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メインストーリー

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【side レイチェル】

「レイチェル=ドロイド! 貴様との婚約を破棄する!」

 卒業パーティーの場で私の婚約者であるリチャード殿下が言い放った言葉に、皆、言葉を失いました。

「……理由をお聞かせ願えますか?」

 先生や来賓客すらも言葉を失い、沈黙が支配している中、言葉を発する事が出来た私を誰か褒めて欲しいです。

 だが、リチャード殿下はそんな空気を気にもせず、話を進められた。

「理由だと? しらを切る気か、白々しい! 貴様とその取り巻きが、シリアにした陰湿なふるまいは、全てバレているのだぞ! そのような行いをする者を未来の国母と認めるわけにはいかん!」

(シリアさん……そうですか……そこまで彼女に……)

 リチャード殿下の言葉を聞いて、私は、子爵令嬢である彼女シリアさんのことに思いをはせた。







 元々、リチャード殿下は次期国王としては至らない点が多かったのです。入学式の日、新入生代表の挨拶をする予定だったのに、『何となく気が乗らなかった』という理由で入学式をさぼったり、学校の授業も真面目に聞いていなかったり、テストの結果もいいとこ中の上だったりと、正直、このままでは次期国王など、夢のまた夢といった状態でした。

 しかし、現国王には、リチャード殿下しか男児がおりません。それゆえ、現国王は、リチャード殿下と筆頭公爵の娘である私と婚約を結ばせ、優秀な家庭教師を何人も雇い、何とかリチャード殿下に次期国王としての自覚を持っていただくよう努力をしたのですが、効果はありませんでした。

(まぁ、努力をしたのは私と家庭教師なんですけどね……)

 しかし、入学から半年ほどが経過したある日、リチャード殿下に変化が訪れます。

 その日リチャード殿下はいつものように学校に遅れてやってきました。まぁリチャード殿下曰く、『遅刻ではなく、王者のふるまいだ!』とのことなのですが……。

 そんなリチャード殿下の前に、移動教室の場所が分からず、道に迷ってしまったシリアさんが現れたのが2人の出会いらしいです。

 『入学して半年もたつのに、なんで移動教室の場所が分からないの?』と、言いたくはなりますが、それは言っても仕方のない事なのでしょう。

 とにもかくにも、そうして出会った二人は、そのまま中庭でおしゃべりをして、すっかり意気投合したのだそうです。

(結局、シリアさん、授業には出られなかったのよね。大丈夫なのかしら……。まぁ、これも言っても仕方のない事なのでしょうけど……)

 その日から、リチャード殿下とシリアさんはよく学内で一緒にいるようなりました。曰く、『シリアと俺は食べ物の好みが似ている』『シリアと絵画の話をするのは楽しい』らしいです。だんだんとシリアさんと親密になって行き、『シリアだけが俺の気持ちを理解してくれる』『シリアみたいな女性に嫁になって欲しかった!』などと言い出しました。

 ここで、『私も、次期国王として自覚を持った人に旦那になって欲しかったです』と言えればどれだけ楽だったでしょうか。荒れ狂う心を押し殺して、『申し訳ありません』といった私を、誰か褒めて欲しいです。

 そんな私の態度に気をよくしたのか、その日からリチャード殿下は人目をはばからず、シリアさんとイチャイチャするようになりました。

 婚約者でもない女性とのふしだらな行為。当然、周囲の方々は、それらの行為に不満を覚えます。そして、それらの不満の大半は、私の所に来るのです。リチャード殿下に文句を言うわけにはいきませんし、皆さん、シリアさんとは関わりたくなかったのでしょうね。その気持ちはよく理解できます。

 私は周囲の不満を何とか抑え、決して早まったことをしないよう言ってから、シリアさんに注意をしました。『未婚の女性が婚約者でない異性にそんなことをしてはいけない』とか『もう少し、周囲の目を気にしてください』とか、なるべく丁寧にお伝えしたつもりです。

 ですが、シリアさんは『わ、私……そんなつもりじゃ……』と言って泣きながら走り去ってしまいました。

 これには本当に困惑してしまいました。教鞭で叩いたわけでも、怒鳴ったわけでもないのに、まさかそのような反応をされるとは思わなかったのです。

 その日の午後、リチャード殿下に『シリアを泣かせるとはどういうつもりだ!』と怒られてしまいました。泣きたいのはこちらです。

 その日から、私は周囲の不満を抑えるのをやめました。そのせいで、シリアさんに嫌がらせをする方が現れてしまったそうですが、それは仕方のない事でしょう。中には、勇気を出してシリアさんに苦言を呈された方もいたそうですが、その方はリチャード殿下の不興を買ってしまいました。(もちろん、後で私がフォロー致しましたが)



 さて、ここまでですとシリアさんはとんでもない悪女なのだと思われてしまうでしょう。(いえ、私もそう思っていたのですが……)

 ですが、シリアさんの凄い所はここからです。なんと、シリアさんとイチャイチャするようになってから、リチャード殿下の成績が上がっていったのです。中の上だった成績は、1年後には上の中となり、最終学年になる今年は、私と主席を争うまでになりました。(主席は譲っておりませんよ? ええ、譲っておりませんとも。主席卒業は私です)

 これには、国王陛下も大喜びです。普段のリチャード殿下の行いを知らない、王宮の方々は『ようやくリチャード殿下が次期国王としての自覚を持ってくださった』と涙したそうです。

 そう、私や家庭教師がどれだけ頑張っても出来なかった事を、シリアさんは成し遂げたのです。このころには、私はシリアさんをリチャード殿下の妾として認めていました。リチャード殿下の力となるのであれば、彼女のような存在がいてもいいと思ったのです。

 だから、今はもう使っていない教室から、お二人が出てきても何も思いませんでした。例え、お二人のお洋服が多少乱れていたとしても。



 そう思っていたのですが……。







 ……まさか、卒業パーティーで婚約破棄されるとは。

(婚約破棄、ですが。シリアさんを大切に思うあまりの暴走でしょうか? いえ、それにしても……)

「リチャード殿下。仮に私との婚約を破棄したとしても、子爵令嬢であるシリアさんを王妃にする事は出来ませんよ?」

 妾ならまだしも、王妃や側室にはある程度の身分が求められます。伯爵令嬢であれば、ぎりぎりまだ何とかならなくもないですが、シリアさんは子爵令嬢。どのような手を使ったとしても、シリアさんを王妃にする事は出来ません。

「はっ! そんな事、どうとでもなるわ! 王の子は俺しかいないのだからな! 俺が決めた者を王妃にする! これは決定事項だ!」
「っ! そ、それは……」

 痛い所を付かれてしまいました。それを言われると、私は何も言い返せません。とはいえ、子爵令嬢を王妃にするなど、他の高位貴族の皆さんが反発するのは目に見えています。下手をすると、国を割る事態になりかねません。

(何とかしないと! でも、何を言えば……)

 私の口は言葉を発する事が出来ません。そんな私をリチャード殿下はニヤニヤと見つめてきます。何も言えずにいる私を見て、愉悦に浸っているのでしょう。会場を沈黙が支配してしまいます。



 そんな中、会場に1つの声が響き渡りました。

「それが貴様の望みか……」
「「「国王陛下!?!?」」」

 なんと、国王陛下が会場にいらしたのです。私達は慌てて臣下の礼を取ろうとします。

「ああ、頭は下げずともよい。本日、余は卒業生の保護者としてここにおる。臣下の礼は不要だ」

 頭を下げようとする皆を制して、国王陛下がおっしゃいました。そして、国王陛下は王妃様を連れて私達のもとに歩いてこられます。

「父上。母上も……いらしてたのですね」
「うむ。おぬしの晴れ舞台だ。大事にせぬようお忍びで来ていたのだが……さて、リチャードよ。さきのおぬしの言葉は本心か?」
「っ! は、はい! もちろんです! レイチェルとは婚約破棄します! そして俺が国王になったら、シリアを王妃にします!」
「きゃー! リチャード様ぁ! 嬉しいです!」

 会場の隅から黄色い声が飛んできました。恐らく、シリアさんの声でしょう。友人のいない彼女は、1人で会場の隅にいたようです。

「あのような品性のかけらのない声をあげる者を王妃に? 正気の沙汰とは思えませんね」
「ひっ!!」

 声の主をちらりとみた王妃様が、扇子で口元を隠しながらおっしゃいました。それを受けたシリアさんは悲鳴を上げてしまいます。

「あらあら。度胸もないのね。ご友人もいないようですし、能力的にも人脈的にも――」
「――っ! 母上! シリアをいじめないでください!!」

 王妃様のお言葉をリチャード殿下が遮りました。しかし――

「いじめ? この程度、王妃教育に比べたらいじめでもなんでもありません。この程度ですら耐えられないのであれば、彼女に王妃になる資格はありません」

 ええ、私も王妃様と同意見です。あの程度のお言葉、私が5歳の頃に王妃教育で叱責された際のお言葉に比べれば、とても優しいものです。それなのに、リチャード殿下は、王妃様のお言葉が我慢ならなかったようで、激昂されてしまいました。

「っ! そんな教育! 俺が国王になったら、禁止にします! そんな人を傷つける教育など!!」

 ああ、これはもうダメですね。王妃様に残っていた息子リチャード殿下に対する最後の情が消えていくのが分かります。

「はぁ。国王陛下。これはもうダメですわ」
「……そのようだな」

 国王陛下も、心をお決めになられたようです。先ほどまで残されていた父親としての顔を完全にお捨てになり、国王陛下として宣言されました。

「リチャード。貴様から王位継承権を剥奪する!」
「!? 父上!? 血迷ったのですか!? 父上の子は俺しか」
「黙れ!! 貴様がそんなだから、新たに法令を策定するしかなかったのだ」

 リチャード殿下は驚いたように国王陛下をご覧になります。ですが、私はむしろリチャード殿下のその反応に驚いてしまいました。先日新たに制定された法律をご存じないのでしょうか。リチャード殿下に深くかかわる法律ですのに。

「貴族の継承権についての法律だ。『跡取りとなる男児が産まれなかった場合、および、男児に重大な問題があった場合、女児に継承権が生ずるものとする』とな」
「っ!?!?」

 リチャード殿下は驚いて目を見開いてしまわれました。どうやら本当にご存じなかったようです。

「王命である婚約を勝手に破棄し、王妃にふさわしくない者を王妃にしようとし、さらには王妃教育を廃止するなどと公言した者を次期国王とするわけにはいかん! よって、貴様から王位継承権を剥奪する。貴様の処遇は追って決めるとしよう。衛兵!!」

 茫然とするリチャード殿下を、衛兵様が連れていかれました。幼い頃から一緒にいた婚約者のその様子に、少しだけ、本当に少しだけ、胸が痛みます。

「レイチェル嬢。迷惑をかけたな。おぬしとリチャードの婚約はリチャード有責での婚約破棄とする。また、レイチェル嬢の次の婚約を王家が全面的に支援する事をここに宣言する!」

 国王陛下からとても過分なお言葉を頂戴してしまいました。いくら、公爵家の令嬢といえど、この年で婚約を破棄してしまえば、再度の婚約は難しいと考えていたのですが、王家が支援して下さるなら、良縁を結ぶ事が出来るかもしれません。そう思うと、胸の痛みはきれいさっぱり無くなりました。

 ああ、婚約破棄したばかりだというのに、新たな良縁に期待してしまう私は、リチャード殿下がおっしゃった通り、確かに陰湿な女なのかもしれません。

 でも……仕方ないですよね? 私は国母にふさわしくない女なのですから。
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