5 / 10
その5
しおりを挟む
タクシーの車窓から、いつの間にか思い出の詰まった風景が過ぎていく。
毎日散歩する公園。
ここは皇さんと最初にデートに来たレストラン。
コーヒー通の皇さんが常連で、僕も一緒に通い始めた喫茶店。
一緒に食材をお買い物する高級スーパー。
通い始めた産婦人科の病院。
それから、それから……。
たった数週間のうちに、数え切れないほどこの町の風景は皇さんと過ごした日々の記憶に埋め尽くされていた。
嫌でも皇さんを思い起こされて、もう出つくしたと思った涙がジワリと滲む。
しっかりしなきゃ!
もう皇さんとは暮らせないんだから。
僕は無意識にお腹に手を置いて、奥歯を噛みしめ涙をぐっとこらえたのだった。
20分ほどで駅に着いた僕は、実家までの切符を購入した。
そしてそのまま電車に乗り込んだのはいいものの……。
座席についた僕が考えたのは、家族のこと。
姉さんたち、悲しむだろうな……。
あれほど喜んでくれたのに。
社会人になった弟たち、祐樹と康浩はすでに家を出ていて、実家には新婚の美紀姉と旦那さんの達樹さんが暮らしてる。
いつでも遊びに来てねと言われているし、事情が事情だけにきっと僕を迎え入れてくれるんだろうけど、ずっとそこに住み続けるわけにもいかないだろうし……。
出産したら働かなくちゃならないだろう……こんなことなら仕事辞めるんじゃなかった。
考えれば考えるほど、これからの生活が不安で、どうしていいか分からなくなる。
『一人で悩んだりしたら絶対ダメよ』
そう言ってくれた、阿弥先輩の声が脳裏に蘇る。
阿弥先輩……。
阿弥先輩なら話を聞いてくれる。
きっと慰めてくれる。
力になってくれる。
縋るような気持ちで、颯太は両手をぐっと握りしめた。
もう四時を過ぎていた。
阿弥先輩の仕事が終わるころには、向こうの駅に着いてるはずだ。
携帯を置いてきてしまったから、直接会社に会いに行くしかないけど……。
「お待ちください、颯太さま!!」
私はタクシーに向かって、必死に声を張り上げた。
遠くからでも、颯太さまの様子がおかしいことが分かった。
「今までお世話になりました!!」と言った颯太さま。
ブライダルエステの帰り、いつもなら明信さまの幼いころのお話をせがまれる颯太さまが、終始無言で元気がないことは分かっていた。
いつもと違う様子が気になり、マンションの地下駐車場で呼ばれるまで待機していたのだが。
突然、顔なじみになったコンシェルジュから携帯電話に連絡があり、急いでエントランスに向うと、颯太さまがタクシーに乗り込んでいた。
声を掛けても、無情にもタクシーは発進する。
「颯太さま!!!」
まずい、このままでは見失ってしまう!!!
焦った私は、偶然通りかかったタクシーに手を上げ、急いで乗り込んだ。
「すみません、あのタクシーを追いかけて!!!
急いでください!!!」
しかし、焦りすぎて、肝心の財布を置いてきてしまったことに気付く。
ポケットの中には、少々の小銭と、会社から支給された携帯しかない。
追いかけても、颯太さまがタクシーを降りたら見失ってしまう。
一体、どうしたら……。
私はとにかくも、距離の近い営業所に在籍している同僚の仙波に電話を掛けた。
「宮川さん、どうかしましたか?」
3回ほどのコールで電話に出た仙波は、開口一番そう言った。
私はこれまでの経緯をかいつまんで説明した。
途中、財布を持っていないと説明するとき、バツが悪くて運転手を見ると、驚いた彼の目と視線が合った。
私は謝罪するように軽く頭を下げた。
タクシーの向かうルートをみると、颯太さまは駅に向かっているのだろう。
「済まないが、今すぐ駅に来てくれないか?」
私がそう言うと、仙波は「分かりました」と言って電話を切った。
そうこうするうちに、駅が目前に迫る。
幸いにして仙波のいる営業所から駅まで車で5分ほどの距離だ。
仙波、間に合ってくれ! と、私は祈るように前方のタクシーを見つめるのだった。
毎日散歩する公園。
ここは皇さんと最初にデートに来たレストラン。
コーヒー通の皇さんが常連で、僕も一緒に通い始めた喫茶店。
一緒に食材をお買い物する高級スーパー。
通い始めた産婦人科の病院。
それから、それから……。
たった数週間のうちに、数え切れないほどこの町の風景は皇さんと過ごした日々の記憶に埋め尽くされていた。
嫌でも皇さんを思い起こされて、もう出つくしたと思った涙がジワリと滲む。
しっかりしなきゃ!
もう皇さんとは暮らせないんだから。
僕は無意識にお腹に手を置いて、奥歯を噛みしめ涙をぐっとこらえたのだった。
20分ほどで駅に着いた僕は、実家までの切符を購入した。
そしてそのまま電車に乗り込んだのはいいものの……。
座席についた僕が考えたのは、家族のこと。
姉さんたち、悲しむだろうな……。
あれほど喜んでくれたのに。
社会人になった弟たち、祐樹と康浩はすでに家を出ていて、実家には新婚の美紀姉と旦那さんの達樹さんが暮らしてる。
いつでも遊びに来てねと言われているし、事情が事情だけにきっと僕を迎え入れてくれるんだろうけど、ずっとそこに住み続けるわけにもいかないだろうし……。
出産したら働かなくちゃならないだろう……こんなことなら仕事辞めるんじゃなかった。
考えれば考えるほど、これからの生活が不安で、どうしていいか分からなくなる。
『一人で悩んだりしたら絶対ダメよ』
そう言ってくれた、阿弥先輩の声が脳裏に蘇る。
阿弥先輩……。
阿弥先輩なら話を聞いてくれる。
きっと慰めてくれる。
力になってくれる。
縋るような気持ちで、颯太は両手をぐっと握りしめた。
もう四時を過ぎていた。
阿弥先輩の仕事が終わるころには、向こうの駅に着いてるはずだ。
携帯を置いてきてしまったから、直接会社に会いに行くしかないけど……。
「お待ちください、颯太さま!!」
私はタクシーに向かって、必死に声を張り上げた。
遠くからでも、颯太さまの様子がおかしいことが分かった。
「今までお世話になりました!!」と言った颯太さま。
ブライダルエステの帰り、いつもなら明信さまの幼いころのお話をせがまれる颯太さまが、終始無言で元気がないことは分かっていた。
いつもと違う様子が気になり、マンションの地下駐車場で呼ばれるまで待機していたのだが。
突然、顔なじみになったコンシェルジュから携帯電話に連絡があり、急いでエントランスに向うと、颯太さまがタクシーに乗り込んでいた。
声を掛けても、無情にもタクシーは発進する。
「颯太さま!!!」
まずい、このままでは見失ってしまう!!!
焦った私は、偶然通りかかったタクシーに手を上げ、急いで乗り込んだ。
「すみません、あのタクシーを追いかけて!!!
急いでください!!!」
しかし、焦りすぎて、肝心の財布を置いてきてしまったことに気付く。
ポケットの中には、少々の小銭と、会社から支給された携帯しかない。
追いかけても、颯太さまがタクシーを降りたら見失ってしまう。
一体、どうしたら……。
私はとにかくも、距離の近い営業所に在籍している同僚の仙波に電話を掛けた。
「宮川さん、どうかしましたか?」
3回ほどのコールで電話に出た仙波は、開口一番そう言った。
私はこれまでの経緯をかいつまんで説明した。
途中、財布を持っていないと説明するとき、バツが悪くて運転手を見ると、驚いた彼の目と視線が合った。
私は謝罪するように軽く頭を下げた。
タクシーの向かうルートをみると、颯太さまは駅に向かっているのだろう。
「済まないが、今すぐ駅に来てくれないか?」
私がそう言うと、仙波は「分かりました」と言って電話を切った。
そうこうするうちに、駅が目前に迫る。
幸いにして仙波のいる営業所から駅まで車で5分ほどの距離だ。
仙波、間に合ってくれ! と、私は祈るように前方のタクシーを見つめるのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
509
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる