか~と、頭を下げる。

「………ふっ……!!

 はははははははははははは!!!!!!」

 突然大声で父上が笑い出した。

 え??

 何で笑われたの????

 何か、お作法間違えたかなぁぁぁ????

「これは……私としたことが、な………!!!!

 ふふ、面白い!!!

 なぁ、アルメリア。

 お前……ザグリスに行くつもりは有るか???」

 えぇ……ザグリス????

 ベーレン王子のとこかぁ……。

 王都に大きな港があって、交易が盛んな国……。

 コーレンフィッシュってすっごく美味しいって噂のお魚の産地で。

 あ……レンタールがザグリス行ったときに、すっごく美味しいケーキ屋さんがあったって言ってたなぁ。

 いちごとクリームのケーキ、すっごく美味しくてほっぺた落ちそうって言ってたし。

 それに特産のコウモリ豚!!

 柔らかくて癖がなくて美味しいらしい!!

 いつか行ってみたいと思ってたんだよね……。

「……お前の関心は、食い物のことだけか??」

 あ、あれ???

 今もしかして、全部口に出してた???

 カルディア兄さんにも同じようなこと言われたっけ。

 は……恥ずかしいな!!!

「向こうに望まれていくのだし、ザグリスは裕福な国だからな。

 美味しいものしか食べさせてもらえないぞ??」

 ええ!?

 そうなの???

「ぜひ!!!

 ぜひ行ってみたいです!!!!

 父上!!!」

「……そうか。

 それは良かった!!!

 ではお前に、護衛騎士のジェイドと女官のリリアをつけてやろう」

「はいっ!!

 ありがとうございます!!」

「ブーデリアの代表としてザグリスへ行くのだから、くれぐれも粗相のないようにな??」

「はいっ!!

 確かに、承りました!!!」

 こうみえて立派な紳士! だから……何とかなる!!

 頑張る(いちごのケーキのために)!!

 浮き浮きと、嬉しくなって満面の笑みを浮かべる。

 今から楽しみ!!!!

「……時にアルメリア」

「はいっ!!!」

「何故そのようなみすぼらしい服を着ている???」

 父上に言われて、私は意味が分からず、首を傾げた。

「えっ……と。

 このドレスは、トムにもらったもので、穴も開いてませんし、まだ十分着れますよ???」

「トム?

 トムとは誰だ??」

「庭師のトムです。

 トムが娘さんのサイズの合わなくなった服を譲ってくれたので、それを……」

「いや、まて。

 アルメリア。

 そもそもお前、服を買ってもらったことはあるのか??」

 服……服かぁ。

 正直ずっと兄さんの服ばかり着てたし、女の子の服の時はレンタールに借りてたし……。

「いや、良い。

 返答に及ばぬ。

 おい。

 今すぐ、イリアンダの手当てを3分の1に減らせ」

「かしこまりました」

 ふぇ!!

 気づかなかった!!!

 誰かいたんだ!!!

 突然背後から声がして、父上以外の人の存在に気付いた。

 ふぅぅ!!!
 
 侍従長さんか……!!

 気配が全然しなかったから気付かなかったよ……!!!

 そんなわけで、突然だけど私のザグリス行きが決定した。

 しかも出発は1週間後!!

 にわかに王宮に部屋を与えられ、護衛騎士と女官もついて束の間のカルディア兄さん気分を味わった私は、ザグリスへと出発した。

 だけど美味しいものに気を取られていた私は、肝心なことを父上に聞くのを忘れていた。

 そもそも私、なんでザグリスに行くんだろう???
 



 

 

 
 
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