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第13話

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 何故ばれたのか……ジェフリーはクレメンスの言葉にとっさに返事が出来なかった。

 しかしクレメンスは確信していて……。

「ガイゼ……姿を現してくれ」

 クレメンスの言葉と同時にクレメンス自身の影から現れた精霊の姿に、ジェフリーはうっと息を飲んだ。

 ガイゼ……土の精霊だ。

 しかも、ジェフリーと契約するヴァグよりも高位。

 クレメンスの精霊が見えなかったわけだ。

 なるほど、鷲見城が穢れていなかったのは、クレメンスによって浄化されていたからなのだということを、あたらめて気付かされた。

「あなたオメガなんですか?」

 ジェフリーは思わずそう口にした。

 しかしクレメンスは微笑を浮かべて否定した。

「……いいや?

 ジェフ。

 聞いたことはないか?

 モルガノ侯爵の妻女を。

 水と光の精霊を従えるセレナのことを。

 セレナは私の双子の妹で、オメガだ。

 そして私はベータであるにも関わらず。

 ……こうして、精霊と、ガイゼを従えている」

 ベータの中にも聖魔力を操る人物が稀にいるとは聞いていたが、それがまさかクレメンスだったなんて、ジェフリーは驚きとともに彼を見つめた。

 それにしても失敗した。

 ジェフリーは自らオメガと認めてしまったのだ。

「……私は、どうなりますか」

 低くくぐもった声で、ジェフリーは問うた。

「ジェフ・アドル。

 私はこの能力のせいで、一時期魔法宮に送られた。

 オメガだと間違われて、な。

 半年後ベータであると分かって解放されたが……。

 妹は……セレナは残った。

 ……私は、魔法宮がどういう場所か、よく分かっているつもりだ。

 だから……私はどうするつもりもないよ。

 それに……現在の異常事態がそれを許さないんだ……。

 今日には王都からの救援隊がやってくるが……、正直一人でも抜けられると困る」

 クレメンスは戦闘中の鬼気迫る表情が嘘のように優しく微笑んだ。

「……救援隊とともに、浄化師も来るはずだ。

 魔法宮からな。

 現在行方不明の浄化師がいて、その調査のためらしい。

 気をつけろ……そして体を休めるんだ。

 ひどい顔をしているぞ、新人。

 話は以上だ」

 ジェフは緊張が解けて、ほっと肩の力を抜いた。

「失礼します」

 敬礼をして、クレメンスの部屋を出た。

 クレメンスが聖魔力の持ち主だとは、本当に驚かされた。

 しかしジェフリーよりも上位の精霊を使役する能力がありながら、ベータという理由で魔法宮がクレメンスを追い出したという事実。

 結局、オメガと言うことが重要なのか?

 聖魔力の能力よりも?

 ……よく、考えてみなければ。

 クレメンスに呼び出され宿舎に戻るまでの帰り道のこと。

 ジェフリーはクレメンスに起こった出来事について考えていた。

 だから身近に来るまで、話しかけられるまで、の存在に気付かなかった。

 甘いかおりに気付いた次の瞬間。

「ジェフ!」

 懐かしく優しい声に呼び止められ、腕を掴まれた。

 驚き、体から湧き上がる喜び、戸惑い。

 複雑な感情が幾重にも重なり、自分でも訳の分からない高揚感に包まれた。

「リチャード!

 どうして……」

 ここにいるのか?

 ジェフリーはその言葉を飲み込んだ。

 先ほどクレメンスが言っていたではないか。

 王都から救援隊がやってくると。

 まさかその中にリチャードがいるなんて。

「ジェフ……、話があるんだ。

 あの日の事……」

 しかしリチャードの言葉は、怒号によって遮られた。

「リチャード・ブレスコット!

 何をしている!

 隊列を離れるな!」

 リチャードは表情を歪めながら、ジェフリーから手を放した。

「任務から戻ってきたら、会おう!」

 リチャードは小さくそう告げると、走って隊列へと戻った。

 ジェフリーはリチャードの姿を見送った。

 ほんの少し言葉を交わしたそれだけなのに、ジェフリーは喜びで体が震えていた。

 ああ……どうしようもない。

 どうしようもなく、リチャードのことが好きだ。

 ……話があると、リチャードは言っていた。

 それだけのことで、期待してしまう。

 希望を持ってしまう。

 あり得ないことだ。

 オメガでも、魔法の能力でもない、自分を思ってくれるなんて、そんなバカげた望み……。

「リチャード……」

 ジェフリーの漏らした小さな吐息は、まだ中天に輝く太陽の光の中、溶けるように消えていった。







 その数日前……。

 王宮の警護を務める第一部隊に配属されたリチャードは、望み通りの配属先であったにも関わらず、憂鬱な毎日を送っていた。

 ジェフリー・レブルが婚姻前……その噂が事実なのか、一週間たっても二週間たっても、魔法宮長官ジェフリー・レブルの姿を見ることは叶わなかった。

 それだけではない。

 リチャードの気を曇らせていたのはもう一つ理由がある。

 毎晩のように見る、ジェフ・アドルの夢。

 時には同期の仲間たちの中で穏やかに微笑むジェフ・アドルの夢であったり、時には恋人の様にリチャードを誘うジェフ・アドルの夢であったり。

 夢は夜毎に違う内容だったが、共通していることがあった。

 まず第一に必ずジェフ・アドルが出てくるということ。

 そして第二に、ジェフ・アドルが時にジェフリー・レブルと入れ替わっていること。

 不思議なことに夢の中でリチャードは、ジェフとジェフリーを同一視しているのだ。

 ジェフリー・レブルがいるはずのない騎士団の稽古場で剣を振るっていたり、ジェフとともに住んでいた騎士団の寮に、ジェフリー・レブルといたりする。

 逆に、初めてジェフリー・レブルと出会った冒険者ギルドで、リチャードはジェフ・アドルと楽しそうに談笑していたり、リチャードが現在勤めている魔法宮に、何故かジェフ・アドルがいたりする。

 毎夜見る夢に、リチャードは頑なに拒んでいたその事実に、向き合いざるを負えなかった。

 ……ジェフのことが、好きだ。

 ジェフリー様と、同様に。

 二人を同一視してしまう理由は、おそらく現実逃避なのだとリチャードは思っている。

 同時に二人を求める故に、あり得ない状況を妄想しているのだと、そう考えていた。

 しかしそんなある日の事、リチャードは警護中に、偶然、魔法宮の職員二人が、魔法宮から王宮に抜ける回廊の途中で立ち話をしているところに出くわした。

 ちょうど見回りの最中で、回廊のすぐ横の大木の背後にいたリチャードの姿に二人は気付いていない様子だった。

 立ち聞きするつもりなどなかったのだ。

 何やらひそひそ話を、内部事情らしい話を、うっかりと漏らしている二人に自分の存在を明らかにするため警告を発しようとした時。

 だが「レブル長官が行方不明という話はほんとうなのか?」という言葉を聞いてしまうと、リチャードは体を固くして聞き入ってしまったのだ。

「……どうやら、本当らしいぞ。

 ローグ副長官は必死に隠しているが、求婚していた殿下たちが魔法宮にピタリと来なくなったから豊春祭のころからだろ?

 最近魔物が増えてきたってのに、長官が出張らないなんて皆不審がってるし、そろそろ公表されるんじゃないか?」

「そもそもなんで隠したんだろうな?

 公表しなきゃ、探し出せないだろ?」

「そりゃ、とんでもないスキャンダルだし。

 それに、光と火の魔術師だぜ?」

「……そうか、めくらましか!

 本気で隠れようとしたなら。

 長官が他人の姿になりすましたら、誰にも見つからないな……」

 豊春節……。

 そして、他人の姿へのなりすまし。

 そんなことが出来るのか、聖魔力というモノは。

 でも、まさか?

 ありえない!

 リチャードは動悸が激しくなった心臓の上に手を当てた。

 忘れるはずはない。

 豊春節といえば、リチャードたちが見習いとして騎士団に入隊した時期だ。

 まさか? と否定しても、考えてしまう。

 あれは、夢じゃなかったんだ!

 そんな思いが頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 たった一か月前の不思議な夜のことを、どうしても忘れられない理由の答えがそこにある気がした。

 すべての説明がつくのだから。

「ジェフが、ジェフリー……様?」

 リチャードは今すぐにでもジェフ・アドルに会って確認したい思いに駆られた。

 そして……その後募集された、第7部隊に派遣される救援隊、その志願者の中にリチャード・ブレスコットの姿があった。
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