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第5話

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「っ……頭……割れそう」

 これが二日酔いか……と、ジェフリーは平衡感覚がない体をゆるゆると起こした。

 薄暗い部屋に、昇りかけの朝日が差し込んでいる。

 覚えていないが、昨晩は自力で寮に戻ってこれたのだろうか?

 狭い寝台の縁に腰かけながら、ジェフリーは薄目を開けて寝台の足元に脱ぎ散らかされた自分の服をみた。

「ドリュー……きつい……頼む……」

 ジェフリーは、心配そうに彼の顔を覗き込む水の精霊ドリューに、アルコールの解毒を頼んだ。

『飲み過ぎですよ……ジェフリー』

 ドリューは苦言を言いながらも、水色の瞳を瞬かせて解毒をしてくれた。

 体の不快さは綺麗に無くなったが、体のあちこちに残る痣(あざ)は残っている。

 どうやらジェフリーを戒めるために、軽い傷に関しては治してくれる気がないらしい。

 どこで怪我をしたんだか……。

 ジェフリーは腕に残る打ち身を確認するように視線を上げると、向かい側の寝台のリチャードがこちらを見ていることに気付いた。

「……うわっ。

 すまない!」

 ジェフリーは慌てて寝台のシーツで体を覆った。

 下履きしか穿いてないあられない姿を、リチャードに見られてしまった。

 羞恥で頭に血がのぼる。

「いや……気にしすぎだろ?

 ……男同士なんだから……」

 そう……か。俺は今ベータってことになってるんだから、気にしすぎか……。

 魔法宮はオメガが多かったせいだろうか。

 男同士でも肌を見せるような行為は避けられていた。

 リチャードは寝台から立ち上がり、何事もなかったように部屋を出て、共同の洗面所へと向かった。

 ジェフリーはリチャードが出ていくのを待って、ようやく伏せていた顔を上げた。

 今日のことは自分の不注意だった。

 魔法宮では当然のように一人部屋が与えられていたため、ついうっかりするとリチャードがいることを失念している瞬間があるのだ。

 特に朝、頭が回っていないときにおこるのだが。

 しかし裸を見られた羞恥心は、簡単に拭い去れるものではない。

 手早く服を着た後も顔の火照りが去らず、仕方なくジェフリーは窓を開け放ち、風の精霊ルドーを呼んだ。

「ルドー……冷たい風をくれないか?」

 頬を赤く染めるジェフリーの様子を、面白そうにルドーは見つめた。

 ジェフリーの注文通りに心地よい冷たさの風が窓に吹き込む。

『真っ赤だな。ジェフリー。

 いいのか? 可愛い顔をリチャードに見せなくて』

「……可愛くはないだろう?

 第一、なんでリチャードに見せないといけない?」

『想い人には素直が一番だ。

 ジェフリーは中身の方が可愛いのだから』

 やっと火照りが収まってきたというのに、ルドーの「想い人」という言葉で、ジェフリーは再び頬に熱を感じた。

「なっ……」

 思わず絶句していると、扉の開く音が聞こえる。

 リチャードが戻ってきたようだ。

 音から類推するに、身支度をしているらしい。

 しかし、赤面しているジェフリーは、振り向けなかった。

 ジェフリーはパチパチと頬を両手で叩き、必死で邪念を払う。

 ……うぅぅ……ルドーが変なこと言うから、意識してしまうじゃないか。

 そりゃ、リチャードは今まであったアルファの中では一番気の合うアルファだ。

 気さくだし、冒険者生活が長かったせいか世慣れていて話も面白い。

 それに、ジェフリーを年下だと思って、なんだかんだと世話を焼く。

 先日、山中での訓練中にジェフリーがぬかるみに足を滑らせ斜面に滑り落ちたときも、慌てて迎えに来たほどだ。

 ルドーが風で衝撃を減らしてくれていたから、大した傷はなかったのだが。

 ジェフリーは慌てたリチャードの表情を思い出して、くっ……と笑みを漏らした。

 リチャードの方がよっぽど可愛いと思うけどな……。

 そんなことを考えていたら、ようやくに火照りが去る。

 ジェフリーもリチャードの後を追うように、身支度を開始した。

 もうすぐ、寮の食堂が開く時間だ。

「……なあ?」

 乱れた寝台を整えていると、リチャードから声が掛かった。

「……ジェフ、昨日のこと……覚えているか?」

「昨日……?」

 困惑気味にジェフが答えると、リチャードは小さいため息をつくと、「覚えてないならいい……。俺は先に行くぞ」と、ジェフリーを置いて、さっさと食堂に行ってしまった。

 パタンと閉められたドアを見ながら、ジェフリーは精霊たちに視線を投げかけた。

「……昨日、何かあった?」

 途端に、いつもはジェフリーに付いて離れない精霊たちが、蜘蛛の子を散らすようにジェフリーから離れていく。

「……ちょっと!

 何があったか、教えてよ!」

 ジェフリーの叫びは、空しく響くのだった。




 リチャードはズキズキ痛む頭を押さえながら、食堂に向かった。

 それは、断じて酒のせいではない。

 ジェフが早々に酔いつぶれたせいで、リチャードの酔いは軽いものだった。

 昨晩、寮の部屋に戻ってきたジェフは、服を脱ごうと上着のボタンに指をかけるのだが、うまく脱げなくてリチャードに訴えかけてきた。

「……リチャ……、脱ーげーなーい。

 あついー!!

 ……脱がしてよぉ!!!」

 ふらつきながらリチャードにすり寄ってきて、ジェフは甘えるように下から覗き込むのだ。

 酒を飲ませたら間違いなく襲われるな……。

 騎士団のやつらの中にも、もちろんそういう者たちがいる。

 しかし、だいたいの人間が知っているその事実に、ジェフは全く気付いていないようなのだ。

 だから、性欲処理のためには男でも構わないという連中にとっては、もともとジェフは狙いやすい子猫ちゃんだった。

 しかし、田舎から出て来たばかりのジェフは、王都ではまず見かけられないくらいに真面目で性格も良い好青年だ。

 だからそんな世界は知らなくてもよいと思うのだ。

 今はまだ。

 まあ、そのうち世間ずれしてくるだろうとは思う。だがジェフが純朴なうちは、リチャードが守ってやろうと、密かに思っていた。 

 しかし、ジェフが酔ってこんな乱れた状態になるのが知られれば、明日にでも後ろの貞操を失ってしまうことは想像に容易い。

 こっちの気も知らないで、呑気なもんだな……。

 「まったく、世話が焼ける……」と文句を言いながら、リチャードはジェフの服に手を掛けた。

 服を脱がされているというのに、子供の様にじっとしている。

「ほら!

 手を上げろ!」

 両手をバンザイさせ、リチャードは上着の下に来ていたジェフの貫頭衣を上に引っ張り上げた。 

 ああ……また香水をつけたのか……甘い匂いがする。

 リチャードはジェフのズボンのベルトを外すと、服が支えを失って足元に落ちた。

 下履き以外の衣類をすべてはぎ取ったジェフの体を、リチャードはいとも簡単に持ち上げる。

 ジェフの使用している寝台に向かうと、ジェフの体を横たわらせた。

 初めて見るジェフの体は、ごつごつした男性的なものではなく中性的に丸みを帯びていて、白い肌は艶を帯びて美しい。

 そしてその肌が、アルコールの影響で、ほのかにピンク色に染まっていた。

 無駄のない引き締まった体だが、リチャードのそれと違って派手に盛り上がる筋肉ではない。

 つ……と、リチャードがやさしく胸元を指でなぞると、ジェフは恥ずかしそうに目を伏せた。

 しかし嫌がる様子もなく、ジェフはリチャードに身を任せている。

 リチャードはジェフの体に覆いかぶさり、か細い首筋に唇を落とした。

「………あっ……」

 ジェフの口からは甘い吐息が漏れた。 

 そのままリチャードはジェフの下履きに手を伸ばして……。

 うわっ!

 何やってんだ!!

 リチャードは、我に返って顔を上げた。

 俺は何を血迷って……!!!!!

 驚いて体を起こしたせいで、がんっ! と、寝台の低い天井に頭を打ち付けてしまった。

「ぐっ……!」

 痺れた痛みが後頭部を襲う。

 しかしその痛みのおかげで、意識がはっきりと保たれた。

 甘い匂いを嗅いだ途端に、理性が飛んでしまったようだ。

 リチャードは、性器が丸見えになっているジェフの下履きをもとに戻すと、その体の上に上掛けをかけて自分の寝台へと戻った。

 盛りのついたガキじゃあるまいし、何をやってるんだ俺は……。

 自分の蛮行に、リチャードは恥ずかしさで頭を抱える。 

 だいたいジェフはベータじゃないか!!

 オメガに盛るんならともかく、ベータに盛るなんて俺は変態か!

 いくらオメガみたいに甘い匂いをさせているからって、俺は……。

 まてよ?

 いくらなんでも、匂い嗅いだだけで理性が飛ぶっておかしくないか?

 リチャードは、顔を上げて、横たわるジェフを見つめた。

 ………オメガ?

 いや、それにしては発情期がこない。

 3か月も一緒にいるんだ。

 一度は来ていないとおかしだろ?

 発情期が来ないオメガなんて、聞いたことが無い。

 ぐるぐると思考がまとまらず、寝台に横たわっていても、全く眠気が訪れなかった。

 そして空が白み始めたころ、ジェフが寝台に腰かけながら小さく呟いているのに気付いた。

 結局、眠れないまま夜が明けてしまった。

 ジェフの様子をぼんやりと見つめていると、ジェフはリチャードの視線に気づいて、昨夜のように肌を赤らめた。

 恥ずかしがり、体を丸めたジェフの背中を見つめながら。

「いや……気にしすぎだろ?

 ……男同士なんだから……」

 リチャードは声を絞り出して立ち上がった。

 ……ったく!!

 意思を裏切り勃ち上がりかけた自分の分身に視線を落としながら、リチャードはジェフに気取られないようにそそくさと部屋を出ていった。

 その顔は、ジェフに負けないくらいに赤くに染められていたのだが。 






◇◇◇◇おまけ◇◇◇◇


第四話で名前のみ出てきたバイロン。
洗面所でリチャードと鉢合わせる。

♯バイロン 「うわっ! お前何朝からおっ勃ててんの?」

♯リチャード「……別に。朝の生理現象ですから」

♯バイロン 「ぷぷ……お若いこって!!」

♯リチャード「(ウルセーナ)……ああ、先輩もう引退してるんですね?」

♯バイロン 「アホか! もりくそ元気だっつーの!」

♯リチャード「相変わらず下品ですね?」

♯バイロン 「いやいや、お前こそ。えげつねーの持ってるじゃねーか」

♯リチャード「(見てんじゃねーぞ)………先輩のは、可愛いサイズですもんね?」

♯バイロン 「見て言え! 見て言えよ!!」(ズボンの前を開けようとするバイロン)

♯リチャード「ゴメンです。目が腐ります」

(すたすたと、バイロンを置いて歩きはじめるリチャード)

♯バイロン 「オイ! 見ろって!!」

♯リチャード「…………(あれに比べたら、俺はまともだな……)」

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