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その10
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「そこに段差がありますから、足元に気をつけて」
そう言って、僕の身体を気遣いながら大河内物産に阿弥先輩が乗り付けたタクシーまでエスコートしてくれたのは、音羽さんのお兄さん、久音さんだ。
滞在したのはそれほど長い時間ではななかったけれど、僕の手を取り、ほんの小さな段差すら見逃さず誘導してくれる久音さんのあまりのスマートさに、大河内物産の凄まじさを改めて実感したよ。
なんと久音さん、この大河内物産の副社長なんだって!
もちろん福田さんが商談相手だったからかもしれないけど、直接関係ない僕までこんなに気遣ってくれるなんて、なかなかできることじゃないよね。
そうして僕は、妙に感心しながらに乗り込み、久音さんに見送られながら(贅沢だ!)大河内物産を後にしたのであった。
「音羽ちゃん可愛かったわねぇ」
僕達を見送る久音さんの姿が見えなくなると、阿弥先輩は後部座席がぎしっってきしむくらいに勢いよく後ろに倒れ込こんだ。
「ほんと、あんな子供が欲しいわね……」
優しく微笑みながら阿弥先輩はため息の様にそんな言葉をこぼした。
僕は「そうですね」って答えながら、阿弥先輩のカッコイイイメージからは、キュートでプリティな子供が想像できないなってぼんやりと考えていたんだけど、この時の僕はほんとにほんとに大馬鹿者で、全然分かってなかった。
阿弥先輩がどんな気持ちでそんな言葉を発していたかってことを。
あっ、危ない、そう宮川が思った時には、颯太は横断歩道の先で蹲っていた。
電車を降りた後、颯太に気付かれないように後を追っていたのだが、どうにも颯太の足元がおぼつかないように見受けられ、姿を現して駆け寄るべきかを悩んでいた時の出来事だった。
思わず走り出そうとしたその時に、颯太に駆け寄る若い男性の姿が目に入る。
二人は何事か会話をしているようであったが、宮川にはその声は良く聞こえなかった。
やがて、颯太はその男性に抱えられるように、目の前のビルへと歩き出した。
そして宮川の見間違いでなければ、その二人を出迎えるように現れたのは、目の前のビル……それが皇グループとも少なからぬ縁のある大河内物産の社屋であることは、宮川はもちろん知っていた……の副社長、大河内久音、その人だった。
どうして、あの方が……?
意外すぎる人物の登場に首を傾げる宮川ではあったが、彼にはまず報告が必要だった。
懐の携帯電話に手を伸ばし、緊急用に教えられていた番号をタップする。
宮川はその発信音を聞きながら、未だ終わらないこの騒動の行くさきを思い、じんわりと痛む胃のあたりに無意識に手を伸ばすのだった。
阿弥先輩のお宅は、勤務先の福福食品から程近いタワーマンションの一室だ。
ご実家の会社の所有で(というか阿弥先輩の就職に合わせて建設されたんではなかろうか、怪しい……)最上階のその部屋はホテルのスイートルームを思わせる豪華さだ。
僕と皇さんの新居は僕が落ち着かないという理由から高級ではあるもののどちらかというとシンプルなデザインな家具が揃えられているけれど、阿弥先輩のお宅の調度品は実家からもちもちこまれたイタリアの有名ブランドでクラッシクなデザインのものたちが、広い部屋に美しく並べられている。
「ゆっくりしててちょうだい」
いろんなことがあってお疲れ気味だった僕を気遣って、阿弥先輩は夕食までのあいだ横になっていたら? と、ゲストルームへと案内してくれた。
そのゲストルームに備え付けられていたのはいったいいくらしたんだと思わず考えてしまう天蓋付きのバカでかいベットで。
あまりに豪華すぎる部屋に気後れして、ついつい壁際のソファの方に腰を下ろしてふぅ、と息を吐き出した。
何も考えたくなくて、ただぼんやりと、床に敷かれた絨毯の模様を眺める。
そんな風に、ぼんやりとしているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたんだと思う。
ふっと気が付いたら、ソファに置かれたクッションを抱え込みながら横になっていた。
体を起こそうと腕に力を入れた瞬間、『頼むから、颯太に会わせてくれ』と、確かに皇さんの声が部屋の外から響いてきて、僕ははっと息を飲んだ。
皇さんが来てくれた……でもそれが嬉しいのか泣きたいのか分からなかった。
追いかけてきてくれたのかと、どこか嬉しさも有ったと思う。
でも、別れを切り出すためかもしれないとも思われ、胸が締め付けらた。
思い出したくないけど。
………綺麗だったんだ。
一緒に写っていたあの、オメガの女性、あの人は。
きっと、欠片も思わないだろう。
自分が皇さんに釣り合うだろうか、とか。
このまま結婚していいんだろうか、とか。
皇さんを幸せにできるんだろうか、とか。
そんな風には絶対に。
だから僕は、何も聞こえないように、両手で耳をふさいだんだ。
今は何も、聞きたくない……。
★★★★★★お知らせ★★★★★
先月、書き下ろし作品「婚約人形を贈りあう世界に転生しました」を、Amazon kindle(電子出版)でセルフ出版いたしました。
さっぱり? としたコメディ作品となっております。
また、2019年5月現在、
「姉さんの影武者として花嫁となった僕」
「僕のかわいい閨棲虫」
「麗しの王太子殿下は僕のパンツを偏愛する」
「THE HANDS(オメガバース短編集1)」
を合わせた、計5冊を発売してます!
投稿作品で読んだという方でも楽しめる様に、編集しなおし&大量加筆してありますので、ぜひぜひお立ち寄りくださいまし。なお、1冊250円ほどで販売していますが、読み放題の契約をされてる方は無料で読めます!
そう言って、僕の身体を気遣いながら大河内物産に阿弥先輩が乗り付けたタクシーまでエスコートしてくれたのは、音羽さんのお兄さん、久音さんだ。
滞在したのはそれほど長い時間ではななかったけれど、僕の手を取り、ほんの小さな段差すら見逃さず誘導してくれる久音さんのあまりのスマートさに、大河内物産の凄まじさを改めて実感したよ。
なんと久音さん、この大河内物産の副社長なんだって!
もちろん福田さんが商談相手だったからかもしれないけど、直接関係ない僕までこんなに気遣ってくれるなんて、なかなかできることじゃないよね。
そうして僕は、妙に感心しながらに乗り込み、久音さんに見送られながら(贅沢だ!)大河内物産を後にしたのであった。
「音羽ちゃん可愛かったわねぇ」
僕達を見送る久音さんの姿が見えなくなると、阿弥先輩は後部座席がぎしっってきしむくらいに勢いよく後ろに倒れ込こんだ。
「ほんと、あんな子供が欲しいわね……」
優しく微笑みながら阿弥先輩はため息の様にそんな言葉をこぼした。
僕は「そうですね」って答えながら、阿弥先輩のカッコイイイメージからは、キュートでプリティな子供が想像できないなってぼんやりと考えていたんだけど、この時の僕はほんとにほんとに大馬鹿者で、全然分かってなかった。
阿弥先輩がどんな気持ちでそんな言葉を発していたかってことを。
あっ、危ない、そう宮川が思った時には、颯太は横断歩道の先で蹲っていた。
電車を降りた後、颯太に気付かれないように後を追っていたのだが、どうにも颯太の足元がおぼつかないように見受けられ、姿を現して駆け寄るべきかを悩んでいた時の出来事だった。
思わず走り出そうとしたその時に、颯太に駆け寄る若い男性の姿が目に入る。
二人は何事か会話をしているようであったが、宮川にはその声は良く聞こえなかった。
やがて、颯太はその男性に抱えられるように、目の前のビルへと歩き出した。
そして宮川の見間違いでなければ、その二人を出迎えるように現れたのは、目の前のビル……それが皇グループとも少なからぬ縁のある大河内物産の社屋であることは、宮川はもちろん知っていた……の副社長、大河内久音、その人だった。
どうして、あの方が……?
意外すぎる人物の登場に首を傾げる宮川ではあったが、彼にはまず報告が必要だった。
懐の携帯電話に手を伸ばし、緊急用に教えられていた番号をタップする。
宮川はその発信音を聞きながら、未だ終わらないこの騒動の行くさきを思い、じんわりと痛む胃のあたりに無意識に手を伸ばすのだった。
阿弥先輩のお宅は、勤務先の福福食品から程近いタワーマンションの一室だ。
ご実家の会社の所有で(というか阿弥先輩の就職に合わせて建設されたんではなかろうか、怪しい……)最上階のその部屋はホテルのスイートルームを思わせる豪華さだ。
僕と皇さんの新居は僕が落ち着かないという理由から高級ではあるもののどちらかというとシンプルなデザインな家具が揃えられているけれど、阿弥先輩のお宅の調度品は実家からもちもちこまれたイタリアの有名ブランドでクラッシクなデザインのものたちが、広い部屋に美しく並べられている。
「ゆっくりしててちょうだい」
いろんなことがあってお疲れ気味だった僕を気遣って、阿弥先輩は夕食までのあいだ横になっていたら? と、ゲストルームへと案内してくれた。
そのゲストルームに備え付けられていたのはいったいいくらしたんだと思わず考えてしまう天蓋付きのバカでかいベットで。
あまりに豪華すぎる部屋に気後れして、ついつい壁際のソファの方に腰を下ろしてふぅ、と息を吐き出した。
何も考えたくなくて、ただぼんやりと、床に敷かれた絨毯の模様を眺める。
そんな風に、ぼんやりとしているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたんだと思う。
ふっと気が付いたら、ソファに置かれたクッションを抱え込みながら横になっていた。
体を起こそうと腕に力を入れた瞬間、『頼むから、颯太に会わせてくれ』と、確かに皇さんの声が部屋の外から響いてきて、僕ははっと息を飲んだ。
皇さんが来てくれた……でもそれが嬉しいのか泣きたいのか分からなかった。
追いかけてきてくれたのかと、どこか嬉しさも有ったと思う。
でも、別れを切り出すためかもしれないとも思われ、胸が締め付けらた。
思い出したくないけど。
………綺麗だったんだ。
一緒に写っていたあの、オメガの女性、あの人は。
きっと、欠片も思わないだろう。
自分が皇さんに釣り合うだろうか、とか。
このまま結婚していいんだろうか、とか。
皇さんを幸せにできるんだろうか、とか。
そんな風には絶対に。
だから僕は、何も聞こえないように、両手で耳をふさいだんだ。
今は何も、聞きたくない……。
★★★★★★お知らせ★★★★★
先月、書き下ろし作品「婚約人形を贈りあう世界に転生しました」を、Amazon kindle(電子出版)でセルフ出版いたしました。
さっぱり? としたコメディ作品となっております。
また、2019年5月現在、
「姉さんの影武者として花嫁となった僕」
「僕のかわいい閨棲虫」
「麗しの王太子殿下は僕のパンツを偏愛する」
「THE HANDS(オメガバース短編集1)」
を合わせた、計5冊を発売してます!
投稿作品で読んだという方でも楽しめる様に、編集しなおし&大量加筆してありますので、ぜひぜひお立ち寄りくださいまし。なお、1冊250円ほどで販売していますが、読み放題の契約をされてる方は無料で読めます!
応援ありがとうございます!
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面白くて一気に読んでしまいました。
続きがすごく気になります!
2人のジレジレどうなってしまうんでしょう。
感想ありがとうございます❗
現在、更新が滞ってしまってます。ごめんなさい。
気長にお待ちいただけると幸いです。
この続きはまだみれませんか?
感想投稿ありがとうございます。
仕事が変わったり身内に不幸があったりと、私事がゴタゴタしていまして、お待たせしてしております。申し訳ありません。
あまりに開いてしまっているので、完結まで執筆してから投稿しようと考えております。
今しばらくお待ちくださいませ。
福社長→副社長
ご報告ありがとうございました。